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 あれから何日か経ったある日。
 二度とかかってくることは無いと思っていた番号から着信があった。
 一体何事だろうと電話に出てみると、電話口の向こう側で社長が何か言おうとしては躊躇っているような声が漏れ聞こえてくる。

「……社長? ナマエ・ミョウジです」
「ああ……すまないな、仕事中に」

 どこか気落ちして聞こえる声色に胸の奥が締め付けられる。
 少し会わない間にまた何かトラブルがあったのだろうか。あれ以来会社の上層部がセフィロスやクラウド一行に対してどういう対処をしているかの情報は私には入ってきていない。

「頼みがある」

 最後に彼と会ったのはロケット村から帰ってきて別れた時で、私への怒りの残った社長の横顔が浮かび上がる。
 対照的に今の彼は穏やかな様子で、むしろ今までよりも覇気がない感じがする。

 もしかしたら私に処分を下したことを気にしているのだろうか。
 あの日から開発に取り組んでいる運搬機械『キャリーアーマー』は順調に製作が進んでおり、既に私は処分の事なんて全く気にならなくなっているのに。
 それにあれは必要な対応だったと思うので、社長が引け目に感じることは何も無いはず。

「はい、私に出来ることならお任せください」

 例え心の距離が離れてしまっても、少しでも彼のためになればと私は明るい声を出す。

 社長がふぅと、短く溜息をついたのが聞こえてきた。



 潮風に混じる鉄やオイルの臭い。そんな香りがする場所といえばジュノンに他ならない。しかもこの薄暗さと湿気はアンダージュノン特有のものだ。

 病室の窓が換気のために少し開けられると、その独特な香りが部屋の中を満たした。

「ツォンさん、お加減はいかがですか?」

 オレの腕に刺された針の様子を確認しながら、看護職員はそう問いかけてくる。

「変わりはない」
「そうですか」

 一日に三回同じ事を問われ、三回同じ事を返す。意識を取り戻してからのこの二日間は、それだけがオレに与えられたルーティンワークだった。

 社長に命じられ、オレはセフィロスを追って古代種の神殿に向かった。
 そこでオレはセフィロスに刺された。
 そして……エアリスを泣かせた。

 今まで何度も死地を掻い潜ってきたつもりではあるが、あそこまで明確に死を意識したのは初めてだ。子供の頃から見守ってきた彼女に見送られ最後まで悪らしく死ぬのも悪くないと、少しだけ思った。

 だがオレは死ななかった。生死を彷徨いはしたらしいが、とある役員と昔の上司や仲間に助けられて、アンダージュノンにある診療所に運び込まれ今に至る。

 セフィロスはどうなったのか。そして、エアリスは……。


 約束の地を探す過程でその存在が明らかになった、黒マテリアという代物がある。
 それは古代種達の知恵と不思議な能力によって四角錐の巨大な建物として現在まで遺されてきた。
 だがセフィロスもクラウド達もそれを狙い、結果として我々神羅カンパニーの人間……厳密にはヒトではないが、とにかく神羅の関係者によってマテリア化され、クラウド達の手に渡ったらしい。

 その後どうなったかは知らされていない。あの日からは数日経ったはずだ。

 レノ達は今何の任務に就いているのだろうか。まだ日の浅いイリーナは……まあ、きっと大丈夫だな。
 そして社長は、オレのこの有り様をどう思っているのだろう。

 まだ自力で身体を起こすことすらままならず、こんな時に何もできないことはオレを苛立たせた。
 しかしどうすることもできないので、今は一日でも早く治るよう大人しくしているしかない。


 窓の隙間から見える曇り空を眺めていると、病室に看護職員以外の気配が加わってオレは反射的に入り口に目をやる。
 するとそこには意外な顔があった。

「ツォンさん、すみませんお邪魔します」
「何故きみがここに……?」

 ナマエ・ミョウジ。
 社長を通じて知った、兵器開発部門の社員だ。
 しかもそれだけの存在ではなく、彼女は我々の主である社長が想いを寄せる、ある意味稀有な存在なのだ。
 
