5-1


 どうやらこの星は、私達が思っていた以上に怒っているのかもしれない。
 それが我々神羅カンパニーに対してなのか、人類全てに対してなのか、それとも別のなにかに対してなのかは分からないけれど。


 あれから数日、まだ社長はミッドガルの本社に戻らずジュノンに滞在しているらしい。
 らしいというのは、私もあまりの忙しさに調整を始めてからずっと魔晄キャノンの元から離れられていないので、そう話に聞いただけだからだ。
 ダークネイションの首輪も、きっとまだ彼の元には届いていないのだろう。


『緊急事態発生! 南西の方向より高エネルギー体が時速50ノットで接近中!』

 けたたましい警報音とともにアナウンスが流れる。

(来た……!)

 これこそが、社長がジュノンから離れられない理由。
 そして私がずっと魔晄キャノンの元にいる理由。

「またウェポンが出たぞ!」
「いつもより近い! このままだとここにやってくるぞ、総員配置に付けっ!」

 外では港の警戒に当たっていた兵士達が怒号を飛ばしている。
 私のいるキャノン砲制御室の窓からは、まだウェポンの姿は確認できない。


 ここ何日か、ジュノン港からそれ程遠くない水域に頻繁に出現する水棲型のウェポンがいた。
 私達はそれをサファイアウェポンと呼んでいる。
 サファイアウェポンは、いつもはこちらの警戒射撃を受けて姿をくらませていたようだけれど、今日はいつもよりだいぶ近い場所に出たらしい。


 いつか襲撃される筈と覚悟はしていた。
 でも、いざその時が近付いてくると恐怖で頭が一杯になる。

 私は震える手を一度強く握りしめてから、出力制御パネルの前に座った。
 私がこの任務に就いているのは、自ら志願してのことなのだから。


 スカーレット統括から指示されたキャノン砲の出力増加。
 あの翌日には宣言通り完了させたものの、統括からはもっと出力を上げろと言われてしまい、私達は今朝方ようやく最大出力をこれまでの倍に上げる調整を終えたのだった。

 しかも私達がジュノンに帰ってきたその日の夜からサファイアウェポンがジュノン海域に出現し始めて、いつ襲ってきても対応できるように稼働準備も行わなければならなかった。
 皆帰ることもままならないまま、兵器開発部門は全員総出でウェポン対策に明け暮れている。

 そんな状況なので、社長もずっと司令室に籠もりきりらしい。

 更に、ついに目覚めたティファと付き添っていたバレットーーアバランチの二人は、ついに処刑が決まったと今朝方発表された。
 神羅テレビで生放送されるらしい処刑については、スカーレット統括が取り仕切るという噂だ。
 彼らにはこの事態を引き起こした張本人として、けじめをつけてもらうということらしい。処刑というのは可哀想だとも思うけれど、彼等がしてきた事の重さからいえば仕方のないこととも思えた。
 
 そして、空には少しずつ大きさを増していく赤黒く燃えるメテオ。

 とりかく、問題は山積みだった。


 そんな少しの予断も許されない状況の中、社長はいつも陣頭に立って、軍や私のような兵器を扱う社員達に指示を出している。

 私が一度スカーレット統括に報告をするため司令室に向かった時、ハイデッカー統括と話し合う社長の姿が見えた。
 その横顔には離れていても分かるくらい疲れの色が浮かんでいて、それでも社長は弱音一つ吐かずに次々と対策を指示していたのを覚えている。

 私達兵器開発部門の社員達も皆ここのところ目に見えて疲弊しているけれど、社長のあんな姿を見てしまったら私だってもっと頑張るしかないと、そう思わさせられた。
 

 少しでも社長の役に立ちたい、少しでも彼を安心させたいと願う私。
 そして彼を悩ませる物の一つ、あの巨大なウェポンを倒せるのはこの世界できっとシスター・レイだけ。

 そう思って、私はキャノン砲稼働時の出力調整担当に手を上げたのだった。

 元々軍部に降りていたキャノン砲稼働人員の確保命令だったけれど、調整作業なら開発の人間でも対応できるので、私が課長に直談判して推薦していただいたのだ。
 課長は何故か、あまり驚く様子もなく背中を押してくれた。

 社長はそんな些細な事、知りもしないと思うけれど。


『こちら司令室。ハイデッカー統括よりキャノン砲発射準備発令。目標……サファイアウェポン!』

 備え付けの無線から、司令室にいる兵士の声が聞こえる。

「こちらキャノン砲制御室。発射準備開始。目標サファイアウェポン、了解!」

 発射操作を担当する神羅軍の人の声からは、若干緊張で強張っているのが伝わってくる。
 軍人ですら緊張するのだから、私のような非戦闘員が少しくらい怖がっていたって許してほしい。
 与えられた任務は、ちゃんと遂行するから。

