6-1


 シスター・レイをミッドガルに移設するーー朝自分のデスクに着くと、つい先ほど決まったらしいその知らせにオフィスは騒然としていた。

 やはり上層部は魔晄キャノンの力で北の大空洞に張られたバリアを破るつもりらしい。
 しかし何故わざわざミッドガルに移すのかと思っていると、パソコンの画面にメール受信のポップアップが表示された。

 発信者はルーファウス神羅代表取締役社長で、送信先は私達兵器開発部門開発課のメンバー。
 内容は本日から急遽シスター・レイの移設準備に入るよう指示する旨と、そのために視察にいらっしゃるということだった。
 そして、文中には視察の案内担当として私が指名されているではないか。

「ナマエ、やけに社長に気に入られてるね」
「この前も仲良さそうでしたもんね。さすが社長のお抱えメカニック!」
「絶対それだけじゃないってー」

 同期と後輩、そんな女性二人がいつの間にかやってきて両脇に立たれる。

「……そうかな? 知ってると思うけど、社長の武器を担当してるからじゃないかなあ」

 この言い訳を、私はあと何回したらいいのだろうか。

「ええー? だって前の出張帰りにキャノンに寄られた時の社長の目、見ました?」
「見たー! あの社長があんな優しい顔すると思わなかったよね!? あんな目で見られたら誰だってイチコロでしょ!」

 きゃあきゃあと騒ぎ出す二人の間を擦り抜けて、私は数歩下がる。
 社長はあの時確かに機嫌は良かったけれど、そんなにいつもと違っていたか記憶にない。
 実のところ、私といる時以外の彼を知らないというのが理由だったのだが。

 しかし二人はこちらに向き直ってまだ逃してはくれなさそうだ。

「あの時ナマエさん社長に頭撫でられてましたよね!」
「そ、それは……、他の人にもあんな感じなんじゃない……?」
「ないない! あれが泣く子も黙るルーファウス神羅とは思えなかった! その事もまだ詳しく聞いてないんだけど?」
「えーっと……」

 にじり寄ってくる二人の追求をかわすため、私は踵を返して走り出す。

「あ! 逃げた!」
「せんぱーい!」
「視察の準備しないといけないからっ!」

 社長のようなポーカーフェイスにはどう頑張ってもなれなそうなので、これからどうしたらいいか考えないと……。


 幸いなことにその知らせのせいで開発課総出でまた一気に忙しくなったので、彼女達が後を追ってきたり他の同僚に揶揄われることはなかった。

 私は徐々に開発課員が集まりつつあるキャノン砲の周りを歩き回って、端末に表示した資料と見比べている。
 確かに移設すること自体は可能だけれど、どこから魔晄を吸い上げるのだろうか。

 ジュノンでは海底魔晄炉と接続されているけれど、ミッドガルには魔晄炉自体はたくさんあるので、そのどれかと繋げることは間違いないと思う。
 ただどこにキャノン砲を設置するかも分かっていないので、こんな巨大なものが置ける場所も浮かばなかった。

 やがて、道の向こうから警備兵が走ってくる。

「ナマエ・ミョウジさん、そろそろ社長が到着されますのでヘリポートへどうぞ」
「あ、分かりました! すぐ向かいます」

 思っていたより早かったけれど、それだけ急ぐ作戦なのだろう。
 今朝もらったメールには今日も会議だとしか書かれていなかったから、決まったばかりの作戦ということは分かる。その為に、最終確認として社長自らが視察に来るのだろうけれど。


「ごくろう。突然悪かったな」

 警備兵がヘリのドアを開けると、中から優雅にルーファウスが降りてくる。

「お疲れ様です、お待ちしてました」

 私も形式的な挨拶をすると、彼の半歩先を先導してキャノン砲の元へ歩き出す。

「驚いただろう」

 なにが、とは言われなくても想像がつく。

「メールを見た同僚にからかわれました……」
「教えてやらなかったのか?」
「そんなことできませんって!」

 私達は港を歩きながら、互いにしか聞こえないくらいの声量で話す。
 側からは普通に視察の案内をしているように見えると信じたいけれど、実際には私達の関係をオープンにするか否かの攻防が続いていた。

