5-6


 私が数日間の休みを貰ってそのほとんどを不足していた分を補うため眠って過ごしている間に、宇宙ロケット神羅26号は無事に発射されたらしい。
 けれど……無念にもあのメテオを破壊する事はできなかった。

 ニブルヘイムのものと海底魔晄炉のもの、二つのヒュージマテリアを積み込んだロケットは、確かにあの赤黒い隕石に衝突したという。
 しかしメテオは少し砕けたものの、粉砕されたロケットの破片をも取り込んで、相変わらず空に浮かんでいた。

 残りの、コレルとコンドルフォートにあったはずのヒュージマテリアは、なんとあのクラウド達に奪われてしまったと聞く。
 四つのヒュージマテリアが揃っていたらメテオを完全に砕けたのかどうかは分からないけれど、どうして彼等は何度も神羅の邪魔をするのだろうか……今や神羅カンパニーはこの星を守ろうとしているというのに。


 私はその知らせを同僚からのメールで知った。
 私が任務先で倒れた為に休養を取らされていると聞いて、職場の仲間達はとても心配してくれている。
 仕事に穴を開けて迷惑をかけているのに、皆揃ってお見舞いのメールを送ってくれたので嬉しかった。

「社長、どうしてるかな……」

 同僚からのメールを読み返しながら、私はおそらくこの事態に一番頭を痛めているはずの人の事を思い浮かべる。

 スカーレット統括やハイデッカー統括が考えた作戦とは言え、最終的にその責任を負うのは会社のトップである社長だ。
 しかもこの後メテオを何ともできなければ、私達はこの星ごと皆死んでしまうかもしれない。

 そんな重責を負っても何でもないような顔をして、私の事まで気遣ってくれる社長。
 そんな人が本当に私のことを好きでいてくれるのかと、彼の言葉を疑っているわけではないけれど、不思議で仕方ない。
 
 あれは夢だったのではないかと何度も思い返してみても、全身が茹でられたみたいに熱くなってしまうだけなのだけれど。


 実は、社長とは毎日何通かメールのやり取りをさせてもらっていた。

 早朝まだ日も昇らない時間に今起きただとか、一日に何回もこれから会議だとか、そしてとんでもない深夜におやすみだとか、社長の多忙さが困難を極めていることが手に取るように分かる。
 それでもそんなに忙しい中でまめに連絡してくれるのだから、ちゃんと好きでいてくれるのかなと少しは自信を持つことができた。

 彼の隣に立つには、胸を張って自分のことを誇れる人間でいたい。
 だからこそ、あまり卑屈にならないように、愛情をもらっている分はちゃんと受け止めて、私からも愛情を返したいと思った。

 するとちょうどその時、携帯端末がピコンとメールの着信音を鳴らす。
 液晶パネルには、今思い浮かべていた大好きな人の名前。

『ようやく一つ目の会議が終わった。スカーレットの笑い声で耳が痛い』

 その光景は簡単に思い浮かんで、私は社長を不憫に思った。
 返信ボタンを押す前に、再びピコンと音が鳴る。

 こんどはメッセージではなく、写真ファイルが送られてきたようだ。
 珍しい……というより初めてだなと思いながら開いてみると、眠そうに社長室の床に寝そべるダークネイションが写っていた。
 その首には私が作った首輪が存在感を放っている。
 重厚に黒く輝くそれは、ダークネイションの艶やかな毛皮によく映えていた。

「ふふ、可愛い」

 私はその写真を眺めながらつい口元が緩んでしまう。
 ダークネイションにも早く会いたいのに、明日からまた仕事に復帰するので、いつになったらミッドガルに行けるのか分からなかった。

『会議お疲れ様でした。ダークネイション可愛いですね! 首輪も付けてくださってありがとうございます』

 そう返信すると、またすぐにメールが送られくる。
 今度も写真が添付されていて、社長のものらしい手に撫でられてピンと耳を立てるダークネイションが収められていた。

 どうやら私が可愛いと言ったからなのかもう一枚写真を撮ってくれたらしい。
 社長が床にしゃがんでダークネイションを撫でながら写真を撮っている姿は、想像すると微笑ましかった。

(もしかして、今は少し時間に余裕あるのかな……?)

