2-3


 ヘリコプターという乗り物に乗ったことがある人間はこの世界どのくらいいるのだろう。
 私は今日なんとその仲間入りを果たして、今は北コレルエリア上空を飛んでいる。

 先日食事に連れて行ってもらった時に約束したゴールドソーサーへの新アトラクション試乗に、ついに今日連れてきていただくことになったのだ。昨日の夜突然電話がかかってきたと思ったら、明日出掛けるから本社に来いとだけ言われたのだけど。

 今日の行き先は遊園地なので、この前とは違って少しラフな動きやすい服装を選んでみた。 
 副社長の方も黒いタートルネックにトレードマークの白いジャケットを羽織っているものの、コットンのパンツはベージュで少しカジュアルな装いだ。
 オフの格好も格好良いなんて思ってしまうと余計に緊張するので、邪な感情はなんとか頭の中から追いやった。

「この辺りも昔は炭坑のお陰でそこそこ栄えていたらしい」

 隣に座っている副社長もさっきから私と同じように窓から下の景色を眺めている。

「最近では魔晄炉を建設する話も出ているようだがな」
「そうなんですか。やっぱり時代は魔晄エネルギーという訳ですね」
「だが一部反対している住民がいて難航しているらしい。まあ、よくある話だな」

 ミッドガルやジュノンのような神羅のお膝下だけではなく、地方にも今ではどんどん魔晄炉が建設されているらしい。魔晄エネルギーの便利さから考えればそれも当然だ。
 地方における魔晄炉の建設は我々兵開発部門の管轄らしく、スカーレット統括がたまに視察に行っているという話は聞いたことがあった。

「なんでこんな場所に行楽施設を造ったのか、オヤジの考える事は理解に苦しむな」

 ゴールドソーサーへは私達のように上空から入る他には、コレルの村から少し離れたところに引かれたケーブルカーに乗って入る方法があるらしい。
 コレル村にはその為の協力金が支払われていると副社長は言う。どうやら複雑な大人の事情が絡んでいるらしい。

「もうすぐ着きます。揺れますよ」

 操縦席に座っているタークスはツォンという人らしい。ツォンさんは振り向かずにそう告げ、操縦桿を操作している。
 いくら副社長とは言え、ほぼプライベートと言えるこんな遊興にタークスを使って良いのだろうか。私がそう聞くと、副社長はただお前は真面目だなと笑っただけだった。


 ヘリから降りると、そこには煌びやかな別世界が広がっていた。
 派手な音楽と眩しいくらいライトアップされたホール。あちこちに飾られた可愛らしいキャラクターの銅像は、おとぎ話に出てくるモーグリらしい。

「成金趣味だろう」

 副社長はツォンさんに待機するよう指示してから、辺りを見回していた私の横にやってくる。

「確かにものすごく派手ですけど、非日常という感じがしてワクワクします」
「フッ、まだ入口なのにもう雰囲気にのぼせているようだな」
「遊園地に来て浮き足立たないのなんて、副社長くらいじゃないですかね」

 私の精一杯の皮肉なんて気にも留めず、副社長はさっさと歩き始めた。私は置いていかれないよう慌ててその後を追う。

 ゲートを潜ったところに、ものすごくガッシリした身体つきの男の人が立っている。しかも服装は……ビキニパンツ?

「ここの園長、ディオだ。まあ、あまり見なくて良い」

 副社長は私に耳打ちすると、ディオ園長と挨拶を交わす。園長は恭しくお辞儀をして、来園に対する礼と今日は楽しんで行って欲しいと言ったありきたりな社交辞令を述べた。
 その様子を私は一歩下がった所であまり注視しないようにしながら待っている。すると園長はおや、とわざとらしく私の方に顔を向けた。

