4-5


 ついに出張に経つ日がやってきた。

 私は指定の時間より少し早く飛空艇のポートへ着いてしまう。
 統括より遅刻してしまったらと思うと恐ろしくて、朝早くに目覚めてしまったのだ。

 警備兵に案内されて高速飛空艇ハイウィンド号の機内に乗り込むと、私は機内そこらじゅうに配置された剥き出しの機器や配管に囲まれて胸が躍った。
 こんな巨大な金属の塊が空を飛ぶなんて、想像しただけで興奮してしまう。
 滅多にない機会なので、統括達が来る前に少しだけ機内を観察させてもらうことにした。

 操縦士の人達は宇宙開発部門の所属らしい。確かに、空を飛ぶものの操作は彼らが一番詳しいだろう。
 軍人と違って宇宙開発の人達は私のような機械好きばかりで、私はここぞとばかりに彼らに色々と質問をして飛空艇について教えてもらっていた。
 あのシド艇長やシエラさん達のかつての部下という人たちも多いらしい。

 しばらくすると搭乗口の方が騒がしくなってきて、次第に私のいるブリッジに警備兵が増えてくる。
 どうやら今回の出張に同行する重役達が到着したらしい。
 スカーレット統括が踏み鳴らすヒールの音が通路に響いている。

「お疲れ様です!」

 兵士達が一斉に敬礼する。私や操縦士もそれに倣って姿勢を正した。

 まず現れたのはスカーレット統括。その後にはなんとあの宝条博士が続いてくる。

 一時期会社を辞めると言い残して消息を経っていた博士は、何があったのかまた会社に戻ってきていたらしい。
 そして最後に乗り込んできたのは、白いスーツに身を包んだ背の高い人。

(社長が一緒なの……!?)

 まさかこの出張に社長が同行するなど思わなかったので、私は危うく声を出してしまうところだった。
 てっきりハイデッカー統括辺りが来ると思っていたのに。

 周りの人達も私と同じように驚いている。

「ご苦労。早速だがすぐに離陸準備に入ってくれ」
「はっ、直ちに! 目的地はどちらになさいますか?」

 社長は案内していた中で一番位の高い兵士にそう告げるとブリッジ最前まで歩き、前面の窓から外を眺めた。

「目的地は、北の大空洞だ」

 そう言って、社長は真っ直ぐ先を指差す。

 水平線の遥か向こうの北の果てには、大昔に隕石か何かが衝突してできた大きなクレーターがあるという。どうやら今回はそこに向かうらしい。

 操縦士達が慌ただしく機器を立ち上げ始める。
 私は邪魔にならないよう後ろに下がってその様子を見させてもらうことにした。

 すると、そんな私の元にスカーレット統括がやってくる。
 私が挨拶をすると、彼女は真っ赤な唇で弧を描いた。

「あなたの任務はクレーター内の調査。魔晄がいーっぱい湧き出る場所だからね、調べることもいーっぱいよ」
「魔晄エネルギーの調査ですか? 分かりました」
「魔晄が豊富な土地ってことは、それを活用するのに魔晄炉の建設だけじゃなくて兵器の強化もマテリアの生成も関わってくるじゃない? どの知識もあるってなるとアナタが適任だったのよねぇ」
「光栄です、スカーレット統括」

 クレーター内の魔晄の数値次第で今後の方針を決めたいのだろうか、スカーレット統括は野心を秘めた目を輝かせた。
 とんでもない発想力を秘めた統括が一体何を考えているのか、平凡な私には想像もつかないけれど。

「ま、何かあってもアナタがいれば社長は怒らないかなって、そっちが一番の理由なんだけどね。キャハハ!」

 それだけ言うと統括はまた真っ赤なハイヒールをカツカツと鳴らして行ってしまった。

 統括は何か勘違いしているようだ。私に処分が下されたことも知っているだろうに、本当に何を考えているのかさっぱり分からない方だと思わされる。


 私は操縦士達と話す社長の後ろ姿に目をやる。
 今までと変わらない様子の社長は、あの激昂した様子も電話口で言い淀んでいた様子も、どちらも微塵も感じさせなかった。

 陣頭に立って指揮を取る彼の姿は、凛々しくて眩しくて格好良い。
 今更この想いを忘れることはできないと、改めて実感させられた。


 間も無く飛空艇は空に飛び立った。
 ヘリとは違って何かに掴まってさえいれば離陸の時も立っていられるくらい、飛空艇は安定した乗り物だ。乗り心地もとても快適で、神羅の技術力の高さが誇らしい。

