4-3


 やってしまったと思った時には既に遅く、俺に手を振り払われたナマエは、信じられないものを見たように驚いた表情を浮かべていた。

 それを見て先程までの勢いを失ってしまった俺には、シド・ハイウィンドと助手の家から足早に去る事しかできなかった。
 パルマーが負傷したらしいが、そんなことは今の俺にとってどうでもいい事だ。

 まだ腹の底には怒りが渦巻いていたが、これ以上ここでくだを巻いても仕方が無いことだけは分かる。
 それに正直このままこの場に居るのは耐えられなかった。

「私は戻る」

 後ろからは俺の様子を伺いながらおずおずとナマエが着いてきているのが分かる。
 普段よりも小刻みな靴音が、彼女の困惑を表していた。


 俺は先程、怒りに任せて彼女を叱責した。それも言いがかりだという事は分かっている。

 ナマエは何も悪くない。

 それでもタイニー・ブロンコを奪われた事に対するこの怒りの矛先が他に無くて、俺はつい激情に任せて彼女を怒鳴りつけた。

(涙を我慢していたな)

 俺が彼女を拒絶したのはこれが初めてだった。こんな激情を晒したのも勿論初めてだ。
 ナマエは初め驚き、次に明確に傷ついた顔をした。そして困惑、少しの不服のあと目頭を赤くして、それでも涙は浮かべなかった。

 これまでにも彼女を泣かせたことはある。しかしそれは俺が直接的な原因だったわけではない。例えば心配をかけたり、逆に心配を和らげたりしたことによる涙ばかりだった。

(何故こういう時に限って泣かない?)

 泣いて、縋って、叱咤してくれれば俺ももう少し素直に非を詫びることができたかも知れない。
 悪い言い過ぎたと、本当に悪いのはクラウド達なのだからと。

 兵士達も気まずそうに俺の動向を伺っていた。普段から慣れているはずのその視線が、今はどうにも癇に障る。
 真っ直ぐ車に戻ると、兵達の視線から逃れたくてそそくさと一人後部座席に座る。
 後からナマエが兵士の手を借りて乗り込んでくると、俺の前の列に座った。
 来る時には俺がその手を取ってやったのだが。

「コスタ港に向かいます」

 運転席に座った兵士は俺が何も言わないので、ひとまず予定通りの向かい先を告げる。俺はそれに対し、ただフンと鼻を鳴らして応えた。

 本来なら俺は護衛を連れてここから海を越え、残りの者達はジュノンに帰す筈だった。ナマエを乗せて行くのも有りだなと、そんな風に考えていたくらいで。
 それが何の成果を得ることも無くとんぼ返りになってしまったのだ。
 子供の頃に憧れた航空機を失い、好いた女を傷付けて。


 オヤジは初め、神羅製作所という小さな兵器開発会社の社長だった。まだ俺が生まれる前、オヤジが俺の母親と結婚するより昔の話だ。
 社名を神羅電気動力と変えた今に比べると社員の数はずいぶんと少なく、主力商品は魔晄や兵士ではなく武器や兵器、それに付随して作製していたエンジンやそれを用いた輸送機器などだったそうだ。

 子供の頃は時々機嫌のいい父親からそんな前時代の武勇伝を聞かされたもので、時には白黒の写真を見せられることもあった。
 その中でオヤジがよく話していた、当時にしては最新鋭のプロペラ機、その名もタイニー・ブロンコ。
 それはどうやらオヤジの肝入りで開発した機体らしく、自ら整備し乗り回していたという。
 俺も"男の子"だったから、大空を飛び回る機体の話は聞いていて子供心にとても楽しかったことを覚えている。
 いつか大人になったら父さんのようにぼくも乗ってみたいとねだり、お前があの機体に似合う男になったらなと言われた記憶が蘇る。

「……馬鹿らしい」

 忘れていたはずの遠い記憶が芋づる式に呼び覚まされて良い気分になる訳がない。
 俺は腹の底に溜まった苦いものを吐き出すように長い溜め息をつく。

 すると斜め前のシートの向こうでナマエの肩が小さく跳ねた気がした。
 この哀れな一般社員は、相変わらず立腹している代表取締役社長の動向を気にしているのだろう。
 真面目なナマエの事だからおそらく今も自分を責めているに違いない。

 彼女がこの空間でどう過ごしているのか気になって様子を伺うと、どうやら電話端末を手に持っているようだ。
 またレノとメールでもしているのだろうか。
 そう思ったら今度は乾いた笑いが浮かんできた。

