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 兵器開発部門新入社員の主だった仕事といえば、資料整理やコピー取りの他に、各種兵器のメンテナンスがある。
 先輩達の作った物のメンテナンスを通じて様々な兵器の仕組みを知ることが出来る訳だから、これは理に適っていると思う。
 今日私に任されているのは、エルジュノンの一部にある警備ロボット達のメンテナンス。一部とは言えかなりの数があるので、朝から黙々と作業を進めていた。
 
「困ったな……」

 据置型監視ロボットのパーツが一つ外れてしまっている。小さなパーツだから嵌め直してあげればすぐに直るのだけど、外れたパーツは近くの空調ダクトの奥に落ちていた。

「届かないんだけど」

 ダクトの口径は人間の腕なら余裕で入る大きさだ。でも私の腕の長さではパーツまで届かなかった。

(取るのに使えるものを探しに行かないと……それとも新しいパーツ、在庫あるのかな)

 ダクトに手を入れるのを諦めてパーツの型番を調べるために立ち上がろうとした時、後ろに人の気配を感じた。あんまり人通りが無いものだから、ここが通路なのを忘れてしまっていた。

「どうしたんだ?」
「あ、すみません。ロボットのパーツが落ちてしまったのですが届かなくて。今どきますね」
「そこで待っていろ」

 後ろに立っていた人はおもむろに私の隣に屈み込むと、ダクトの中に手を突っ込んだ。
 その人は白いジャケットを着ていて、こんな所に手を入れたら汚れてしまうというのに気にする様子も無い。

「これか?」
「それです! ありがとうございます!」

 その人の手には、確かに私が取ろうとしていたパーツが握られていた。私は何度もお礼を言ってからそれを受け取る。
 それから改めて目の前の人を見て、私は思わず飛び退いた。

「ふ、副社長!?」

 わざわざ服を汚してまで私を助けてくれたのは、この神羅カンパニーの副社長、ルーファウス神羅その人だったのだから。

 勿論副社長に会うのは初めてだ。むしろ生で見たのも初めてだと思う。あまり表には出てこない人だから。
 さすがに社内報などの写真で顔は知っていたので、知らずに失礼を働くことにならなかったのが不幸中の幸いだ。

「申し訳ございませんっ!」
「何故そんなに謝る。君には届かなかった場所でも俺なら届く。だから手を出したまでだ」

 副社長はそう言って、立ち上がると手についた埃を払った。

「あまりに必死なものだから、何かと思って声をかけたんだ」
「本当に申し訳ありません……」

 通路の途中でダクトに向かって唸っている女がいれば、誰だって気になるだろう。恥ずかしくて、このダクトがもっと大きければこの中に隠れてしまいたいと思った。

「助かりました。でもお洋服が……」
「これ位構わない。ちなみに君はもっと埃だらけだが」
「なっ……!」

 指摘されるまで気が付かなかったけれど、よく見ると作業着の上半身が埃塗れだ。

「顔も洗った方が良いのでは?」
「ええっ!?」

 慌てる私を見て、副社長はくつくつと声を押し殺して笑っている。

「行って良いぞ。さすがに女子に向かってそのまま仕事を続けろとは言えない」

 副社長はそう言ってまだ笑っている。本当に恥ずかしいことこの上ない。

「申し訳ございません……。では、失礼します!」

 そう言い残して、私は脱兎のごとく走り出した。パーツを戻すのなんて後でいい。今は一秒でも早く化粧室に飛び込みたかった。


 その日以降も相変わらず、私がエルジュノンのメンテナンス作業に携わることは多かった。
 それに加えて時々副社長に遭遇することがあった。とは言っても、すれ違う時に挨拶をするくらいだけれど。もしかして、今までは気が付いていなかっただけなのだろうか。

「おはようございます、副社長」

 今日もまた警備ロボットの点検をしているところを副社長が通りかかった。最近知ったのだけど、この先にトレーニングルームがあるらしい。
 神羅の副社長ともなるとソルジャーのように戦闘訓練でも行うのだろうか。身の危険もある立場だろうし、護身術か何かを嗜まれているのかもしれない。

「ああ、君か」

 いつも副社長は私の挨拶に対して律儀に言葉を返してくれる。実は"埃の女"とでも心の中で呼ばれていたらどうしよう。

「最近はよくこの辺りを担当しているな」

 いつもは軽く挨拶だけして通り過ぎていく副社長が、今日はどうしたのか私の目の前で立ち止まった。

「はい。最近反神羅組織の動きが活発になってきたようで、警備ロボットを増設しようという話が出ているんです。それでその準備を」

 アバランチと名乗るその反神羅組織は、どうやらあちこちの神羅の施設にテロをしかけようとしているらしい。お陰で最近上層部がピリピリしている。

「そうか。それは頼もしいな。そう言えば君は……」

 そう言いながら、副社長は私の手元にある整備のチェック表に目を落とした。

「ナマエと言うんだな」

 どうやら私の名前を読んでいたらしい。そう言えば名乗ったことが無かったのだから、失礼にも程がある。これでは埃の女と思われていたとしても仕方が無い。

「申し遅れました! 兵器開発部門開発課、小型武器ユニットのナマエ・ミョウジと申します」

 慌てて姿勢を正し、頭を下げる。

「畏まらなくて良い。それから俺の方は、副社長のルーファウス神羅だ」

 勿論、知っています。

「まあ名ばかりだが……今は、な」

 副社長はまるで自分にだけ聞こえれば良いと言う位の小さな声でそう言った。

「ナマエ・ミョウジ。ジュノンの平穏のためにも、頼んだぞ」

 そう言い残して、副社長はふっと笑うと去って行った。
 まさか、彼が私の持つリストから増設される兵器の情報を読み取っていたなんて、私には全く気が付かなかったけれど。


