3-6


「ゴールドソーサーに来たというのにとんぼ返りになると勿体無い気がするな」
「社長でもそんな風に思うんですか?」
「今日は特別そう思う」

 帰りのヘリが飛び立つと、窓の下を眺める社長は少し名残惜しそうだった。彼は携帯端末に何かを打ち込むと、それをしまいながら溜息をつく。

 確かに前回とは違って遊びに来たわけではないから、せっかくアミューズメント施設に来たのに遊ばないというのも勿体無い。本来なら高い入場料を払わないといけない場所だから、ある意味贅沢とも言えるけれど。

「またチョコボレースが観られるといいなあ……」

 豆粒みたいに小さくなったレース場を見つめながら私は呟く。あの時増やしたポイントはきっとまだそのままなになっているはず。

「そう言えば好きだったな」
「結局ミッドガルを出るまでチョコボ車すら乗りに行けなかったんですよ」

 チョコボ車で行きたい先がないのだから乗る意味も無くて機会を逃してしまったのだけど、今思えばどこでもいいから適当な場所に行けば良かった。

「約束もまだ果たせていなかった」

 そう言えばあの日、社長がいつかチョコボに乗らせてやると言ってくれたのだった。

「覚えてくれてたんですか?」
「俺は約束を反故にするような男ではないからな。実現に時間がかかり過ぎて申し訳ないとは思っている」
「お忙しいのは分かってますから、悪いなんて思わないでください」
「ナマエは聞き分けが良過ぎるな」

 社長はわざとらしく肩をすくめて笑う。

「うちの役員共に少し分けてやれ。皆自分勝手で手を焼いている」

 私は神羅の重役達の顔を思い浮かべて、社長の心境を想像してみた。

 そのほとんどが先代社長と長い間苦楽を共にしてきたであろう重役達は、まだ若くて就任してから日の浅い現社長をどう思っているか分からない。
 ハイデッカー統括を見ている限り皆表面上は従っているようだけど、宝条博士は会社を辞めると言って失踪してしまったし他の重役達だってもしかしたら突然反旗を翻すかもしれない。
 そうならない為に、舐められないよう威厳を保たなければならないのだから社長は本当に気苦労が多いだろう。いくら彼が有能でカリスマ性の高い人だったとしても、出来上がった人間関係の中に割って入らないといけないのは本当に大変だ。

「社長、今くらいはせめて休んでくださいね」

 私が少しでも、この忙しい想い人に休息を取ってもらいたいと思うのは自然なことだと思う。
 社長の顔を見上げると彼は青い瞳を細めた。

「そうするか」

 意外な程素直に、彼は腕組みをすると俯いて目を閉じた。どうやら一眠りするつもりらしい。
 朝からずっと出ずっぱりだったろうから、それで少しでも休めるなら是非眠ってほしい。

 社長の邪魔にならない為に静かにしていようと思い、私は窓の外に視線を向ける。既に陽はだいぶ傾いて、空はオレンジ色に染められていた。

「コスタに着いたら飯にでも行くか」

 居眠りの体制を続けながら、夕焼けに照らされた社長が呟く。

「私で良ければ、よろこんで」
「今日はよく付き合ってくれたから、その礼だ」

 それだけ言うと社長は口を閉じた。
 こんな時でも律儀にお礼のことを考えてくれたと思うと心が温かくなる。私の方こそ色々な体験をさせてもらって、お礼をしたいくらいなのに。


 しばらくスキッフに揺られている内に、段々と私も目蓋が重くなってくる。
 社長と二人だったから緊張感で忘れていたけれど、連日遅くまで仕事をして今日も朝からあちこち行ったので身体は相当疲れていた。

 外が暗くなってきたことも眠気に拍車をかけて、抗うことができなくなった私は遂に眠りに落ちたのだった。
 狭いスキッフの座席のせいで社長とは腕がくっついているから、暖かくてなんだか落ち着く。



「……ナマエ」

 隣で座ったまま船を漕いでいる彼女に声をかけてみる。しかし当然の如く返事は返ってこなかった。

 俯いた顔を覗くと目蓋はしっかりと閉じられていて、初めて見る寝顔に心の奥底がざわついた。

 ナマエから少しでも休める時に休んで欲しいと言う圧力にも似た視線を感じたので、一眠りでもしてみようと試みたものの、ずっと腕が触れている隣の彼女が気になってしまって結局眠りに落ちることは叶わなかった。
 それなのに当のナマエはこうして眠りこけているのだから平和なものだ。