「俺は堂々と人に話せないような低スペックではないだろう」
「高スペックどころか本来なら雲の上の人過ぎて言えないんですよ! 私だってまだ命が惜しいんです。本社に行けなくなりますよ……」
「そんなの放っておけばいい。なんなら手でも繋ぐか?」
「いやいやいや、仕事中ですし!」
「ふむ……つれないな」

 ルーファウスはどうしてそんなに公にしたいのだろう。
 からかわれたり公私混同だと言われたりしても……まあ、確かに彼は気にしなそうだ。

「お前がそこまで抵抗するならひとまず保留にしてやる。秘めた関係というのも趣があるからな」

 ルーファウスは口元に手を当てて不敵に笑う。
 この人の恋人になるというのは、やっぱり前途多難なことらしい。それでも彼を諦めるとか、そういう風には思わないあたり私も大概だけれど。
 少しは強くならないと、この先ルーファウスの隣に立ち続けることは出来ないだろうから。

「そう言えばレノからからかいのメールが送られてきました」

 私はダークネイションが寝そべる待受画面を眺めながら言う。
 どうやらレノはルードさんともう一人後輩の女の子と一緒に休暇をとってウータイまで足を伸ばしているらしい。
 有名なかめ道楽の本店で飲んでるとかなんとか、そんな内容と共に、ルードさんから私達の事を聞いたらしく、おめでとさんとメールに綴られていた。

 問題はその後で、ルードさんが全部喋ったらしく、ヘリでいちゃつくなとか武器馬鹿が社長馬鹿になったとか散々だった。
 また武器馬鹿って言ったな特製ピラミッド楽しみにしててねと返すと、ごめんなさいのあとに『武器オタクの間違いだったぞ、と』などという返信があって、これはもうピラミッド決定だ。
 逃げられたら一番上の上司であるルーファウスに責任を取ってもらわないといけなくなる。

 そんなこと夢にも思っていないだろうルーファウスは、くつくつと笑いを噛み殺している。

「お前たちがただ仲の良い友人だということはよく分かった」

 私は不満な表情をしているはずなのに、なぜか彼は上機嫌。

「言わせておけばいい。タークスは外部に秘密を漏らすような奴らじゃないし、むしろ知らせておいた方が好都合だからな」
「はぁ……そんなもんですかね?」
「公私混同にはうってつけの協力者だ」

 そう言って不敵に笑うルーファウスは、久しぶりにあの悪い顔をしていた。


 私達はシスター・レイのふもとに辿り着く。
 今日はこの前以上に人が多いけれど、それは勿論今朝の通達のせいだろう。

「社長! お疲れ様です!」

 私と同じ作業着姿の開発課員達が集まってくる。皆キャノン砲の資料を手に、移設のための準備をしている様子だ。

「ご苦労。準備の方はどうだ?」
「はい! 今は各パーツの取り外し手順を確認しているところです。来週には運び出し始められるかと」
「そうか……あまり時間がないのでな、なるべく早く実行に移れるようにしてくれ」

 ルーファウスはキャノン砲を見上げて言う。

「かしこまりました! 全力を尽くして、なんとか今週中には輸送開始できるよう手配します!」
「フッ、頼もしいな。期待している」

 ビシッと敬礼する私の同僚に向かってルーファウスは口の端を上げる。
 有能な人間が好きな彼のことだから、同僚がきちんと予定通りに事を進めれば特別ボーナスでもくれてやろうと考えているに違いない。

「しかし……やはり大きいな」
「はい。これ、ミッドガルのどこに置くんですか?」

 同僚が広げている図面を横から見ているルーファウスがそう言うので、私は気になっていた事を問いかけてみる。

「八番街だ。大通りにギリギリ収まる計算らしい」
「街の中に設置するんですね……ということは八番魔晄炉からエネルギーを?」
「いや、ミッドガルにある全ての魔晄炉から吸い上げたいのだが」
「全ての!?」

 私だけではなく後ろで聞いていた同僚達も驚いている。
 今までは海底魔晄炉一基分の魔晄エネルギーしか使ったことがないので、キャノン砲自体の整備をしないと爆発してしまう可能性があるからだ。

「ああ。それができるか相談したかった」
「なるほど……」

 ルーファウスがあまりにサラッと言うから、私はそんなの聞いてませんと言い返す気力を消しなってしまう。
 どうせそれも急に決まったことなのだろうし。

「君達なら出来るはずだと踏んでいたのだが……私の思い違いだったか?」

 鋭いルーファウスの目が辺りを見回し、私を含めて全員が背筋を正す。
 出来る、以外の回答を発することなんて出来なくて、これが彼の社長としての姿なのだと再認識させられた。