 普段は会議や書類の確認などで忙殺されているらしいけれど、今は愛犬と触れ合う時間がとれているのであれば少し安心できる。

 そんな中、胸の奥で我儘な私が少しだけ顔を覗かせる。
 もし少しでも声が聞けるなら……そう思い始めてしまうと、その気持ちはどんどん膨らんできた。


 ヒュージマテリア作戦が失敗に終わって社長が心配だというのもあるけれど、結局それは建前で、ただ声が聞きたかった。

「どうしようかな……やっぱり迷惑かな」

 迷いながら、電話帳画面の『ルーファウス神羅』の項目を開いたまま睨めっこする。
 実はあの日ヘリポートで別れてから電話をしたことはなくて、だからこそどうやって話し始めたらいいのかも分からない。

 けれど、ずっとこのままでは駄目だと思う。
 社長は愛情の受け方をよく知らないで育ったせいか、どう表現したらいいのか分からないと言っていた。なら、私が思う私なりの愛情を彼に示せば良いと思う。

 時間がないならまた話せるときにかけてもらえるよう頼めばいい。
 そう決めてしまえば、意外にもすんなりと通話ボタンを押すことができた。

 コール音が鳴ったかと思うと即座に電話が繋がる。思っていたよりも早くて、反応がワンテンポ遅れてしまったけれど。

『俺だ。何かあったか?』

 開口一番心配そうな社長の声が聞こえてくる。
 機械越しでも聞きたかったその声に、胸の奥がじんわりと暖かくなった。

「急にすみません。お忙しいとは思うんですけど、少しお話しできますか?」
『ああ、俺は大丈夫だが……一体どうしたんだ』
「あの、何かあったとかじゃないんです。用もないのに、すみません……」

 緊迫した声で何事かと問われて、緊急事態でもないのに電話してしまったことを申し訳なく思う。
 やはり忙しい人なのだから、時間を奪うようなことは極力しない方が良かったのかもしれない。

『本当に何でもないのか? それで、電話を?』

 きっと社長は今、不可解だという顔をしているに違いない。

「はい、あの……少しお話ししたかっただけなんですが、お忙しいようなら切りますね。難しいかもしれませんが時間ができたらかけていただければ嬉しいんですけど……」

 私が居た堪れなくなってそこまで言うと、電話の向こうで社長がいや、と遮る。

『いい。今は手が空いているし、社長室で俺とディーだけだ』
「そうですか? 次の予定まであんまり無いようなら今でなくても大丈夫ですよ。用事があったわけでは無いので……」
『いや切るな、続けてくれ。お前からかけてくるとは思わなくて、何かあったのかと思っただけだ』

 社長は矢継ぎ早にそう言うとフッと笑った。

『具合はもう良いのか? 休ませた手前ゆっくりさせるつもりでメールだけにしていたのだが……俺も声が聞きたいとずっと思っていた』

 どうして彼はこんなにも大切に想ってくれているのだろうと思い、私は嬉しくて泣きそうにすらなる。

「もうすっかり疲れも取れて元気になりましたから、明日から仕事に戻るのでまた頑張ります。私もずっと社長の声が聞きたくて……もしかしたら今ならお話しできるかなと思ってかけちゃいました」
『ククッ、お前は意外と大胆な女だということが最近分かってきた』
「それ褒めてませんよね?」
『いや、褒めている。どうもナマエを前にすると俺はいつものペースではいられなくなるのだが、それをお前が上手いこと崩してくれるからな』

 社長は楽しそうに笑いながら、傍にいるダークネイションを撫でているようだ。
 よし、と呟く社長の声と、わふ、と答えるダークネイションの鳴き声が漏れ聞こえてきた。

『俺はもう少し、素直になった方が良さそうだ』
「少なくとも私にはそうなって欲しいなと思います」
『フッ……善処しよう』

 社長のお母さんの話はちゃんと聞いたことがないけれど、子供の頃に亡くなってしまったのならあのプレジデントから真っ直ぐな愛情は受けていないだろうし、大人になっても素直になれないのは仕方ないことだと思う。
 立場上腹の内を見せられる相手も少ないだろうし、せめて私の前でだけは飾らないで一人の普通の青年としていられるようにしてあげたいなと、私は心の底から感じていた。