 それからまた数日経って、その日私は珍しくトレーニングルームのシステム調整担当になっていた。
 仮想空間でデータを相手に、けれども本物を相手にしている様な感覚で戦うことができるシステムは、まだ私には分からないところも多い。今日は先輩の助手に就いて、作業しながら教えてもらう手筈になっている。

「これがリアルすぎるせいなのか、たまに白熱したソルジャーが部屋を壊しちゃうんだよね」

 先輩は文句を言いながらも着々とメンテナンスを進めていく。こんな大型の、しかも頑丈に作られた空間を破壊するなんて、ソルジャーとは一体どれだけ強い戦士達なのだろう。

 ふと各部屋の中が映し出されたモニター群に目をやると、その中の一台に見覚えのある金髪が映っていた。

「あれー? これは副社長だね」

 私の視線の先を辿ったのか、先輩も同じモニターを見て言った。

「たまに護身術のトレーニングしてるみたい。こっちは今データの読み込み始めたところだから、終わるまで見てても良いよ」

 自分は飲み物の蓋を開けながら、先輩は行儀悪く操作パネルのあるテーブルの端に腰掛けた。

「副社長って女子に人気だよねぇ」

自分もその括りのはずなのだが、先輩は私はどちらかと言うとこっちかなーなどと言いながら、違う部屋で演習を始めた銀髪のソルジャーの映像を眺め始めた。

 手持ち無沙汰になった私は、先輩がそう言うならと副社長の姿に目をやる。
 すると、そこには非戦闘員とは思えない速さで駆け回り、手にしたショットガンでターゲットを撃ち抜く副社長の姿があった。兵器開発の人間としてはどんなショットガンを使っているのか気になったけれど、画像が粗くてそこまでは判別できそうにない。

(すごい)

 想像していたような護身術とは全く違っていて、副社長の動きは他の部屋で演習している兵士達以上のものに見える。先輩が見ているのはソルジャー1stの人らしく、さすがにそっちは更に次元が違う立ち回りをしていたけれど。
 
 私は改めて副社長の映るモニターに視線を戻す。粗い画像の中でも、副社長が跳びあがる度に彼の金色の髪が揺れ、白いジャケットがはためくのが見て取れる。

(女子に人気があるっていうの、分かる気がする)

 正直言って、格好良いなと思った。しかもそれでいて、私のような末端社員が困っている時に助けてくれるような人だ。

(なんてラッキーな出来事だったんだろう)

 多分他の女性社員が知ったら羨ましがられるに違いない。目の前にいる先輩は別として。
 つい最近顔も知らない人の幸運を願ったばかりなのに、どうやら私にもその幸運のお裾分けがあったようだ。

 しばらくして、副社長はどうやらトレーニングの相棒なのか軍用犬を呼んだらしい。科学部門の社員と思われる白衣の人が、黒っぽい犬を連れてきた。
 でもそこでデータの読み込みが終わって、残念なことに私は仕事に戻らなくてはいけなくなってしまった。

「ナマエ、随分熱心に見てたね?」

 先輩には私をからかう素振りはなく、作業用のモニターとにらめっこしながら聞いてきた。

「動きがまるで、ソルジャーかと思うみたいだったので」

 先輩はふーんと、本当に副社長に興味が無いのだと分かる返事しか返さなかった。
 銀髪のソルジャー、恐るべしと言ったところか。

「まあ、うちの次期社長ならそれ位強い方が良いのかもねー。英雄セフィロスだって、さすがに分身はできないし」

 なるほど、ずっと先輩が贔屓にしていたのはあのウータイ戦争の英雄セフィロスだったのか。
 そう気付いてセフィロスのモニターを盗み見ると、彼の他に黒髪のソルジャーがトレーニングに加わっているのが見えた。


 翌日、今度は一人で作業を行うべく、私はトレーニングルームの前を歩いていた。
 昨日あの後セフィロス達はさんざんトレーニングシステムを虐めてくれたようで、機器に少し損傷が出ているらしい。新人に任せるには荷が重いのではないかと感じつつ、先輩から貰ったマニュアルを抱え直す。これがまた分厚くて重いのだ。

 不幸中の幸いで、破壊された部分の修理は簡単な作業で済んだ。
 英雄セフィロス。
 彼は噂によるとプレジデント社長にすら特別扱いされる位の腕前を持つ伝説のソルジャーらしい。もしかしたら、これでも手抜きしていたのかもしれない。

