7-1


 後悔先に立たずとはよく言ったもので、起こってしまったことを消すことは出来ないし、後からあの時こうしておけば良かったなんて考えても過去は変えられない。

 それでも、数え切れない後悔と悲しみの爪痕を深く残すことになるこの日のことを、私は一生忘れないだろう。
 ヘリポートから見下ろしたミッドガルの街並みも、二人で巡ったプレートの下も、何気ない日常を過ごしたこの場所全てが愛おしいというのに。



 作戦当日。
 事態が急変したのは、作戦開始1時間前を既に切った頃だった。

「高エネルギー反応……?」

 神羅ビル69階、エグゼクティブフロアに設けられたシスター・レイ制御ブースで、私はモニターに表示されたアラートを見て顔を顰めた。

 隣で今回の照準操作を行う任務に当たるのは本社に駐在するソルジャーの人だ。
 この人は名をカンセルと言い、私は知らなかったけれど昔ジュノンにいたこともあるらしい。
 気さくで人当たりが良い男性で、ソルジャーの中でもリーダー格らしいというのは少し接したたけですぐに分かった。
 
「カンセルさんすみません、北方80マイル付近の数値を再検出できますか?」
「ん? 良いぜ、何かあったか?」
「ちょっとあり得ない数値が出ていて……」

 私はカンセルさんに向けてそう言うと、自分の前の機器を操作して隣のモニターにデータを飛ばした。
 カンセルさんは現場でも経験も豊富らしく、機器の扱いにも慣れているしどうやら情報収集も得意らしい。
 私自身は最悪の事態を想定して、予定より早くシスター・レイを起動できるように準備を始めた。

「リーブ統括、聞こえますか? 制御ブースのナマエです」

 イヤホンマイクのミュートを切って呼びかけると、すぐに反応がある。

『こちらリーブ。何かあったかい?』
「北方に高エネルギー反応が出ています。今詳しく調べて貰っているのですが、嫌な予感が……」
『北に? こっちで何か分かるかもしれないからちょっと待っていてくれるかい』

 そう言ってリーブ統括は一度マイクを切る。
 忘れかけていたけれど彼ーーの操作するケット・シーは現在もクラウド一味に絶賛同行中らしいから、もしかしたらそっちの方で何か情報を得ているのかもしれない。
 何せ彼らは今もあの飛空艇ハイウインド号を乗り回しているのだから。

「なあ、これ……なんだと思う?」

 カンセルさんが手招きするので、私も彼のモニターを一緒に覗き込む。
 するとそこには、北の海の真ん中から明らかに無機物では無いエネルギー体が少しずつこちらに向かって移動しているような反応が示されていた。

「この反応、確か前にも……」

 それはジュノンでサファイアウェポンを迎撃したあの日に見たものだ。
 私は魔晄エネルギー供給の方に気を取られていたからはっきりとは覚えていないけれど、確かに物凄い速さでジュノン支社に向かって来たウェポンのものとよく似ている気がする。

「これ、まさかウェポンじゃ……」
「なんだって!?」

 私の呟きにカンセルさんが勢いよく立ち上がり、彼の座っていた椅子が後ろに倒れた。
 私は自分のモニターの前に戻るとキーボードを操作する。サファイアウェポンのデータは迎撃時の記録にあったはずだ。

「ありました、これです」
「オイオイ……波長がそっくりじゃねぇか!」
「まだ居たんですね……ウェポン……」

 サファイアウェポンはジュノンで我々神羅が、飛行型のアルテマウェポンと潜水型のエメラルドウェポン、コレル砂漠に巣食っていたルビーウェポンはクラウド達が倒したのだ。
 まさかもう一体残っていたとは思わず、私は奥歯を噛み締めた。

「このタイミングで現れるなんて……」
「いや、もしかしたらだけどさ」

 カンセルさんもモニターに見入りながら舌打ちする。

「このタイミングだから、って可能性もあるよな……」

 私達は最悪の事態を想定して無言になる。


 ウェポンはこの星の自浄作用、というのが科学部門の見解だった。

 だからこそルーファウスは、セフィロスを倒しメテオを消し去ればウェポンも消えるはずだと踏んでいるわけだけれど、そのウェポンが北のクレーターではなくミッドガルに向けて向かってきているというのは何故なのか。
 しかも今日の、このタイミングに。