 そんなナマエが何故オレの病室にいるのか。その理由には一つしか心当たりがない。

「……社長から何か?」

 つい相手を観察し疑り深い視線を送ってしまうのはタークスとしての性なので許してもらいたい。

 ナマエ・ミョウジは一瞬きょとんとした後、神妙な顔になって頷く。

「私はクビにでもなるのか?」
「え?」

 どうやら見当違いだったようで、目を丸くしたナマエを見て居心地が悪くなる。

「様子を見てきてほしいと頼まれたんです。大怪我をされたと聞いて、すごく驚きました……」

 はて。社長は確かナマエ・ミョウジとの関係が悪化したと言っていなかっただろうかと、オレは小首を傾げた。


 それはオレがコスタ・デル・ソルで社長と落ち合ったあの日に聞いた話だ。

 ロケット村でクラウド一行と遭遇した社長達はタイニー・ブロンコを奪われ、社長はその責任の所在をナマエ・ミョウジにあるとし処分を下したらしい。
 だがそれは完全な言いがかりで、実際にはナマエに落ち度があったわけではないと言う。

 それ以上詳しいことは語らなかったが、その事を話す社長は未だかつてないほど憔悴していて、こんな事を思うのは失礼だがいつもの風格は無く哀れに思う程だった。
 先代からタークス本部への滞在と外部との接触禁止を言い渡された日ですら、怒りはしていたもののあれ程哀しい顔はしていなかったと記憶している。

 社長は一言、自分のプライドがこんなに邪魔だと思うのは後にも先にも今だけだろうと言って自嘲してみせた。
 
 しかしその相手が今、社長の命を受けてオレの目の前に立っている。
 社長も少しくらい素直になれたのだろうかと思考を巡らせていると、ナマエはオレの様子を伺いながら口を開いた。

「レノ達には話してないみたいで……だから他に頼める人がいないと言われて、それで私が」

 なるほど、まだ自分が生存していることは部下達には知られていないらしい。
 社長の意図はまだ分からないが、何か思うところがあるのだろう。

 それで、オレと顔見知りかつ口が固そうな……真面目なこのナマエ・ミョウジに密命が下ったわけだ。

「社長は?」
「色々な問題が重なっていて、なかなか本社から出られないみたいなんです」
「まあ……そうだろうな」

 その問題の一つはオレ自身だ。
 この有事に社長の護衛すらままならないタークスの主任とは笑えて仕方がない。
 
 でも、と続けるナマエが、オレの顔を見て眉を下げた。

「本当はご自分で来たがってました。すごく、心配してましたから」

 そう言うと、ナマエはベッドサイドにある棚に持っていた大きな袋を置く。

「元気になったら使ってください。お見舞いと言うには物騒なもので申し訳ないですけど、社長から頼まれたんです」
「……中身は?」

 本当は自分で確かめたいのだが、生憎起き上がることすら出来ないので問うしかない。
 ナマエの言葉と彼女の担当から、おそらく武器の類だと言うことは分かる。

「新しい拳銃と、今までの物より性能が良い防弾防刃チョッキです」
「社長は……まだオレをタークスにと望んでいるのだな」
「きっとそれ以外の生き方を知らない奴だからと……主任不在のタークスは心許ないからとも言っていました」
「そうか……」

 古代種の神殿での失態から、何らかの処分を受けることは覚悟していた。叱責され、降格くらいはあるだろうと。
 死ぬ以外にタークスを抜けることは許されないため、さすがにクビはないと思っていたが。

 それでも少しだけ、安心してしまう自分がいる。

「早く元気になってくださいね、ツォンさん」

 少し部屋が冷えてきたからと言ってナマエは窓を閉める。
 外の喧騒が遠ざかって、静かすぎるのも落ち着かないなと思った。

「今、社長を支えてあげられる人は少ないですから」

 そう言うとナマエは俯いた。どうしたのかと思って彼女を観察してみると、身体の横で手を握り締めている。

 ああそうか、やはりまだ社長は素直になりきれていないのだと、直感で分かった。
 それなのにナマエにオレを見舞うよう依頼したのかと呆れもする。
 他にも頼める人間が全くいないということはないはずだ。タークスのメンバーにはまだ伝えていないにしても、例えばオレをここまで運んできたあの役員などでも良かったはず。

 結局社長はこの女を手放すことが出来ないのだ。
 ナマエとの接点を捨てられず、しかし彼女がいるジュノンに来ることもできず。
 なんとも面倒な人だ。

 ナマエもナマエで、社長からこれほど信頼されているにも関わらず、あの方の支えになれないからと自分を責めているに違いない。
 きっかけは社長の八つ当たりだったのだから、少しくらい怒っても良いはずだ。だが自分にはそれが許されることすら彼女は理解していない。
 こちらもまた、面倒な女だと思った。

「支えならきみがいるだろう」
「私ですか……?」

 どういう意味だと言わんばかりにナマエが怪訝な顔をする。
 あれだけ社長の側にいてまだ分からないとは、機械ばかり相手にしていると人間の心理に疎くなるのだろうか。

「私はあくまであの方の駒だ。お支えするというのとは少し違う」
「私だって社長にとっては使える社員の一人というだけですよ」
「本当にそれだけか? あの方はそんな相手にプレゼントなど贈らないぞ」