(まあ、誰だってこんな扱いにくい奴よりは明るい男の方が好きだろうな)

 当たり散らしてくる高圧的な相手よりは余程ましだろう。
 今や世界を手中に収めようとしている神羅カンパニーの社長である俺が、自分の感情すら上手くコントロール出来なくなるなんて。
 気位ばかり高い自分に嫌気が差す。

 やはり俺は恋愛などするべきでは無いのだろう。
 愛され方を上手く知らない人間が、正しい愛し方を知っているわけもない。
 そんな俺が誰かを愛そうとすれば、それは自らの弱みとなり、相手のことも傷つけてしまうだけだ。
 誰のためにもならない。

 今はセフィロスと古代種の事だけを考えることにする。
 それだけでも頭が痛くなってくるが、予定していた移動手段を失った以上他の選択肢を模索するほかあるまい。

(まずはリーブだな……)

 次の一手を考えればいくらか気分が落ち着いた。
 やはり俺にはこういう方が向いている。
 策を練り、陣頭に立ち、時に汚い手段を使って敵を欺く。
 それが神羅カンパニー代表取締役社長、ルーファウス神羅なのだ。

 ふと目をやると、ナマエは静かに窓の外を眺めている。
 彼女の耳で、俺が贈ったピアスが陽を反射して青く光った。

 宝飾店の店員が、ルーファウス様の瞳の色と同じですねなどと言って微笑んだ顔が思い浮かんで、俺はそっと頭を横に振った。

 この気持ちを忘れる為に、俺は一体どうしたら良いのだろうか。


 
 気まずい沈黙に支配された時間は永遠に続くかと思えたけれど、そんな訳もなく、ようやく私達の乗った車はコスタ湾の近くに差し掛かる。
 兵士達はここから船でジュノンに帰るらしいので、私も同行させてもらうことになった。
 
 意外なことに社長は本社には戻らずコスタに残るらしい。兵士達の話では出張に出ているタークス達と落ち合う予定になっているようだ。
 おそらく、予定していた足が奪われたことでこの先の計画を見直さなければならなくなり、その為の打ち合わせをするのだろう。
 本当に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。社長の役に立ちたかったのに、目の前でクラウド達にタイニー・ブロンコを奪われたのだから。

 私は背中を向けている社長に、せめて一言最後にもう一度謝罪をしようと思い歩み寄る。
 すると私の気配を感じたのか、社長は顔を少しだけ横に向けて言った。

「処分については追って通達する」
「……分かりました。この度は本当に申し訳ございませんでした」

 感情の無い、冷たい声だった。
 この失敗で私は一体どうなるのだろう。

 それでも、彼が決めた罰なら甘んじて受けようと思う。
 だって私の手を振り払ったあの時、社長は見たことないくらい傷付いた顔をしていたのだから。


 ジュノンに帰ってくると、私の部署は急ぎの仕事が沢山降ってきているらしく、またしても大忙しとなっていた。

 中でも一番の難題はゴンガガに出張していたらしいスカーレット統括直々に下された命令で、凍結されていた大型兵器の開発を再開させるというものだ。
 それは人間が搭乗して操作する大型ロボットで、名をプラウド・クラッドと言う。スカーレット統括が自ら何年か前に考案したものだったけれど、あまりの危険性と実現の難しさから開発が難航し、一旦凍結されたものだった。

 開発再開の目処が立ったという事は、プラウド・クラッドを動かすことができる動力源の確保が出来たということなのだろうか。
 通常の魔晄エネルギーでは暴走させずに機体をコントロールする事が困難だったらしいと噂に聞いたことがある。
 当初エネルギー源として予定していた液状化マテリアについては、私が本社から離れてしばらくしてから、エネルギーを極限まで引き出す実験を行ったものの失敗して頓挫したらしい。

 それでも、今まで造ったことのない巨大な決戦型兵器を作れるなんて夢の様だ。
 ぜひ私もプロジェクトに関わりたいと思って課長に相談しようとするも、どうやら私には違う仕事が任されることになっていたらしい。