「サファイアウェポンの時と同じです。この星の敵はメテオとセフィロス……ジェノバなのに」

 悔しくて握り締めた手のひらには爪が食い込む。それでも止められないくらいに私は苛立っていた。

『ナマエさん、リーブです。今ちょうど北に向かっているのでもう少ししたら様子が確認できると思うからこのまま待ってもらえるかな?』

 その時、ようやくまたイヤホンからリーブ統括の声が流れ出す。
 私は統括がまだ話し終わっていないうちから食い気味に言葉を返した。

「統括、おそらくウェポンです。しかもゆっくりですがミッドガルに向かってきています!」
『なんやってぇ!?』
「……リーブ統括?」
『ああ、すまない。今"あっち"を操作しながらで……しかしウェポンというのは本当か!?』

 当然統括の雰囲気が変わったから私はつい怪訝な声を出してしまったけれど、ケット・シーは確かにあんな口調だったことを思い出す。
 統括は普段通りに戻ると改めて私に問いかけた。

『まさか魔晄を大量に使用するシスター・レイを狙っているんじゃ……』
「確かに、ジュノンでの事を考えたら大いに有り得ます」
『まずいな……。ナマエさんは社長に連絡を。私は魔晄炉に連絡する。ハイデッカー、スカーレット、聞いてくれ!』

 そこまで聞こえてから通信が切れた。役員会議室にはリーブ統括以外の二人も待機しているらしい。

 作戦の指揮はルーファウス自らが執ることになっているけれど、軍をまとめるハイデッカー統括やキャノンを使用する案を出したスカーレット統括が関わろうとしないわけがない。

 面倒なことにならなければ良いなと思いながら、私は通信先を切り替えてマイクをオンにした。

「こちら制御ブースのナマエです! 社長、応答願います!」
『何事だ? 作戦開始までまだあるはずだが』

 ルーファウスはすぐに応答してくれる。本来ならあと数十分は私達が準備をする時間だったので、ルーファウスはまだ自分の仕事でもしていたのだろう。

「緊急事態です! 未確定ではありますが北の方角にウェポンが発生しました。しかもこちらに向かってきています!」
『……なんだと?』
「シスター・レイの発射を早める許可をお願いします! ウェポンと思われる高エネルギー体は計算上あと30分でこちらに到着します!」

 話しながら目をやった先、カンセルさんのモニターに映し出されたのはウェポンと思われる高エネルギー体の動向で、やはり脇目も振らずこちらに向かってきているようだ。

 通信機の向こうではルーファウスがふむ……と考え込んでいる。
 そして少ししてから彼が口を開いた。

『シスター・レイの発射繰り上げを許可する。準備が出来次第連絡したまえ』
「分かりました。ありがとうございます」

 マイクのミュートボタンに手を伸ばしかけたその時、まだ切られていなかったらしいルーファウスの通信機から小さな声が聞こえてくる。

『……本当は、今すぐ抱きしめに行きたい』
「社長……」
『お前を心配してしまうのは俺の性分だ、許せ』

 向こうには誰も居ないだろうけれど、私は隣にカンセルさんが居るから言葉を選ばなければならないのがもどかしい。
 きっとルーファウスはジュノンでウェポンを迎撃した時の、恐怖に私が負けそうになったあの夜の事を思い出しているに違いない。

「ありがとうございます、社長。絶対に……食い止めましょうね」
『……今夜は存分に抱きしめてやるからな』

 最後に優しい声でそう言って、ルーファウスはマイクをオフにする。
 私は左手首につけたブレスレットに触れてから、意を決してモニターに向かった。


『ナマエさん、聞こえるか? こちらに向かって来ているのはやはり巨大なウェポンだったよ。白い歩行型のウェポンで、胸に大きなコアがある』

 しばらくすると、またリーブ統括からの通信が入る。ようやくクラウド達もウェポンの元に辿り着いたらしい。

『魔晄炉の調整はもうすぐ終わりそうだ。そちらは?』
「こちらもエネルギー受け入れ準備完了しました。目標は北のクレーター上のバリアに設定しています」
『了解。では……これから各魔晄炉のバルブを開く。設定出力値は』
「あの、統括」
『ん? なんだい?』