「疲れていたんだな。すまなかった」

 ナマエに対して、俺は随分と謝罪を口にすることが多い気がする。本来ならば立場上あまり褒められたことでもないが、何故か彼女を相手にするとこうなってしまう。

(俺もまだまだだな)

 単純な話、俺はナマエに嫌われたくないのだ。
 一人の男としてはともかく、会社の上司として俺のことを慕ってくれてはいるはずだから、そんな事はないと分かっているのに。

 ここまで俺を変えてしまう不思議な力を持ったナマエの頭が、スキッフが大きく揺れたことによって俺の肩に触れる。
 起きてしまうかとも思ったが、余程深く眠っているのか、ナマエはそのまま俺にもたれて規則正しい呼吸を繰り返していた。

「申し訳ありません、社長」

 操縦士の声が聞こえてくる。俺はただ一言気にするなとだけ返事をし、心の中では感謝した。

 ナマエの髪が首筋に当たってくすぐったい。
 ふわりと香ってくるのはよく知ったラストノートで、もしかしたらそれは俺のものかもしれないが、おそらく二人どちらのものでもあるだろう。
 そう思うとこの上ない満足感が湧いてくる。早くこの香りを纏ったナマエを抱き締めたいと思ったのは、いつの事だったろうか。
 ナマエの耳に輝く青い石も、俺に優越感を与えてくれた。

 少しでも彼女が楽なようにと肩に手を回して安定させてやる。これはあくまでも、ナマエの為だ。

……俺はいつから、こんなに言い訳がましくなった?
 勿論、ナマエが関わったときだけではあるが。

「素直になれ、か」

 リーブの奴め、今度会ったらどうしてやろうか。
 ああ見えて意外と強かなところもあるので、特別ボーナスでも寄越せと言われるかもしれない。

 しかしそんなリーブ曰くどうやらチャンスはあるらしい。そんなもの、用意されていなくたって作ってやるつもりだが。

 覗き込んだナマエの顔は普段よりもあどけなくてあまりに無防備すぎる。眺めているとついこちらの頬が緩んでしまうくらいには。
 顔にかかった前髪を指先で払ってやると、くすぐったかったのだろうかナマエは少し身を捩った。

「ん……」

 微かに漏れた声は存外に甘くて、思わず触れていた俺の指先が揺れる。

 色々とこじつけてコーヒーを入れさせたりネクタイを結ばせたり、今日は随分と良い思いをさせてもらった。職権濫用と言われればそれまでだが、神羅カンパニーの御曹司ともなれば僅かな機会も逃してはならないことを幼い頃から叩き込まれているのだから仕方ない。

 占いによると焦りは禁物らしいが、こうして少しずつ距離を縮めていくのも悪くないものだ。
 ナマエと過ごす他愛も無い時間は、今では俺にとって確実に無くてはならない、ただ一つの心休まる時間となっていた。


「お疲れ様でした……も、申し訳ありません!」

 空の旅を終えた操縦士はようやく俺の現状を目の当たりにし、気まずそうに支線を逸す。
 確かに、雇用主が眠る女子社員にもたれかかられているのを目撃すれば、誰でもそういう反応を取るだろう。

 スキッフがゆっくりと降下する間も結局ナマエは昏々と眠り続けたままで、着陸した今もそれは変わらない。

「連日の激務で疲れているんだろう。見逃してやってくれ」
「は、はい、見なかったことに」

 哀れになるくらい慌てた様子の操縦士には後で心付けでも渡してやろう。ついでに外で俺を待っているスタッフ達にも。口止め料の意味も込めて。

「さて、どうしたものか」

 食事に誘いはしたが、この様子でいきなりレストランに連れて行っても良いものか。これだけ安心しきって眠っているのを起こすのも不憫だと思う。

「仕方ない。すまないが、この後も見なかったことに」
「かかかか、かしこまりました!」
 
 そんなに圧をかけたつもりもないのに、操縦士は大慌てでドアを開けると転がり落ちるように外へ出た。

 俺がナマエの膝裏と背中に手を回して抱き上げたのを見て一層気まずかったのだろうか。
 彼に落ち度はないので、次の賞与を割増にでもしてやるか。

 俺は腕の中で安心しきって眠っている愛しい存在に視線を落とす。

「まるで眠り姫だな」

 まだ幼児の域を出なかった頃、眠る前母親が読み聞かせてくれた数々のお伽噺の中にそんな少女がいただろうか。
 あれは確か、王子の口づけで目をさましたとかそういう話だったな。
 さすがにそれは憚られるが。