「海底魔晄炉用の運搬機器……ですか?」

 渡されたのは、ジュノンの海底に建設されている魔晄炉の見取り図だった。
 課長は顔をしかめて、気まずそうに頭を掻いた。

「本当ならナマエくんにもプラウド・クラッドの方に回って欲しかったんだがな……」

 そう言った課長が一枚の紙を差し出す。
 そこにはこう書かれていた。

『兵器開発部門開発課 ナマエ・ミョウジに対し、無期限で大型兵器作成への関与を禁止する。
 代表取締役社長 ルーファウス神羅』

「これって……」

 社長印と社判までご丁寧に押されたその通達は、まさに社長が言っていた"処分"について書かれたものだった。

「まさかこの前の出張で何かやらかしたのか……?」

 課長は心配そうに私を見た。尊敬する上司にまでこんな顔をさせてしまって私はいたたまれなくなる。

「トラブルがありまして……その責任を取れということだと思います」
「……そうか。だが異動にならなかっただけ助かったよ。君は確かに大型兵器ユニット所属だが、開発課としては他にも色々なものを扱っているからね」

 神羅に身を置いて長い筈の課長だからこそ、私の処分がこの程度で終わったことに安心したのだろう。これまでにもっと酷い目に遭った人を見てきたのかもしれない。
 
 クビにならなかっただけマシだと思う事にして、私は早速海底魔晄炉に向かいながら渡された概要書に目を通す。
 私に指示が下りてきたのは、魔晄炉と潜水艦ドックの間を行き来する為の運搬ロボットの作成だった。
 どうやらこれもスカーレット統括の指示のようで、魔晄炉に物資を運ぶだけではなく、魔晄炉から何か大きな物を運び出す事を想定しているらしい。魔晄炉から運び出す物と言われても見当が付かないけれど。

 地下に降りるとその先は潜水艦ドックに続く海底トンネルに繋がっていて、強化ガラスで覆われた透明な海底トンネルはさながら海中散歩をしている気分にさせてくれる。
 海の底には魚達や時々遠くにイルカの姿までもが確認できて、落ち込みかけていた気分が少し明るくなった気がした。

「とりあえず頑張るしかないか」

 まずは設計から。
 せっかくなのでただ運搬するだけではなく警備もできる機械にしてみようと思う。
 アバランチもまだ逃亡中で、いつまた魔晄炉が狙われるかわからないのだから。

 ふと、海中トンネルのガラスに映った自分と目が合う。
 社長に貰ったピアスが目に入って、私にはもうこれを着ける資格は無いのだと気が付いた。
 


 まるで俺の心境を表すかのように、空は暗く分厚い雲に覆われている。

 セフィロスとクラウド達の後を追う為ツォンを古代種の神殿に向かわせた後、俺はジュノンに立ち寄っていた。
 あれだけ冷たい態度を取っておきながら彼女の元へ足が向く理由は自分でもよく分からない。
 そもそもジュノン自体に急ぎの用がある訳でも無いし、むしろ今は早く本社に帰ってセフィロスの動向や約束の地に関わる報告を待つべきなのかもしれない。

 あんな通達を出しておきながら実に自分勝手だが、結局俺はナマエを傷つけた事を後悔し、彼女の様子が気になって仕方ないのだ。

 ただナマエを大型兵器の開発から遠ざけたのには別の理由があって、彼女は放っておけば間違いなく、スカーレットが開発しようとしているプラウド・クラッドとかいう危険な代物の開発に投入されると思ったからだ。

 統括ともなれば余程巨額の予算や人員を使わない限りほとんどの事象において裁量を任されている。
 スカーレットにおいては兵器開発の是非を決める権限を手にしているが、あの狡猾な女は人の命を何とも思っておらず、過去には実験中に複数の死者を出すこともあった。

 そんなスカーレットの肝入りで開発することが決まったプラウド・クラッドがなぜ開発が今まで凍結されていたかと言うと、試作段階で暴走事故が起き、当時の開発担当者が何人も死んだり大怪我を負ったとの記録があった。
 その根本的な原因である暴走はろくに対策を講じられてもおらず、ただセフィロスやクラウド達に対抗するために再開発を決めたらしい。

 俺の権限でやめさせることも考えたが、あの女の事だからどうせ勝手に開発させる事は目に見えている。
 それならせめてナマエだけでも関わらせまいと思い、なんとかスカーレットに気取られないよう彼女を遠ざけるため、ロケット村でのトラブルをナマエに責任を取らせるという名目で利用させてもらった。

 勿論、本来なら彼女が責任を取る事は何も無い。
 むしろ冷静さを欠いて怒鳴り散らした俺の方こそ、頭を冷やすために何かしらの処分を受けて然るべきなのだが、そんな俺に処分を下せる人間はこの世に存在しない。