 私はさっきから頭に浮かんではいたものの口には出さなかった考えをリーブ統括に話してみる事にした。

「ウェポンとクレーターのバリア、同時に迎撃することは可能なのでしょうか」
『同時に? 出力的には不可能ではないと思うが……』
「なら軌道を修正すればいけるってことですよね……分かりました」
「なるほど、そういうことなら俺に任せろ!」

 私の話を横で聞いていたカンセルさんが声を上げ、照準操作パネルを叩きはじめた。

「おう、ウェポンが今のコースから大きく外れなければなんとかなりそうだ」
「リーブ統括、そういうわけなので出力最大でお願いします」
『分かった。本当は最大開放はなるべく避けたかったんだが……仕方ないな』

 魔晄炉から供給されるエネルギーを全てシスター・レイに送るということは、その分ミッドガル市街やスラムに送られる分が途絶えるということだ。

 この街のインフラ責任者でもあるリーブ統括にとっては、出来るだけ取りたくない措置だというのも理解できる。
 けれどシスター・レイは今の出力設定で一度発射してしまえば三時間は冷却しないと次を撃つことが出来ないから、ウェポンを貫いて北のクレーターまでエネルギー砲を届けるには八基全ての魔晄炉から一度に供給できる全ての魔晄炉を送ってもらう他ない。

「統括、すみません……よろしくお願いします」
『ナマエさんが謝ることではないよ。これ以外に手立てが無いからね……さあ、ではこれから魔晄炉のバルブを開く』
「よろしくお願いします!」
「お願いします!!」

 そう言ってリーブ統括が各魔晄炉に指令を出す。隣の席のカンセルさんもリーブ統括と通信を繋いで、その様子をモニタリングし始めた。

「社長、制御ブースです。これより魔晄エネルギー供給作業を開始します。汲み上げ終了予定は5分後。6分後には発射可能になります」

 私はルーファウスにも通信を繋いで呼びかける。カンセルさんもそこに加わって、ルーファウスからの応答を待った。

『分かった。ウェポンは?』

 社長室で待機していたルーファウスはすぐに返事をしてくれる。やはり彼の懸念事項もウェポンだ。

「北方30マイルまで接近! 北のクレーターとの直線上に入っています」
「社長、魔晄エネルギーでウェポンとバリアどちらも迎撃します。許可を」

 カンセルさんの言葉を受けて、私はルーファウスにそう告げる。
 合理的な彼からもらえる答えは一つしかない。

『出来るんだな? ならば私の責で許可する』
「はい! 必ずどちらも貫いてみせます」

 ルーファウスから信頼されている。そう思うだけで気分が高揚した。
 私は胸元に手をやって、服の上からそっと"あるもの"を握り締める。

「照準設定完了! あとはエネルギーだけです」

 カンセルさんがそういうと、役員会議室にいるリーブ統括からも通信が入る。

『エネルギー充填完了。あっ、ハイデッカー、スカーレット!?』
『ガハハハハハ! 社長、準備完了です!』
『キャハハハハ! いつでも撃てるわよ!』

 リーブ統括の後ろから二人が割って入ってくる。肝心なところだけ自分たちの手柄にしたいのか、なんとも勝手な人達だ。

『フッ……全く』

 小さくルーファウスが呟いた声は、バカ笑いしている二人には聞こえないだろう。
 カンセルさんはパネルを操作しながら照準モニターを睨みつけ、私は出力モニターから目を離さず発射レバーに手をかけた。

 この一撃で全てが決まる。失敗は絶対に許されない。

 規則正しく増えていくはずのタイムゲージがやけに遅く感じて、全身が脈打っているかのように心臓がうるさかった。

『……やれ』

 永遠にも感じられる時間のあと、ルーファウスが静かに、しかし力強く告げる。
 その瞬間私は発射レバーを思い切り倒して、窓の外に目をやった。

 暗い空を切り裂いて、一直線に北へ向かって飛んでいく太い光の筋。そのあまりの眩しさに私は腕で顔を覆う。

 距離からはじき出したウェポンへの着弾時間は僅か数秒。そこから北のクレーターまでは更に数秒。
 その後は神羅軍に任せよう。未だあの地に眠るセフィロスを倒して、この星を守るんだ。