「社長……ロケットのこと、聞きました」

 社長は一瞬黙ったあと、そうかと小さく答える。
 けれど気落ちした様子はなく、少しして彼はまた口を開いた。

『直接砕けなければ原因を除くしかあるまい。北の大空洞で眠っているセフィロスを倒せばあれも消えるだろうと踏んでいる』

 なんと、社長はもう次の手を考えているらしい。そのために朝から晩まで会議やら何やらで忙殺されているのだろうけれど、それにしても本当に頭のよく回る人だ。

『そのためにはまず奴を守っているあのバリアをなんとかせねばならない。今その事についてスカーレット達と話をしているところだが……おそらく策は一つだけだろうな』

 それは私にも心当たりがある。
 あのウェポンすら貫いた、神羅の技術を結集した兵器といえば一つしかないのだから。

「魔晄キャノン、ですね」
『ああ。だが、今のままではさすがに北の果てまでは届かないだろう? それについて今検討させているから、お前も明日何か聞かれるかもしれないな』
「分かりました。必ずお力になってみせます!」
『頼んだ。だが、もう無理はするな。あんな思いは……もう御免だ』

 社長は私が倒れたところを助けてくれたのだから、勿論その瞬間を目撃していたわけで。
 おそらくそのことについて言っているのだとはさすがに察しがつく。

「そのことは本当にすみませんでした……。職場の皆もすごく心配してくれているので、これ以上無理はできません」
『そうか……。他の奴の前で倒れるなよ、お前を抱きとめるのは俺だけだ』

 社長がそんな事を言い出すから、私は一気に顔に熱が集まるのが分かる。

『釘は刺したがまだ心配な奴もいる。良いな、必ず一日三度食事を摂って、仕事が終わったら連絡すること。あまりに遅くなるようならお前の上司に直接命令するぞ』
「わ、分かりました……」

 あまりの剣幕に私は顔の熱もすっかり下がって、電話なのにこくこくと頷いてしまった。
 すると社長は私の様子が分かったのか鼻を鳴らして笑う。

『フッ、約束通り近い内にジュノンに行くつもりだ。その時はお前との時間を作ろう』
「はい……!」

 その言葉に、私はまだ決まってもいないのに嬉しくて舞い上がりそうになる。
 電話で声が聞けるのもいいけれど、やっぱり会って顔を見たいから。

「お会いできるのを楽しみにしてますね、社長」

 私がそう告げると、社長はなぜかしばらく黙る。何か言ってはいけないことでも言ったかと思ったけれど、特にそんな内容の話はしていないはずなのに。

 すると少しして、ようやく社長のいつもより少し低くした声が聞こえてくる。

『お前はもしかして俺の名前を知らなかったか? 昔自己紹介した気がするんだがな』
「へ?」

 突然の質問に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。それでも社長は続ける。

『言ってみろ。お前が今話している男の名はなんという?』
「え、ルーファウス神羅です……よね?」
『何故疑問系だ』
「あまりに唐突でしたので……まさか偽物、なわけ無いですよね?」

 私の答えに、社長は壮大な溜息を返す。

『ハァ……。やはり機械ばかり相手にしていると人の心が分からなくなるのか?』
「えっ? 何ですかそんな社長まで」
『名前で呼べと言っている』
「な、まえ……?」

 話が繋がらないのは私だけなのだろうか。
 社長はさも当たり前と言いたげにそう言い放った。

『俺はお前のことを恋人だと認識しているのだが』
「え、あの……私も、そうだったら良いなぁ、とは」
『違ったか? 俺の勝手な妄想か?』
「いえ……違わないです、ハイ」
『ならば肩書で呼ぶのはおかしいだろう。そうだな?』
「た、確かに……?」

 理詰めと言って良いのかは疑問だけれど、確かに社長の言うことは一理ある。
 けれどいままでの立場を考えれば仕方ないことだとも分かってほしい、本当は。

『もう一度聞く。俺の名前は?』
「……ルーファウス神羅、です」
『フルネームか? ナマエは毎回俺をフルネームで呼ぶのか?』

 追い詰められた私は、深呼吸をひとつする。

「ルーファウス……さん?」
『俺もナマエさんと呼ぼうか』
「え……」
『恋人と言うものは対等な関係だろう』
「そういうものですかね……」
『で、どうなんだ?』

 さすが神羅カンパニーの社長だけある。こうと決めたら必ずその結果に持っていく手腕にかけて、彼の右に出る人はいないだろう。

「……ルーファウス」

 覚悟を決めてその名を口にすると、ただ名前を呼んだだけなのに身体中がふわふわと宙に浮かんだみたいに落ち着かなくなる。
 社長……ルーファウスもルーファウスで、言わせた割にすぐ反応してくれなかった。