 オレが大袈裟に彼女の耳に向けて視線を動かすと、ナマエは目を泳がせた。
 そんな風では駄目だ、すぐに本心を気取られるぞ。
 そうか……彼女はそういう世界とは無縁の人間だった。

 オレは身に染み付いた己の性分に苦笑しつつ、後一押ししてやることにする。
 身体が動かせなくても口だけは生憎元気なものだから、せめてもの罪滅ぼしにと少しだけ貢献しよう。

「社長だって判断を誤ることくらいある。しかしあの方は育ちや立場のせいでなかなか素直に謝ることができない性分だろう?」

 ナマエもそこは分かっているようで、神妙な顔に戻って頷く。

「こう考えろ、ナマエ・ミョウジ。社長は他に頼める人間がいないと言ってきみをここに寄越したんだな? ならば社長の元からそんなきみが離れていったらどうなる?」
「それは……」
「言い方を変えよう。ナマエの気持ちなどどうでも良い。神羅に献身する気があるのであれば、社長自身の為にあの方の側にいろ」
「……社長の、ために?」

 ここまでくればもう一押しだ。時折課せられたネゴシエーションの任務もこれだけ簡単ならどれだけ良かったことだろう。

「それがきみに課せられた任務だと思えば良い。今あの方が折れてしまえば、この星はセフィロスとジェノバに屈していずれ滅びることになるだろう」

 実際にはクラウド達がなんとかするのかもしれないが、彼らが何故黒マテリアを狙っていたのかもよく分からないので、安心することはできない。
 もはや脅し文句にも近いオレの言葉を聞いていたナマエは、ようやくオレの目を真っ直ぐ見てくるようになってきた。

「私に出来ることは、限られると思うんですけど」
「それで良い。今までだってそうだっただろう」
「……そうでした。忘れかけてました。ありがとうございます、ツォンさん」

 憑物が起きたように晴れやかな表情に変わっていくナマエ。
 それを見ていれば、もう大丈夫だと彼女が言葉にしなくても分かる。

 側から見ていても適正な愛情表現が上手くないと分かる社長だが、今度こそしっかりと、普段の彼のように賢く立ち回って欲しい。
 
 その先にあるのは神羅カンパニーの繁栄だ、などと思いかけて、さすがに飛躍しすぎかと気付いたオレにも久しぶりに笑いがこみ上げてくる。
 肋骨が痛むので大笑いできないことだけが、残念でしかたなかった。

 少し気持ちが軽くなると、大事なことを思い出す。

「そうだナマエ。一つ、私個人としての頼みがあるんだが……」

 少しくらいは、この恩を返してもらってもばちは当たらないだろう。



「ナマエくん、大変だ!」

 ツォンさんが入院しているアンダージュノンから戻った私の元に、課長が駆けつけてくる。

「スカーレット統括から次の出張に同行するよう通達がきてるよ!」
「統括からですか……?」
「しかも他にも何人か役員クラスが一緒みたいだ。ハイウィンドを動かすらしい」

 ハイウィンドというのは、あのシド・ハイウィンドにあやかって名付けられた、神羅所有の大型飛空挺の名前だ。
 ハイウィンド号は複雑な仕組みの乗り物なので、長い間調整が続いていて運行されていなかった。

「海底魔晄炉の運搬機の方はどうだい? 本当なら経つ前に完成させて欲しかったんだよ……」

 課長は申し訳なさそうに言う。課長を見ていると、人の上に立つと言うのはつくづく大変な事だなと思わさせられた。

「あっちは大丈夫です。みんな頑張ってくれていて、もう私が抜けても問題ないところまで行ってますよ」
「そうか、なら良かった。スカーレット統括からご指名というのは緊張すると思うが光栄な事だ。良かったな、ナマエくん」

 そう言うと課長は私の肩を叩いて、通達書を渡すと離れていった。
 渡された紙には出張の日付と集合場所しか書かれていない。

(内容が極秘ということは……セフィロスかジェノバ関係なのかな?)

 少し前に噂で聞いて知ったのだが、ジェノバというのは宝条博士が研究していた古代種か何からしい。科学部門ならまだしも兵器開発部門にも声がかかるとはどういう事だろうか。
 そんなことが噂になるのだから、神羅の情報体制が少し心配になる。

 考えても答えは出ないので、私は数日後に迫った出張に備えて、後輩達に指示を出すべく作業場へ急いだ。

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