「ウェポンからエネルギー反応消失!」

 モニターにかじりついたカンセルさんが叫ぶ。
 私も弾かれるように窓から自分の目の前に視線を移した。
 そこには"EMPTY"の文字と、シスター・レイの冷却作業残り時間が示されている。

『バリアは?』

 イヤホンから聞こえて来たのはルーファウスの声。カンセルさんのモニターを見ると、一番上に表示されていたはずの北のクレーターから発せられるエネルギー反応が無くなっていた。

「北のバリアからもエネルギー反応ありません!」
『……フッ、消えたか』

 ルーファウスの声が僅かに弾んでいるように聞こえて、私は自分の肩の力が抜けていくのが分かる。隣ではカンセルさんも同じように、椅子の背もたれに背中を預けて脱力していた。

「やった……」

 しかし気の抜けたカンセルさんがうわ言のように呟いた、その瞬間。

 ピーピーピーピー!

 異常数値の検出を知らせるアラートがけたたましく鳴り響く。

「なんだッ!?」
「新しい高エネルギー反応ですっ!」

 飛び起きたカンセルさんに向けて私は彼のモニターを指差す。
 そこに示されていたのは北の方角からこちらにすごい速さで近づいて来る複数のエネルギー反応だった。

『まずい! ウェポンが被弾する直前にミッドガルに攻撃してきた!』

 耳に飛び込んできたのは緊迫したリーブ統括の声。

「真っ直ぐこちらに向かってきます!!」

 隣では顔面蒼白で叫ぶカンセルさん。

 私ははじかれたように窓の外を見る。遠くの空が黄色く光ったかと思えばそれがみるみるうちに近づいてくる。

『ナマエッ……!』
「ルーファウスッ!!」

 通信機から今まで聞いたことがないくらい慌てたルーファウスの声がしたのと私が悲鳴をあげたのは同時だった。
 カンセルさんが隣にいようがそんなこと気にしている余裕もなく、私はただ彼の名前を呼んで勢いよく立ち上がる。

(ルーファウスのところに行かなくちゃ……!)

 そう思って走り出そうとした瞬間、目の前の窓から光が溢れた。
 無数に放たれた光の弾丸が正面から降り注いできて思わず目を瞑ると、爆音と共にあちこちで窓ガラスが割れる音が響き渡る。

 イヤホンからは社長室からのものと思われる激しい雑音が流れてきて、その中にルーファウスが呻く声が微かに混じっていたのを私は聞き逃さなかった。

「ルーファウス? ルーファウスっ!」

 無我夢中で70階に続く階段に向かって走る。これを上ればすぐ彼の元に辿り着ける。
 そう思って必死に足を動かすけれど、爆撃による揺れと飛び散ってくる窓ガラスの破片、そして壁や天井の一部が剥がれ落ちてきて私の行く手を阻む。

「やだ……ルーファウスっ!!」

 目の前を光の弾丸が掠めて、風圧に負けた私は後ろに飛ばされて尻餅をついた。

 その反動で上を見上げると、今まさに天井が剥がれて剥き出しになった部分から鉄骨が落ちてくるところが見えた。

(こんな終わり方なの……?)

 ミッドガルが、神羅カンパニーが、私の人生が……そして、最愛の人が。

 希望へ繋がる作戦になるはずだったーー誰もがそう信じていたのに。

 それはまるでスローモーションで再生された映画のワンシーンみたいに、ゆっくりと鮮やかに、開ききった私の瞳に映し出される。

 ライフストリームに還ったらまた逢えるかな、なんて下らないことを考えながら目を瞑ると、足下が大きく揺れると共に金属がぶつかり合う音が聞こえてきた。

「……ごめんね」

 もっと早く、ウェポンを倒せていたら良かったのかな。
 反応のないイヤホンマイクに向けて私はそう呟いた。

ーーその時。

「ガウッ!!」

 耳に届いたのは獣の呻き声と物凄い轟音。
 それと同時に私の身体は何かに勢いよく弾き飛ばされて、思い切り床にダイブする。

 ガツンという衝撃が頭に走って、私の記憶はそこで途切れた。

 ああ、最後にもう一度抱きしめて欲しかったな。

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