 私はスカーレット統括から言いつけられて現地調査の準備をしたり、空いた時間にはまた操縦士の話を聞かせてもらったりして過ごした。


 社長はずっと統括達と打ち合わせをしていてミーティングルームに篭りきりだった。

 会っても何を話したら良いのか分からないので、これは正直言うと助かる。
 ツォンさんの状態については既に報告済みで、他の人がいる場で話すことではない。


 そうこうしている内に、段々と北の果てに近づいてくる。
 暇を持て余して甲板に出てみると、冷たい風が頬に突き刺さるようだった。

 眼下の景色は真っ白で、私は生まれて初めて本物の雪というものを目にして釘付けになる。

「こんな所で何をしている?」

 突然人の気配を感じて振り返ると、甲板の入り口に社長が立っていた。

「すみません、すぐ戻ります」

 勝手な行動を咎められて、私は慌てて欄干から手を離すと中に戻ろうと走る。
 しかし社長は入り口から動いてはくれず、ただ私を見下ろしていた。

「別に駄目だと言っているわけではない」

 相変わらず氷の如く薄青い瞳は、突き刺すような冷たさを湛えている。
 それでも今はそこに激情はなく、どちらかというと呆れているようにも見えた。

「飛空艇を観察してまわっているようだが、仕組みが気になるなら後で図面でも取り寄せたら良い。本社のライブラリにもあるぞ」
「あ、はい……そうします」
 
 私は下を向くと、つい一瞬身震いしてしまう。
 社長の冷たい視線のせいなのか、それとも単純に北の冷たい空気のせいなのかは分からない。

「寒いのか? 大空洞はもっと冷えるぞ」
「上着を中に置いてきてしまいまして……向こうではちゃんと着るようにします」
「ハァ……そうか」

 社長は小さく溜息をつく。
 何から何まで呆れられてしまったようで、私は自分が嫌になってきた。
 ツォンさんとは社長の支えになると約束したのに、それどころか失望させるようなことしかしていない気がして。

 社長はようやく甲板の入り口から離れると私の横を通り過ぎる。
 早く戻れと言うことなのだと思って私が歩こうとすると、突然肩に重みがかけられて暖かくなった。

「お前にはあのクレーターで一仕事してもらわないといけないから、風邪でもひかれたら堪らん」

 そう言って社長は間近に迫ってきている、大地に開けられた大きな穴に視線をやった。

 そんな彼が上半身に纏うのはダークグレーのシャツと、私がプレゼントした黒いネクタイだった。
 社長のトレードマークとも言える白いジャケットは、まさに今私の身体を包み込んでいる。

「これじゃ社長が風邪をひいてしまいます!」
「俺は良い。ちょうど少し頭を冷やしたいところだった」
「え……?」

 社長は先ほどまで私がいた場所まで歩いていくと、手摺りに腕を乗せて眼下に流れる景色を眺めた。

「あいつらと話していると疲れるんだ。特に宝条には頭に血がが上りそうになる。大空洞へ降りるまでにクールダウンしたい」

 風に遊ばれる金色の髪を掻き上げて、社長は私の方は見ずにそう言った。

「上着は持っていてくれ。降りるときにはさすがに着たいがな」
「分かりました……社長、ありがとうございます」

 社長の体温がまだほのかに残った上着からは、私のものとよく似た香りがする。
 私が未練がましくあの香水を使っていることは、きっとバレてしまったのだろうと思うと恥ずかしくなった。