 修理を終えた後のチェックを行っていると、誰かがトレーニングルームに入ってきた音がする。メンテナンス中の札を立てた記憶はあるのだけれども。

「昨日はセフィロス達が相当暴れていたようだな」

 振り返るとそこにいたのは副社長。彼は歩きながら、トレーニングルームの中を見回している。

「壊滅状態にでもなっているかと思ったが」
「それがそうでもなかったので、既に修理は終わりましたよ」
「そうか。それは残念だ。昔本社の方が酷い目にあったらしいぞ」

 まさか副社長はボロボロになったトレーニングルームをわざわざ見に来たのだろうか。残念がっているところを見るとそうなのかもしれない。

「そうだったとしたら、私達が困ります」
「フッ、そうだろうな」

 副社長は私の横までやってくると歩みを止め、私の手元を覗き込んだ。

「仕事が早いんだな」
「そんなこと無いですよ。ちゃんとしたマニュアルがあるお陰ですから」
「そういう時は素直に喜んだら良い。君は真面目だな」

 そう言うと副社長は隣のパネルを操作する。まだメンテナンス中なのに、本当は勝手に触らないで欲しいのだけど……。

「英雄セフィロスの戦う姿を見たことがあるか?」

 モニターに映し出されたのは、昨日セフィロス達がトレーニングしていた記録だ。

「ちゃんと見るのは初めてです。えっ、何これ……」

 そこに映っていたのは、目にも止まらぬ速さで標的を切り刻んでいくセフィロス。次から次へとシステムが投影したモンスター達は、どれもあっという間に消え去る。

「同じ人間とは思えないですね……」
「これが伝説のソルジャーだ」

 副社長はまたパネルを弄って映像を早送りする。その内にもう一人、黒髪を逆立てたソルジャーが加わった。

「同じ1stのザックスという奴らしい。他の1st連中が目をかけていて、少し前に昇進したと聞いたが……」

 今度は副社長も私と一緒になってモニターに顔を近づけている。セフィロスの事は知っていても、こっちのザックスという人のことはよく知らないのだろう。

「なるほど、ツォンの言う通りだな」

 副社長は小さくそう独り言を言って、モニターから離れた。
 私はその後もモニターを見ていたのに、突然映像が切れてしまった。おそらくこの時に壊されてしまったのだろう。

「終わっちゃった……」
「見惚れたか?」

 振り向くと、副社長は意地の悪い笑みを浮かべていた。

「競争率は高いそうだぞ」
「……なんの話ですか」
「ファンクラブがあるらしいから、まずはそこからだな」
「別にそういうのじゃないです」

 私は大袈裟に溜息をついてみせる。どうやら副社長は私をからっているらしい。

「そう言えば、副社長も昨日訓練されてましたよね」
「そうだが……知っていたのか?」

 副社長は珍しく驚いた様子だ。誰だって、まさか別室からモニタリングされていたなんて思わないだろう。

「昨日のメンテナンス作業中に、あの監視カメラから」

 私はそう言いながら天井の端に取り付けられているカメラを指さした。

「見学料金を貰わないとな」

 副社長は不敵に笑いながら、さらりと前髪をかき揚げる。この人が言うと本気なのか冗談なのかが分からない。

「冗談だ」

 私の心が読めるのだろうか。副社長はそう言ってから、心底楽しそうに笑った。

「やはり、ナマエは真面目だな」
「それは褒めてるように聞こえませんけど……」
「そんなことは無い。初めて会ったときだって……ククッ」

 埃塗れの話は忘れてほしいのに、副社長はそのことを思い出しているのだろう。
 それにしても、真面目だなんだとなんだか馬鹿にされた気がして、私はとりあえず目の前にあるメンテナンス画面に視線を戻す。もう作業は終わったので、終了キーを押してパネルから離れた。
 私はまた分厚いマニュアルを抱えて、まだ可笑しそうに笑っている副社長の横を通り過ぎる。
 少しくらいやり返したって怒られないよね? という気持ちが、浮かんできたりして。

「ファンクラブ、あったら入ろうかなと思ったんですけどね」
「……どっちだ?」

 部屋の出口で立ち止まった私がそう言うと、副社長は笑うのをやめて怪訝な顔でこっちを見てくる。
 私はマニュアルを抱えたまま、人差し指を副社長に向ける。
 失礼な行為とは知りつつも、これは仕返しなので。

「かっこいいなって、見惚れちゃいましたから」
「……は……?」

 彼にはこんな顔似つかわしくないけど、副社長は面白いくらい唖然とした表情に変わった。そのお顔は、さすがに女子には見せない方がいいかもしれませんよ。

「冗談です! お疲れ様でしたっ」

 そう言うと私は早足でトレーニングルームから去る。散々からかわれたのだから、この位許してほしい。
 それに勿論さっきの言葉は冗談。むしろ、本当だったらそれこそ許されない事なのだから。

 でもあの時本当に戦う姿が格好いいなと思ってしまった事は、絶対に秘密。

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