「設定出力、最大値。魔晄エネルギー充填開始します」

 私は訓練した通りにそう告げると、手元のレバーを押し込んだ。
 目の前のモニターにはエネルギー補填の進み具合が表示されている。

「目標確認! 射程距離まであと……」

 照準担当がスコープを覗きながら叫ぶ。急がないと。早く、お願い……。

「10パーセント充填……15……20……」

 私がモニターの数値を読み上げながら魔晄の出力をギリギリの所まで調整している間に、無線機から司令室内の声が入ってくるように切り替えられたらしい。

『目標は依然海中を進行中です』
『構わん。もはや水に着弾することを悩んでいられる距離でも無いだろう』

 それはハイデッカー統括と社長の話す声だった。
 ガラス張りの司令室は港の前面に位置していて見通しが良い。だから社長達からは海中を進んでくるウェポンの姿がそろそろ見えているのだろう。

(早く、早く! 社長が危ない……!)

 一歩間違えればキャノン砲が爆発してしまう。けれど早くエネルギーを充填しないと撃つ前にウェポンが到着してしまう。
 私の額は暑くもない筈なのに汗で濡れていた。

「90……95……」
「目標、射程距離に到達!」
「エネルギー充填完了っ!」
『キャノン砲、発射ーーーーーーーーっ!』

 私が半ば叫ぶように告げると、無線機の向こうでハイデッカー統括が大声で発射許可を出した。
 その瞬間にキャノン砲の発射スイッチが押されて、制御室は物凄い轟音と共に大きく揺れた。

 窓の外から少し離れた海の中に向かって、眩い光の筋が放たれていくのが見える。そして爆発音が轟くと水中から爆煙が立ち昇り、海面が大きくうねっていた。

『やったか?』
『……おそらく』

 少しの静寂のあと、無線機から社長とハイデッカー統括の声が聞こえる。
 私もEMPTYと表示されたモニターの前で、両手を組んで祈っていた。

 しかし。

『ウェポン接近中! 海中より生命反応あり!』
『馬鹿な! 確かに命中したはず!』

 再び警報が流れ、ハイデッカー統括が叫んでいるのが聞こえた。統括の言うとおりで、照準モニターを見る限りキャノン砲は確実にウェポンに着弾した筈だった。

『キャノン砲は?』

 社長だ。問われたハイデッカー統括は、再充填に時間がかかることを説明している。

『ではそれまで通常兵器で時間を稼げ!』

 珍しく社長も声を荒げている。指示されたハイデッカー統括は軍に通達を行っていた。

 すぐに外から大砲や銃の音が聞こえてくる。
 ウェポンをなんとか陸に上げないために軍の人達は決死の思いで戦っているのだ。彼らのためにも早く再発射できるようにしなくては。

『ウェポン接近速度、時速70ノット』
「まっすぐこっちに向かってきます!」

 スコープを覗きながら照準担当が叫んだ。しかしまだ、冷却が終わるまであと少しという段階だ。

『制御室聞こえるか? 照準はウェポンのコア、奴の口の中だ。できるな?』

 無線機から社長がこちらに直接指示を出す声が聞こえてきて、制御室全員で了解の返事をする。
 最早ここまでウェポンが近づいて来ていれば、キャノン砲の破壊力をもってすれば口ごとでも破壊できるはず。
 何より、私は社長の期待に応えたい。

「冷却完了! 魔晄エネルギーの再充填に入ります。5パーセント……10、15……」
 
 視界の端、窓の向こうにせり上がる波とウェポンの物と思われる棘のついた背ビレが見えた。

「30……40……」

 その時、物凄い衝撃がしてさっきとは違った揺れが起こる。

「ウェポンが衝突したぞ!」
「キャノン砲は!?」
「50、エネルギー充填には問題ありません! ……55!」

 私達はそれぞれのモニターでキャノン砲の無事を確認し、よろけながらも操作を続ける。
 窓のすぐ外で、ウェポンの身体が青黒く光っていた。

(怖い……!)

 もう一度体当りされたらここは壊滅するだろう。そう思ったら、パネルを操作する手が震えた。

(けど私が逃げたら、社長は!)

 無線機からの音を聞く限りハイデッカー統括は司令室から退避したようだった。
 社長もちゃんと逃げたのだろうか。そうでないと、司令室にいては危険すぎる。

「70……」

 もう一度大きな揺れ。今度はどこかのエリアに向かって、ウェポンがビームを吐いたらしい。

「あんなのここに撃たれたら……!」

 兵士の一人が狼狽して叫ぶ。
 私もあまりの恐怖心に、数値を読み上げる声がほとんど出せなくなってしまった。エネルギー充填の進捗を皆に伝えるのは重要な事だというのに。 

 すぐそこには死が待ち構えているのがわかっているのに、ここまで極限状態になると走馬灯すら浮かんでこない。

「はち、じゅ……」

(ここで死ぬなら、ちゃんと伝えれば良かったな……)

 モニターが涙のせいで滲んで見える。私は左手でパネルを操作しながら、右手で左手首のブレスレットに触れた。

(好きですってちゃんと伝えていれば、私はもっと強くなれたのかな)