「……移設の準備と並行して調整に入ります。本格的には、ミッドガルへ運んでからになりますが」

 皆が固唾を飲んで見守る中、私は慎重に言葉を選んで返事をする。
 いくら恋人とは言え仕事になれば手を抜くことなんてきっと許されないし、私もそんなことはしたくない。
 それに必ず彼の期待に応えて役に立ちたいと言う気持ちは、今でも変わらないから。

「それで良い。スケジュールは後で正式に出してくれ」
「分かりました」

 ルーファウスは満足そうに頷く。この期待は絶対に裏切ることはできないと思わさせられた。


「ナマエ、今日は上からも見たいんだが」

 魔晄キャノンの上を指差したルーファウスが言う。

「分かりました、ご案内します」
「では君達、よろしく頼む」
「はっ!」

 私が先導すると、ルーファウスは振り返って開発課員達をもう一度見回した。
 皆緊張した面持ちだけれど、社長直々に声をかけてもらったとあって高揚した表情の人も多かった。

 やはり彼は私たちの旗印。
 ルーファウス神羅無くして、神羅カンパニーは成り立たないのだと感じさせられた。


 エレベーターに乗り込むとルーファウスは腕組みをする。
 ルーファウスがこの先は我々だけで行くから大丈夫だと言って警備兵も置いてきてしまったので、エレベーターの中には私達だけ。

「二人きりだな」

 そう言って微笑む彼は、さっきまでとは打って変わって穏やかだ。

「突然無理難題を押し付けて悪かったとは思っている」

 ルーファウスはそう言うと苦笑する。

「本当はナマエを困らせたいわけではないんだがな」
「びっくりはしましたけど、それが私の仕事ですから。仕事とプライベートを混同しないルーファウスが好きですよ」

 これはお世辞ではなく本心だ。ルーファウスはまだ少し困ったように眉を下げながらも、フッと鼻で笑う。
 面と向かって彼の名を呼んだのは初めてだったので、言えた割に私も気恥ずかしい。

「参ったな。これでは公私混同出来なくなる」
「しないで欲しいのでそれで良いです……」 
「おっと……今この時間がまさにそうなんだが」

 そう言い合って、私達は声を上げて笑った。
 恥ずかしいのはあるけれど私もこういう言葉遊びにだんだん慣れてきたし、嫌いではないと思い始めていたりして。


 エレベーターを降りて少し歩くと、私のお気に入りの場所――シスター・レイの頂上に着く。
 昔、夕陽に染まる友人の少し寂しい表情に胸が苦しくなった、そんな思い出が残る場所でもあった。

 ルーファウスは吹きさらす潮風を浴びて、髪を掻きあげながら空を見上げる。

「早く、全部終わりにしましょうね」

 私はルーファウスの隣に立ち、同じように空を見上げてあの赤黒い塊を睨んだ。

「ああ。その為に俺がいる」

 そう答えてくれたルーファウスの声には、真っ直ぐぶれない芯が通っている。あんな脅威を目の前にしてもまるで変わらないその強さに、安心を感じない人はいないだろう。
 彼に正義感があって言っているのかは分からない。性格的にはどちらかと言えば、ただ目の前の困難に負けたくないからという方が正しいだろうけれども。

 私はもう一歩分横にずれて、ルーファウスに寄り添ってみる。
 こんなに景色がいい場所ではあるものの、キャノン砲のメンテナンスでもしない限りこの場に用がある人はいないので、こういう逢瀬に実はぴったりの場所なのだ。

「そんなルーファウスの為には、私がいますからね」
「フッ……なら負ける気がしないな」

 ルーファウスは楽しそうに口元を緩めると、視線を下ろして私の顔を見る。
 それに気づいた私が彼と目を合わせると、ルーファウスは私の片手をとった。

「今日はお前にこれを渡そうと思う」

 そう言うと、ルーファウスはポケットに手を入れる。
 彼がその手を握ったまま私の手のひらの上で開くと、次の瞬間私の手には大粒のダイヤモンドが鎮座する金の指輪が乗せられていた。

「母親の形見なんだが……ナマエに持っていてほしい」
「え!? そんな大事なもの……」

 何カラットあるのか宝石に疎い私には想像もつかないけれど、一目見て普通の会社員には一生かかっても手にすることはできないのではないかと分かる大粒のダイヤが細かくカットされてキラキラと輝いていた。