「これはこれは。お連れ様もどうぞごゆっくりお楽しみくださいね」

 そう言ってディオ園長はとびきりの営業スマイルを見せてくれる。私は若干引きつりそうになりながら、視線はなるべく彼の顔に集中した。

「行くぞ」

 愛想笑いを浮かべた私に向かって副社長はそう言うとまた歩き出す。私は園長に一礼すると副社長に続いた。

「あれで居て食えない男だ。わざわざ関わる必要は無いぞ」
「あんまり得意では無いのでそうします」

 そうは言っても、そもそも関わることも無いわけだが。海でも無いのにビキニパンツ一丁で人前に立てるおじさまとは、出来ればこれ以上お近付きになりたくなかった。

 園内が閑散としているのは、どうやら新アトラクション披露のために数日間は神羅上層部や園の関係者だけに貸切としているかららしい。
 上層部と言えばうちのスカーレット統括を含めた役員達も含まれる訳だが、彼等が遊園地で遊んでいる姿は全くもって想像できなかった。

 私達はまず、本日の目的である新アトラクションの『シューティングコースター』にやってきた。早速係のお姉さんがやってきて簡単な説明をしてくれる。

「へぇ、ただ走るだけじゃなくてシューティングのシミュレーションが出来るんですね」

 私達は待たされることもなくコースターに乗り込む。副社長と一緒でなければ、一般庶民がこのアトラクションに乗るのに一体何時間かかるのだろうか。

「思っていたより凝っているな」

 隣の席で副社長もどこか楽しそうだ。私達が案内係に従って手元に備え付けのレーザーガンを持つと、音楽が流れてコースターが走り始めた。

「わわっ、結構速いですね」
「よそ見していると的を逃すぞ」
「副社長ってば余裕過ぎでは!?」

 副社長はやる気満々らしく、あっちだこっちだとレーザーガンを向けては的を吹き飛ばしていく。私の方はと言うとコースターが上下左右に振れる度に手摺りにしがみついていた。

「こうすると良い」

 途中少しレールが平坦になった所で副社長がこちらに手を伸ばしてくる。そして片手を私の後ろから回し、もう片方の手も私の手に添えた。要は後ろから抱えるようにして、私と一緒にレーザーガンを持ってくれているのだ。

「まず構えた方はこうだ」
「は、はいっ」

 副社長の息が私の耳にかかるほど私達の顔は近くて、正直レーザーガンの指導を聞ける精神状態ではないのだけど。

「まずあの岩を狙ってみろ」

 なんとか気を保ちながら言われた通りの岩に照準を合わせてみる。副社長が少しレーザーガンの先を持ち上げてくれた。

「もう少し引き付けろ……今だ!」

 私は慌てて引き金を引く。するとCGで出来た岩に光線が当たって砕け散った。

「当たった……!」
「良いぞ」

 手の力を緩めた副社長がふっと笑う。こっちを見ながら言うものだから、副社長の鼻先は私の頬のすぐ近くにあった。
 私の身体は硬直してしまって、たった一度頷く事しかできない。
 気が済んだらしい副社長は、自席にきちんと座り直すとまた自分のレーザーガンを手に取った。

 次の瞬間コースターががくんと下がる。その動きを予想していなかった私はつい悲鳴をあげてしまった。
 乗り物は得意だと思っていたけど、それはただ速くて揺れる乗り物に乗ったことがなかっただけでした本当にすみませんでした!

「きゃあぁっ!」
「怖ければ俺に掴まっていろ」
「へ?」
「来るぞ」

 副社長がそう言い終わらない内に、今度はコースターが大きく急旋回した。
 あまりの勢いにまるで腕が投げ出されそうになって、私は情けない声で助けを求めた。

「やぁぁぁ助けてぇぇぇぇ」
「ほら」

 すると副社長はまた後ろから手を伸ばしてくると私の腰のあたりを支えてくれて、私の身体はだいぶ安定した。

「ふ、副社長すみませんっ」
「舌を噛むぞ」

 そう言った副社長は私を抱いているのとは反対の手にレーザーガンを構えている。私は咄嗟に口を閉じて前を見た。いつの間にかコースターはどんどん坂を上っている。

(上っている、という事は……)