 社長はそれきり何も言わなくなったので、私は彼の背中に向け一礼すると中に戻った。
 さすがに皆のいるところで会社のトップの上着を羽織り続けるわけにはいかないので、白いジャケットは丁寧に畳んで預かっておくことにする。


 一度だけ、誰も周りにいないことを確認してから、私はそっとそれを抱き締めてみた。
 少しの間とは言え、この温もりに包み込まれていたと思うと顔が熱くなる。

「どうしても……あなたが好きです」

 面と向かってそう伝えることができたら良いのに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかないと思うと、そんな事出来るはずもなかった。



 飛空艇はゆっくりと高度を落とし、大きなクレーターの中に降りていく。
 少し角度が違えば岩肌に機体がぶつかってしまうから、操縦士達は皆慎重に機器を操作している。
 私はその技術の高さに驚かされ、彼らを尊敬した。

 緊張の着陸も無事に完了し、私達は飛空艇から外に出る。
 クレーターの周りは竜巻に取り囲まれていて、飛空艇が無ければこんなところに辿り着くのは不可能だったはずだ。

 辺りは薄緑色の明かりに照らされていて、まるで魔晄炉の最深部を思い出す。
 これは正真正銘私達が魔晄と呼んでいる星のエネルギー、ライフストリームそのものだった。

 私は目の前で統括達と話し合っている社長を見る。社長は一通り話が終わると、私の視線に気づいたのかこちらに振り向いた。

「ナマエ、私のジャケットを」
「はい、こちらに……。あの、さっきはありがとうございました」

 私は預かったままになっていた白いジャケットを社長に手渡そうとする。周りに他の人もいるので、お礼の言葉は社長にだけ聞こえるようにして。

 彼は腕を伸ばしながら私に背を向けたので、私は社長にジャケットの袖を通して着させてあげた。
 スカーレット統括は他の兵士と話していて気がついていなかったけれど、宝条博士は離れたところからまるで興味がなさそうに、ただじっと私達の様子を眺めていた。

「絶対に関わるなよ。アレの暴走は俺にも止められない」

 社長はそれだけ呟くと、護衛の兵士達を伴って先頭を歩いて行った。


「すっごーい!」

 スカーレット統括はこの寒いのに真っ赤なドレスとハイヒール。とは言え、護衛の兵士達に絨毯を敷かせて歩いたり、足場が悪いところは担がれたりしていたけれども。

 社長に続いてその空間に入ったスカーレット統括は一番奥の開けた場所を覗いて感嘆の声を上げた。
 その後に続く宝条博士の後ろから、私もその空間に足を踏み入れる。

 そこは氷に囲まれた広間のような空間だった。
 奥の一面だけは白い氷ではなく薄緑のガラスのように煌めいている。
 
「これぜーんぶマテリアだわ!」
「こんな高密度なマテリアが一面に……」

 私もスカーレット統括に並んで、奥の薄緑の壁をコンコンと叩いてみる。
 それは一見ガラスか氷のような素材に見えるけれど、間違いなく分厚い板状のマテリアだ。
 自然にできる小さい球体のマテリアすら貴重なものなのに、ここまでのスケールとなるとその価値は計り知れない。

「外は豊富な魔晄、そして中心部はマテリアの宝庫。これぞまさに約束の地だな」

 社長は部屋の中を見回して満足そうに頷く。
 神羅カンパニーが先代の頃から探して求めてきた地は、こんな北の果ての極寒の地にあったらしい。

 しかし宝条博士は、約束の地などおとぎ話の存在でそんなものは無いと文句を言っている。

「想像していたものがここにあるのだからそれでいいではないか? そのカタさが二流科学者の限界だな」

 社長は皮肉たっぷりにそう言うけれど、宝条博士は無視を決め込んでいた。

「ナマエ、アナタはこれどう思う?」

 上機嫌のスカーレット統括がマテリア壁を人差し指でなぞる。

「詳しくは検査をしてみてみないと分かりませんが、粉砕したり液状化するか、任意の形に切り取れれば新しい動力タイプを作ることも可能かと思います」
「キャハハハ! 最高にゴージャスね!」
「この形状が維持できればエネルギーの密度も高められそうですし、本当にすごいです……これは」