「あの、しゃ……ルーファウス?」

 社長と言いかけたのを取り繕って呼びかけてみる。すると、ややあってルーファウスがようやく声を発してくれた。

『……想像以上の破壊力だな。ヒュージマテリアどころの話ではない』
「はい?」
『もう一度呼んでくれ』
「えっと……ルーファウス」
『フッ……これはいけないな』

 一体何が、と私は彼の次の言葉を待つ。さっきから恥ずかしくて仕方ない。

『今すぐ会いに行って抱き締めたくなる。いや……それだけで済むかどうか』

 そう言うと、彼はまた長い溜め息をついた。やはり疲れているのだろうか、私のせいで余計疲労が溜まっていなければ良いのだけど。
 でも私だって会いたいし、抱き締めてほしい。そこから先は……まだ想像しようとしただけで目眩がする。

『なるべく早く都合をつける。直接目の前で呼んでほしい』
「はい……待ってますね」
『ちなみに、敬語もいらないのだが』

 そう言われて直してみようと思ったけれど、身に染み付いているのでなかなか呼び名ほどすぐには直せそうにない。
 それに、ついうっかり他の人がいるところで砕けた口調で話しかけてしまうのが怖いというのもある。
 社長の恋人という肩書を振りかざしたくないので、なるべく周りには悟られたくない。

「二人きりのときに頑張ってみるくらいで……許してください」
『仕方ないな……今はまだそういうことにしておこう。無理強いしすぎて嫌われたら困る』
「それは無いです! ……けど、恥ずかしいから少しずつ慣れさせてください」
『フッ、承知した』

 こちらは意外にもすんなり受け入れられた。でもルーファウスが喜んでくれるなら、少しずつ頑張ってみたいと思う。
 なかなか難しいから少しずつ、だけど……。

『すまないナマエ、そろそろ次の会議に向かわねばならない。許されるならお前とこうしてずっと話していたいのだが』

 時計に目をやると、電話をかけてから思っていたよりだいぶ時間が過ぎてしまっていた。

「すみません! せっかくのお休み時間を……」
『いや、思いがけない良い休憩時間になった。会議の間にもお前の声を思い出していよう』
「それは、ちゃんと会議を聞いてくださいね」
『ククッ……出たな真面目め』

 出たな、とはどういう意味なのか。しかし彼が楽しそうだから良しとしよう。
 なんだかんだ真面目な私を好きでいてくれるようだし。

「ルーファウス」

 まだ呼び慣れないなりに、ぎこちないかもしれないけれど彼の名を呼んでみる。
 彼の両親が、きっと思いを込めてつけたはずの名前。私はその響きが大好き。

『……なんだ、ナマエ』

 彼が優しく呼んでくれる自分の名前の響きも、今まで以上に好きになった。

「仕事、私も頑張るのでルーファウスも頑張ってくださいね。頑張りすぎないように、ですけど」
『ああ。お前がそう言ってくれるなら頑張れるさ』
「ふふ。あの……愛してます、ルーファウス」

 自分で言ったのに、恥ずかしくなった私は終話ボタンを押したくなる衝動をなんとか耐える。さすがにちゃんと挨拶しないで切るのは失礼だ。

 ルーファウスは数秒開けてから、電話の向こうで柔らかく笑っていた。

『俺も愛している、ナマエ。早く会えるよう手を尽くそう』

 そう言うと、ではまたなと言う声がして電話が切れる。

 静かになった部屋で顔を上げると、壁に立てかけた姿見には、緩みっぱなしの自分の顔が映っていた。

 手元に視線を落とすと、待ち受け画面でガードスコーピオンが赤いボディを光らせている。
 他の人に見られるものでもないし、寝そべるダークネイションの写真に変えようと思った私は、再び携帯端末の画面に触れた。

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