『ナマエ、あと少しだ。狼狽えるな!』

 その時、なんと無線機で社長がこちらに話しかけてきた。

「社長!? そこは危ないです、逃げてください!」
『俺が逃げるだと? フッ……俺の命、お前達に預けたぞ』

 私はハッとして顔を上げる。それから意を決して、大きく息を吸い込んだ。
 彼が自らの危険を顧みずに、ウェポンを目の前にしながらも私を鼓舞してくれている。ここで逃げるなんて有り得ない。

 華奢な鎖に触れた指先がじんわりと熱くなった。
 私は涙を拭ってモニターを睨みつける。
 
「90! 95、6……」

 窓の向こうではウェポンが大きく口を開いてこちらを睨みつけている。

「照準……っ、ウェポン口腔内に、設定っ!」

 ウェポンの口の中に眩い光、おそらく高密度のエネルギーと思われるものが集まっていく。
 照準を合わせた兵士が、スコープを覗きながら悲鳴のような声で叫んだ。おそらく彼の目には、ウェポンが大きく開けた口が目近に見えているのだろう。

 間に合わなければ確実に死ぬ。全身の血が逆流するような感覚がした。
 時間の流れがこんなに遅く感じたことは今までにない。

「98……99…………」

(お願い間に合って!)

 窓の外に光があふれる。その瞬間モニターにCOMPLETEの文字が表示され、私は叫んだ。

「充填完了!!」
『撃て!』
「うおおおおおおおっ!」

 私と社長の声、兵士が叫びながら発射スイッチが勢い良く押された音がしたのはほぼ同時だった。

 次の瞬間キャノン砲の轟音が再び響く。
 制御室はまた大きく揺れて、天井からパラパラと砂埃が降ってきた。

 私達制御室の三人は全員無意識に立ち上がって窓の外に目をやる。
 すぐそこに、大きく口を開けていたサファイアウェポンの顔が砕け散り、その巨体が海に崩れ落ちていくのが見えた。

「はぁ……はぁ……。終わった、のか?」
「……どう、なんでしょう」

 一度目の事があるので、私達は額の汗を拭いながらそれぞれのモニターに目を凝らす。
 私の目の前にはEMPTYの文字とキャノン砲の温度などが表示されているけれど、特に異常はなさそうだ。
 照準スコープを覗く兵士も無言のまま肩で息をしている。

『ウェポンから生命エネルギー反応消失!』

 しばらくして、サイレンが消えたと共にそう放送が入った。

『ウェポン撃破により緊急体制を解除します』

「やっ……た……」

 発射スイッチからようやく手を放した兵士は、安堵の表情で雪崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。

「やりましたね……」
「あぁ、やったな……」

 私達三人は、それぞれの顔を順々に見合って頷きあう。お互いが生きていることを確かめ合う意味でも大切なことだった。

「駄目かと思った、はは……」
「オレも……。今までのどの任務よりも死ぬかと思った」
「あんたさ、軍人でもないのによく逃げなかったな」

 隣り合って話し始めた二人の兵士が私を見る。

「あんたがいてくれなかったら、多分二発目は間に合わなかったよ」
「オレたちは撃つことはできても難しい調整は出来ないからな」
「いえ! お二人の力が無かったらどうなっていたことか……」

 前線で戦う軍の人達はこんな恐ろしい思いを何度も経験しているのだろうか。
 そう思ったら、私達はより一層彼等を守るための兵器を作らなければいけないなと感じる。
 せっかく助かったのだから先のことも考えていかないと。

『制御室、全員無事か? よくやってくれた』

 その時無線機で社長が私達に声をかけてくれた。

「はいっ! 三名共負傷無しでありますっ」

 片方の兵士が敬礼のポーズをとって返事をする。社長から見えているわけではないのに、条件反射なのだろう。

『ご苦労だった。おやハイデッカー君、どこに居たのかね』
『ぐ、軍の方に指示を』
『フッ……キャノン砲発射の指示はここで私が出したが』
『……はっ』

 どうやらハイデッカー統括はウェポンが接近する中、一人で司令室から退散していたらしい。二人のやり取りは私達の所に筒抜けだった。

『さて。被害状況の報告を』
『た、ただちに……神羅軍総員に告ぐ! 小隊長は上官に担当区間の被害状況を報告せよ!』

 その後もハイデッカー統括が軍への指示を出していくのが聞こえる。一緒にいた兵士二人も報告の為に隊に戻るらしい。
 私はこの後またキャノン砲のメンテナンス作業があるのでここに残ることにした。

「ありがとな。あんたの名前……ナマエだっけ?」
「はい。こちらこそありがとうございました」
「いつもあんた達のお陰でオレらは戦える。これからもよろしく頼むぜ」

 私は二人と握手を交わし、彼等の背中を見送った。

 少しは役に立てたかなと思う。
 けれど、私にはやっぱり社長がいないと駄目みたいだ。

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