 起こさないよう慎重にステップを降りると、外のスタッフたちも目を丸くして口を半開きにしていた。目が合うと皆まるで俺の腕の中には何も無い何も見ていないと言いたげに直立不動で敬礼する。

  こういう時が一番権力というものを実感するかもしれない、などとどうでもいい事が思い浮かんだ。



「うーん……あれ、寝ちゃってた……?」

 いつの間にかスキッフで眠ってしまったらしい私は目を開けて、はてここはどこだろうと思考を巡らせた。
 見覚えの無い天井と、自室のものとは打って変わってふかふかのベッド。おまけに遠くからは潮騒が聞こえてくるような気もする。
 大きな窓から見える空は真っ暗で、しかし部屋のすぐ外は灯りに照らされていた。

 がばっと音がするくらいの勢いで起き上がると、そこは今まで見たこともないくらい広い寝室で、籐の椅子や珍しい模様の絨毯など高級感漂う調度品が置かれていた。

 この部屋の雰囲気と言い波の音と言い、まさかここは……
 そう思っていると、こちらも籐製らしい衝立の向こうから、ダークグレーのシャツ姿の社長が顔を出した。

「ようやく起きたのか」

 社長はせっかく私が綺麗に結んだ筈のネクタイを少し緩めていて……なんて事を気にしている場合ではない。

「社長っ、その、ここは……?」
「おやじの別荘だ。もう死んだから一応今は俺のものか? ああ、場所ならコスタ・デル・ソルだが」
「別荘……?」

 まだ寝起きでよく働いてくれない頭で考えるけれど、未だにこの状況が把握しきれない。
 コスタなのではないかということだけは、予想が当たっていた。

「お前があんまりぐっすり眠っているから具合でも悪いのかと思ったが、その様子なら安心だな」

 社長はベッドサイドまで歩いてくると私を見下ろす。

「食事が摂れそうなら着いてくるといい。風が気持ち良いから目が覚めるぞ」

 そう言うと彼は踵を返して部屋から出て行った。

「私……そんなに寝ちゃってたの……?」

 やってしまったと思う他なくて頭を抱えたくなる。けれど社長を待たせてはいけないので、とりあえず慌ててベッドを降りると私は彼の後を追った。


 社長が向かった先は別荘の外に繋がっているテラスで、その向こうにはコスタ・デル・ソルのビーチが広がっていた。
 既に日暮れからだいぶ経っていて辺りは真っ暗だったけれど、テラスは明るく灯されている。見ると中央にはガーデンテーブルとチェアが置かれていて、コスタでいちばん人気のハンバーガーショップのテイクアウト用の袋が置かれていた。

「約束は守ると言っただろう」

 社長はガーデンチェアに腰掛けるとにやりと笑ってみせる。夕食を一緒に摂ろうと約束してすぐ私は眠ってしまったのだ。

「たまにはこういうのも悪くない」
「すみません、本当に……」

 穴があったら入りたい。むしろ土下座でもした方が良いのかと思うくらい、大迷惑をかけてしまった。

「もしかして、社長が?」

 パティ三段重ねのハンバーガーが描かれた紙袋を見ながら聞くと、社長はそこから中身の箱を取り出しながら事もなさげに言う。

「スキッフからお前をここまで抱きかかえてきたことか?」
「えっ!?」
「これでも鍛えているからな」

 どこか愉しそうな社長はシャツの袖を捲って次々にテーブルの上に品物を並べていく。社長とファーストフードの組み合わせは、なんとも異質なものだった。

「タークスの奴らが旨いと言っていたから気になっていたんだ。良い機会だった」

 そう言うと遂に食事を並べ終えた社長は、呆然と立ち尽くす私に向かって顎で空いているチェアを示す。

「冷めるぞ」
「え、あ、あの」
「俺にこの量全部食わせる気か?」
「あ、はいあの……いただきます」

 拗ねるような目で見られて、私は慌てて社長の向かいに座る。食べ物を前にすれば、忘れていたはずの空腹感が込み上げてきた。

 テーブルの上にはところ狭しと、豪華なバーガーだけでなくサラダにフライドポテトにチキンフィンガー、フィッシュアンドチップスまである。
 社長と言えばワインかウイスキーというイメージしかないけれど、今日は瓶の口にライムを挿したビールを手に持っていた。
 まさにコスタの夜にぴったりな組み合わせだと思う。