 そんな事を考えている内に、いつの間にか俺は兵器開発部門の作業区画に差し掛かっていた。
 方々の作業場の中では作業着姿の開発者達が図面を広げて試作品の兵器や武器を組み立てている。
 金属の臭いが漂い、火花の散る音や鉄が打たれる音が響く。ここは普段俺がいる本社のオフィスとは全く違った世界だ。
 どちらかと言えばきっとオヤジが俺くらいの年頃だった頃の、神羅製作所はこのような雰囲気だったのだろう。

 一番奥の作業場の前に着くと中からとある単語が聞こえてくる。

「ナマエさん! こっち見てもらえますか?」

 その名前が耳に届くと俺の足は反射的に動きを止めた。
 続いて聞こえてきたのは、顔を見なくとも誰のものかすぐに分かる声。
 それは俺にとって特別な意味を持つ音色だから。

「なになに? あー、これはね……このコードが間違ってるよ」
「すみません、ナマエさん」
「このままだと出力が大きすぎて安定しないから、こっちを……」

 カタカタとキーボードが叩かれる音がして、すぐにピコンと電子音が鳴る。

「あ、なるほど!」
「分かった? これよくあるから覚えておいてね」
「はい。ありがとうございます!」
「ナマエさんすみません、アームの確認していただけますか?」
「分かった今行く!」

 慌ただしく走り回る靴音と、忙しそうなのに明るく弾んだ声。
 遠巻きに作業場の中の様子を伺うと、ナマエの他に数人の後輩と思われる作業着姿の社員達が大型のロボットを取り囲んでいた。

 どうやらだいぶ頼りにされているらしい。あの真面目な勤務態度と作り出す武器のクオリティからしてみれば当然のことだろうが。
 本来ならば搭乗用の大型兵器という珍しい代物の作成に関わることができるほど優秀な人材だ。
 しかしいくら理由があろうともその希望を摘んだのは、他でもないこの俺。

 開発課長からの報告によるとナマエは現在海底魔晄炉に配備する資材運搬ロボットの開発を担当しているらしい。
 あんなに誇りにしていた兵器の開発では無いはずなのに、背筋を伸ばして後輩達にキビキビと指示を出していく姿は凛々しいものだった。

 もっと意気消沈しているものかと思っていたが俺の思い違いだったようだ。
 ナマエは俺の想像以上に前向きで、簡単には折れることのない強さを持つ芯の通った人間だった。

「フッ……お前のことを知ったつもりで、俺はまだ何も分かっていなかったんだな」

 ナマエの背中に向けて小さく呟いた俺の言葉は、遠くから響いてきた金床を叩きつける音に掻き消される。

 一体俺は、ここでナマエに会ったとして何がしたかったのだろうか。
 俺が言いすぎたと謝るか? 
 それとも兵器開発から外した事の言い訳をするか?
 そのどちらをしても彼女は喜ばないし、きっとただ分かりましたと頷いて、優しく笑ってみせるのだろう。本心では俺を憎んでいようとも。

(本当に、お前は聞き分けが良すぎるんだ)

 先程から後輩達と顔を寄せ合って機械の色々な箇所を確認しているナマエ。
 注視していると分かるのだが、その中の一人……男の後輩は、機械を見る素振りを装って時々ナマエの横顔を盗み見ているようだった。
 
 あれだけ近い距離で同じ時間を共に過ごしていれば、恋愛感情を抱く者もいるだろう。
 仕事熱心で誠実なナマエの事だから、彼女の側にいれば好意を抱くのも自然な事だ。
 俺だってその一人なのだから。

「……敢えて邪魔することもない。帰るか」

 やろうと思えばいつもの尊大な態度であの場へ割って入って、何事もなかったかの様にナマエに対して接することも出来るはずだ。
 ナマエと俺が親しい間柄である事を示して、彼女に淡い想いを抱いているであろう後輩に立場の違いを思い知らせてやる事だって可能だ。

 だが今の俺にそんな事をする気力はなかった。
 それ以上に、もしナマエが拒絶しこんな仕打ちをした俺に対して一線引いた態度を取ったとしたら……そう思うと、一歩踏み出すことができなかった。

 一体お前はどうしたというのだ。冷静冷徹で合理的な神羅カンパニーの若社長、ルーファウス神羅はどこへ行った?

 自問自答してみるものの、こんな気弱な自分を認めたくなくて、ただ気乗りしないだけだと呪文の様に呟くことしかできなかった。

 去り際にもう一度振り返ると、ナマエは真剣な眼差しで機械の細部を確認していた。
 その横顔から俺が目を背けようとした瞬間、変わらず光る青と金のピアスが目に入って、俺は目を閉じると拳を握りしめた。

 忘れるなんて、出来るわけがない。

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