「これ、もしかしてルーファウスのお母さんと先代の……?」
「らしいな。あの男は愛情表現がモノか金しかない人間だったから、正妻となる女への贈り物としては実に分かりやすい代物だろう?」

 そんな男と女の愛の結晶であるはずの息子は、そう言って乾いた笑いを浮かべる。
 親の婚約指輪に対してこんなに複雑な感情を顕にするのだから、やはり彼が両親……特に父親に抱いている感情は、ただの嫌悪だけではないのだろう。
 彼自身がそれに気付いているから分からないけれど。

「お前用には別にきちんと作らせるから指には嵌めないぞ。サイズも違うだろうしな」

 ルーファウスは彼にしては珍しく捲し立てるように言う。
 もしかして少し恥ずかしいのかもしれない。勿論、本人はそんなこと認めないだろうから指摘はしないけれど。

「ただ預かっていてほしい。それが……母からの遺言だからな」
「遺言……?」

 私はルーファウスの顔から手の中の指輪に視線を落とす。
 先代は一体どんな風にこの婚約指輪を彼の妻に贈ったのだろう。

「いつか俺に心から大切な、愛する女性ができたら渡すようにと……死ぬ前に」
「……そうだったんですね。それを、私に……」
「ナマエがまさに、心から大切な愛する女だからだ」

 ルーファウスは大きな手で、指輪ごと私の手を包む。

「渡すからには好きにしてもらって良い。わざわざ気を使ってまで大事にしろとは言わないが、持っていてくれれば……」

 私は少し冷たいルーファウスの手からまるで彼や彼の亡くなったお母さんの想いが伝わってくるようで、そっと目を瞑った。
 きっとルーファウスのお母さんは険しい道を歩ませることになる息子の事を思って、涙する日もあっただろう。

「……大切にお預かりします」

 そう言って私が目を開けると、眉尻を下げたルーファウスが私を見下ろしていた。

「重荷だったらすまない」
「そんな事ないです。でもすごく大事なものだから……緊張しますね」

 込められた想いは言わずもがな、指輪自体の価値だって計り知れない。
 おそらく特注品だろうから同じものはルーファウスの財を持ってしても二度と手に入らないかもしれない。

「でもこれ、箱はないんですか?」

 こんな物がルーファウスのポケットからそのまま出てきたことに疑問を感じていたので、私は素直に聞くことにした。
 するとルーファウスは肩をすくめて、首を横に振る。

「母親が死ぬときに着けていたからな。遺品の中にそれらしい箱が見つからなくて、俺も適当に袋に入れていたんだが」
「適当に……」

 これだから金持ちは恐ろしい、とは今は思わないでおこう。それに、もしかしたら父親に反抗的な息子としては気恥ずかしい代物だったというのもあるかもしれない。

「ナマエに渡すにあたって、しまい方もお前に任せようと思った。好きに扱ってくれて構わない」
「……考えておきます」

 ひとまず、傷つけないようハンカチに包んで作業着のポケットにしまわせていただく。
 一歩歩くごとに落としていないか確認したいくらい、動くのが恐ろしい。
 家に置いておくのも仕事中そわそわしてしまいそうだし、なんとか無くさないような方法を考えないと……。


「なあ、ナマエ」

 あっという間にぎこちない動きになってしまった私を横目に、ルーファウスは遠く水平線の方を向く。

「なんですか? ルーファウス」
「お前は……この先も俺と共に歩んでくれると、そう考えて良いのだな?」

 彼らしくない歯切れの悪さでルーファウスはそう呟いた。
 私はそっと隣に立つ彼の手を握って、同じように海の向こうを見た。

「あなたが望んでくれるなら……。そうでなくても、許されるのであれば……ずっと」

 私がそう返すと、ルーファウスは指を絡めて手を握り返してくれる。

「今ある問題がすべて片付いた後、俺の為に時間をもらうという約束はまだ有効か?」

 彼が一度、もうこの約束は守れないと言って私にキスをしたのは、つい最近のこと。
 元々彼がこの時に話したいと思ってくれていたことは、もう片がついているのだけど。

「……勿論です」

 彼の腕に頭を寄せて私がそう答えると、ルーファウスは繋いだ手に力を込めた。

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