 
 私達がその壁を見上げていると一瞬ミシ……という音が聞こえて、空間が大きく揺れた。

「どうした!?」

 なんとか踏みとどまりながら声を荒げる社長と目が合う。

「壁の中よ! 何か入ってる!」

 スカーレット統括がマテリア壁の中を覗き込んでからそう叫んだ。
 釣られて覗いてみると一瞬目の前に現れた大きな目に睨まれて、驚いた私はそこから飛び退く。

「何か大きなものがいます!!」
「ナマエ大丈夫か!」

 いきなり飛び退いた反動で転びそうになった私は、後ろに駆けつけた社長に支えてもらって事なきを得た。

 宝条博士は壁の中を見て、それをウェポンと呼ぶ。その後もぶつぶつと独り言を繰り返す姿は異様なものだったけれど、社長やスカーレット統括にとっては慣れっこらしい。
 社長は私の肩に手を置いて支えてくれながら宝条博士に怪訝な視線を向ける。

「なんだというのだ?」
「星の危機に現れ全てを無に還す、星自身が創り出したモンスター……ガスト博士のレポートにはそう書かれていた」

 そんなレポートは見たことがないという社長の追求に対しては、博士は自分の頭の中にあるというジェスチャーで返して気味悪い笑いを浮かべた。
 社長は溜め息をつくと、博士の隠し事の多さに苦言を呈す。
 私に置いた社長の手には、僅かに力が込められた。

 その時もう一度部屋が大きく揺れ、スカーレット統括が社長に向けて言う。

「社長、なんだかイヤ〜な予感がするわ」

 それはこの部屋にいる全員……宝条博士は知らないけれど、それ以外皆が思っていたことだろう。
 社長はふむと頷くと辺りを見回す。

「一度飛空艇に帰ろうか。本格的な調査の準備も必要だしな。調査には私も立ち会おう。ナマエ、戻ったら準備を」
「分かりました。すぐに機材を運び込みます」

 社長は私から手を離すと兵士達に飛空艇に戻る旨を告げる。
 しかし次の瞬間、突然この空間に何人か別の人達が現れた。

「ちょっと! どこから入ってきたのよ!?」

 最初に彼等を発見したスカーレット統括が声を上げる。私達皆が振り返ると、なんとそこにはあのクラウド達がいるではないか。
 社長はとっさに私の前に立ち、庇うように片手を広げた。こんな時でも部下を守ろうとしてくれる彼の姿に胸が苦しくなる。

「……さあ?」

 そう言ってこちらを一瞥してくる髪を逆立てた男がクラウドだということは覚えている。私にとってはこれまで何度も社長や友人であるレノを苦しめた憎い存在だ。

「ここはあんた達の手には負えない。後は俺に任せてさっさと出ていくんだな」
「お前に任せる? ……フッ、よく分からないな」

 突然現れたかと思えば意味不明な言動を繰り返すクラウドは、社長の言葉を無視して、ここが"リユニオン"の最終地点で、全てが終わり、また始まる場所だと言う。
 私には聞き覚えのない単語だったけれど、宝条博士だけはそれを聞いて可笑しそうに大笑いした。

 そして更にクラウドの仲間がやってきて、クラウドに黒マテリアを渡せと言われて従う。
 黒マテリアと言えば前にゴールドソーサーのディオ園長が黒いマントの少年にその在り処を聞かれたと言っていた代物ではないか。

「あれが黒マテリアなんですか?」
「あんなもののためにツォンは……」

 私は側にいた社長に聞こうとしたけれど、社長は険しい顔でクラウドを見ていた。

 クラウドは黒マテリアを手にすると、何故か突然謝り始める。しかも口調や雰囲気が先程までとは打って変わり、彼の仲間達も困惑しているようだ。

 その間も宝条博士だけはすべてを理解しているようで笑っていたけれど、やがてクラウドにお前は失敗作だとかなんだとか言うとそっぽを向いてしまう。
 一連を見ていて、社長が宝条博士に絶対関わるなと言っていた理由がよくわかった気がした。