「ナマエの分もあるからな」
「社長、なんだかご機嫌ですね」
「楽しまないでどうする。経緯はどうあれリゾートでのディナーだ」
「た、確かに……?」

 あまりにどんと構える社長に影響されてしまったのか、私も段々とこの状況を楽しまないといけないような気がしてくる。
 だってここは世界一のリゾート地コスタ・デル・ソル。目の前にはあの泣く子も黙るタークスおすすめのテイクアウトディナー。
 そして一緒に食べてくれるのは、大好きな憧れの人。
 例えこの状況を作ったのが自分の大失態だったとしても……。

「すみません社長、何から何まで」

 ビールを片手に美味しそうなフライドポテトをつまむ、お世辞にも行儀が良いとは言えない社長。こんなラフな姿は見たことないけれど、貴重なオフショットを拝めた気がしてドキドキする。

「もう謝るな。謝られたくてした訳ではない」
「あ、はい……すみません、じゃなかった。ありがとうございます」
「それで良い」

 私が慌てて言い直すと社長は目を細めて薄い唇で弧を描く。

「そう言えば、帰りの船って何時発でしたっけ?」

 ふと思い出して時間を確認しようとすると、社長はあっけらかんとして言った。

「もう出たぞ。お前が呑気に眠っている間に」
「えっ!?」

 あのスキッフではミッドガルまで飛ぶのは難しいらしい。タークスが使っているようなタイプのヘリとは違うと行きに社長が言っていた。

「ど、どうしましょう……申し訳ありません……」

 私は多分今顔を真っ青にしていると思う。こんなに血の気が引いたのは久しぶりだ。
 しかし社長はどこ吹く風で、明日の天気は晴れだなくらいの調子で言う。

「今から戻っても夜中になる。俺も疲れたから今日は泊まっていくぞ」
「へっ!?」
「なんの為の別荘だと思っている?」
「え、それは……社長の保養のためではないかと」
「なら正しい使い方だ」

 そう言って社長はこれまたお行儀悪くハンバーガーにかぶりついた。
 なんだか見てはいけないものを見ている気分にさせられるのは、彼が手の届かない高貴な人だからなのか、その人を寄せ付けないオーラのせいなのか。

 でも、好きな人の意外な姿を見られる事は幸せなことだと思う。
 今日の私はなんて幸せ者なんだろう。まさか一生分の運を使い果たしてしまったのではないかと不安になるくらい。

「他にも別荘なんてくさるほどあるからここはその内売るつもりなんだが、まだ手続きが終わっていなくてな。それまでは俺のものだから好きに使うと良い」
「恐れ入ります……」

 先代の趣味がどんなものかは知らないけれど、少なくともこの別荘は心地の良い場所だと思う。
 もう腹を括って、今日はありがたく使わせていただくことにした。


 食事が終わると、社長は席を立ちテラスの柵に近づいた。手摺りに肘を乗せて、社長は私に振り向くと隣に来るように言う。
 言われた通り社長の隣に立つと、目の前には漆黒の海が静かに波を立てていた。
 少しだけビールをいただいたので、熱くなった頬には潮風が心地良い。

「静かだな」
「そうですね。昼間は人が多くて賑わってるのに」

 社長は食い入るように、他に何もない水平線を眺めているようだった。
 私も水平線を見つめて、この海の遥か向こうには一体何があるのだろうかと考える。

「こんなに平穏な時間を過ごすのはいつ振りだろうな」

 海の先から目を逸らさずに社長が呟く。それは私に言っていると言うよりまるで独白のようで。

「今この瞬間も、セフィロスや宝条は何を企んでいるのか」

 突然姿を表した死んだはずの英雄セフィロスも、勝手に会社を去った宝条博士も、目的の見当すら私にはつかない。社長にはなにか心当たりがあるのかもしれないけれど。
 きっと社長はずっとめまぐるしく頭を働かせて、次の一手を考え続けているに違いない。