 その内にクラウドは、なんと重力に逆らって飛び上がり、上下逆さまの状態で天井に立つ。

「あいつは何者だ?」

 社長は宝条博士に向けて普段より低い声で聞く。増えていく一方である宝条博士の隠し事に苛立ちを隠しきれないようだ。

 宝条博士の話はこんなものだった。
 クラウドは五年前、セフィロスがニブルヘイムの魔晄炉で死んだあとに作ったセフィロスコピーの実験体で、彼に埋め込まれたジェノバ細胞がセフィロスの眠るこの地にクラウドを始めとした実験体達を呼び寄せているらしい。

 私は勿論そんな実験がされていたなんて知らなかった。
 社長やスカーレット統括はジェノバ細胞を使った実験の事自体は知ってはいたらしいけれど、それはただソルジャーを作るためのものだと思っていたらしい。
 どうやら先代社長やハイデッカー統括はもっと詳しいことを知っていたらしいけれど。

 そうこうしている内にクラウドはセフィロスを呼び出す。

 スカーレット統括がやってきて、早くここから出ようと言う。
 社長はスカーレット統括の意見を飲んで、この場所から出ようと踵を返す。私も来るよう言われて彼の後を追った。

 その時、天井に埋め込まれていた結晶体の中から、五年前に死んだあの英雄セフィロスの上半身が姿を表した。腹部から下は靄がかかっているようで確認できないが、博士曰くどうやら再構築中らしい。
 そんなことが何故出来るのか私には見当もつかないけれど、死してライフストリームに溶けたはずのセフィロスは、あまりの意思の強さに己の存在をこうして再構築することに成功したらしい。

「ナマエ、俺の後ろにいろ」

 私があまりの恐怖に身震いしていると、社長が小声でそう言ってくれる。
 その言葉に甘えて、私は社長の背中の後ろでセフィロスから目を背けた。

 やがてあちこちの氷の壁がミシミシと音を立て、上から氷の粒が落ちてくる。
 それと共にあのマテリア壁の中から、身体を貫くようなおぞましい唸り声が響いてきた。

 ティファというらしいクラウドの仲間が宝条博士に食って掛かっている。しかし今はそんな場合ではない。
 社長もそう思ったらしく、ティファともう一人その場にいた片腕が銃の大男にも着いてくるよう言って、兵士に彼らを取り囲ませる。

 氷の床には本格的に亀裂が入り始め、もう急いでここから脱出しないと危険なようだ。

「走れるか?」
「は、はいっ、なんとか!」

 社長に手を引かれ、私は無我夢中で走る。
 背中越しに壁が崩壊して何かがうごめく気配がしたけれど、振り向いてはいけないと本能的に感じた。

 なんとかクレーターが崩れ切る前に私達は飛空艇に飛び乗る。
 ハイウィンド号はすぐに飛び立ち、それと同時に大きな音を立てて北の大空洞はセフィロスごと崩落した。
 
 飛空艇のすぐ横を、何体もの巨大なモンスター"ウェポン"達が飛んでいく。
 そのせいで機体は大きく揺れ、ブリッジに続く通路にいた私は壁に向かって投げ出されてしまう。

「きゃっ……!」
「ナマエ!」

 私の前にいた社長が手を伸ばしてなんとか手首を掴まえてくれたお陰で、私は壁に激突することを免れた。
 社長はそのまま私を抱き留めると次の揺れに備えて態勢を低くする。

「大丈夫か?」
「はい……ありがとうございます、社長」

 それ以上は大きな揺れは起こらず、私は安堵の溜息を漏らす。
 心配そうな社長の青い瞳に覗き込まれて、こんな時なのに心臓が跳ねた。

「社長ー? あいつらどうするの?」

 その時ブリッジからスカーレット統括の声と靴音がして、私は反射的に社長の腕の中から飛び退いた。

「……私の方で対処する。今行くから待たせておけ」

 社長はそう返すと立ち上がり、ブリッジへ向かって行く。
 一人その場に残った私は、しばらくそこから動けないでいた。

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