「……早く、本当に平穏な時間が過ごせるようになればいいのに」

 私は手摺りについた手の上に顔を乗せた。
 問題が山積みすぎて、社長には休んで欲しいのにそうもいかないのが現実だ。そもそもこんな状況で休むなんて考えもしなそうな人だから。

「英雄セフィロスは、どうして現れたんでしょうね」
「約束の地、というものを俺達に渡すまいとしているらしい」
「約束の地……ですか?」

 聞き慣れない単語に私は首を傾げる。

「オヤジはそれを、魔晄エネルギーの豊富な夢の土地と考えたらしい」
「魔晄エネルギーが……ということは、そこに魔晄炉を?」
「ああ。ネオ・ミッドガル計画というやつだな」

 魔晄炉の話とは言っても都市計画部門の管轄なのだろうか。畑が違うとそんな計画について全く知る機会もなくて、なんという壮大な計画がされていたのかと驚く。

 確かにミッドガルの土地は目に見えて痩せ細っていて、本社で勤務していた頃には魔晄エネルギーの汲み上げは星の環境には良くない事なのかもしれないと思わさせられた。
 ジュノンにも海底魔晄炉があり、やはり周辺の環境は自然が豊かとは言えない。
 あのアバランチはそれを理由として反神羅を掲げテロを行っているくらいだ。

「そんな土地がどこにあるのか、何年かけてもオヤジは辿り着けなかった。それを古代種という奴らは見つけられるらしい」
「そう言えばそんな話を聞いたことがありました。あれは確か……本社の研修で」
「オヤジが作らせた映像を見たのか? あんな夢物語、話半分に聞いておいた方が良いがな」
「まだ制作途中だったみたいで、少しだけですが」

 本社にはこれまでの神羅の歴史や各部門の紹介映像を観ることができるメモリアルフロアがあって、そこではこの星に昔住んでいた不思議な力を持つ人達と彼らの追い求める理想郷についての作りかけ映像を見たような記憶が蘇る。
 正直非科学的な話にはあまり興味がなかったので、話半分どころか四分の一くらいしか聞いていなかったけれども。

「本当に存在するんですね、そんな土地が」
「さあな。だがセフィロスの動向を見ていると、あながち夢物語でもないかもしれん」
「セフィロスは古代種なんですか?」
「そのようだな。古代種については科学部門が研究している。宝条の失踪も無関係では無いだろうな」

 社長が前に言っていたいくつか重なった問題というのは、この辺りの事とアバランチの事なのだろうと分かる。私には到底想像もつかないくらいスケールが大きい問題だ。

「俺は、オヤジのようにはいかない」

 社長は水平線の先を睨みつけていた。

「オヤジが為せなかった事も俺はやってみせる」

 それはまるで、自らに誓いを立てているようで。

「神羅は生まれ変わるんだ。俺の手で」

 そう言って社長は開いた自分の掌を見た。
 そしてその手を握り締めると私に視線を移す。
 
 薄青色の社長の瞳は真剣で、私は圧倒されそうになる。

「社長……?」

 しばらく無言で見つめられて、私もただ黙って社長の言葉を待つしかなかった。

 すると社長は突然ふっと力を抜いて、いつもの彼に戻ったようだった。

「フッ……少し語りすぎてしまったな。俺はそろそろ休む」
「あ、はい! 後片付けはしておきますから、ゆっくりなさって下さい」

 幸いなことに寝室もいくつかあるようで、社長は私が先程寝かされていた部屋とは違う部屋で寝るらしい。
 良かったと、たくさん部屋を作ってくれた先代に心の中で感謝した。

「先にシャワーを使わせてもらうぞ」
「勿論です、お先にどうぞ!」
「お前も早く寝ろよ。と言ってももう寝すぎたのかもしれないが」
「……それは、本当にすみませんでした」

 忘れかけていた罪悪感を思い出した私が縮こまると、社長は声を押し殺して笑う。

「クククッ……お前は変なところで意外と大胆だな」

 そう言って、社長は少し前まで握り締めていた手のひらを私の頭に置いた。

「おやすみ、ナマエ。良い夢を」

 そう言って微笑むと社長は部屋に戻っていった。
 
 本当に、一日でも早く彼が今のような表情でい続けられるような平穏な日々がやってきますように。
 私はそう願わずにいられなかった。

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