 景色が流れる速度が遅くなり、目の前にあったレールの坂が途切れた。
 刹那あって、私の身体は一瞬浮遊した後一気にのし掛かる重力に押し付けられる。

「ひゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 シューティングコースターの建物内に私の叫び声が響き渡る。もうレーザーガンなんて持つどころか必死に抱えている事しかできなかった。

 私の隣では副社長が片手で次々と的を撃ち落としていた。流石に普段から銃を得物にしているだけある。
 しかし本当にどれだけ肝が据わっているんだ、この人は。


「思いの外熱中した」

 コースターの出口で得点板を見上げた副社長が、爽やかに前髪をかき上げながら言う。

「そ、そうみたいですね……」

 席を立ち上がる時私がよろけそうになったものだから、結局副社長はこの場に辿り着くまで私を支えてくれていた。
 表示された副社長の得点はピカピカ光っていて、どうやらこの試乗期間での最高記録となったらしい。

「少し休むか?」
「次に行くところ次第ですかね……」

 副社長が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
 そのせいで別の意味でもよろけそうになって、私は息を整えながら答える。

「チョコボレースはどうかと思っていたんだが……」
「チョコボ! チョコボが見られるんですか!?」

 聞こえてきた単語に私は勢いよく顔を上げた。なんと言ったってチョコボだ。チョコボは可愛らしくて賢くて好きなのに、お目にかかれる事なんて滅多に無いのだから。

「急に元気になったな」

 そう言われると恥ずかしい。確かに、さっきまでの具合の悪さはどこかに消え去ってしまっていた。

「すみません……」
「好きなのか?」
「はい。でも生で見たことはなくて」

 ジュノンにもミッドガルのプレート上にもチョコボがやってくることは無い。スラムか、足を伸ばしてチョコボファームまで行けば会えるらしいけれどそんな機会も無かったから、せいぜいテレビで見るくらいだった。

「では行くか。目の前をチョコボが走って行くのが見られるぞ」

 なんとも魅力的な言葉に私はすっかりテンションが上がり、呆れた副社長に笑われる羽目となった。


 チョコボスクェアに到着すると、フロアの真ん中に大きなスクリーンが設置されていて、そこにはパドックの様子が映し出されている。

「チョコボだ! 可愛い!」

 私の目はあっという間に、走ったり毛繕いしたり水を飲んだりしているカラフルなチョコボ達に釘付けになった。

「賭けの経験は?」

 隣に並んだ副社長にそう聞かれる。

「真面目なので、ありません」
「だろうな」

 副社長はまた笑う。
 今日は今までとは比べ物にならないくらい彼が笑うところを見られて、なんだか嬉しい。副社長の笑った顔は、男の人にこう言うのは失礼かもしれないけれどとても綺麗だった。

「専用のポイントを使って賭けるんだ。100GPやる」
「え、良いんですか」
「たまには不良になれ」

 不良、と聞くとタークスのレノさんを思い出す。それは私の知る中で唯一の不良らしい見た目の人が彼だけだからという単純な理由だ。

「難しいですね、不良になるの」
「フッ、レノのようにはならなくて良い」

 副社長、今もしかして私の心を読んだ?
 私が驚いているとまた私が何も言っていないのに副社長は、段々分かるようになってきたと言って口の端を上げる。
 なんだかまた恥ずかしくなって私は受付カウンターまで走って行った。

 カウンターの係員にアドバイスを貰って、いただいたポイントでチョコボ券を購入する。
 副社長は今日は賭けないと言うので、すぐに二人でレース場へ入った。

 レース場に入ると数人だけ他のお客さんがいた。いつもはもっと賑わっているらしく、ちょっと物足りない。
 皆自分が賭けたチョコボの状態を見ようと、モニターに映るチョコボ達を眺めていた。
 私達も周りに人の居ない場所に移動してから同じようにモニターを見る。

「どれに賭けたんだ?」

 副社長は私の手元にあるチョコボ券を覗いてきた。

「ほう。堅実な賭け方だな」
「初めてなので、無難にいってみました」
「ナマエらしい」
「せっかく副社長にポイントをいただいたので、大損したくなかったんです」
「真面目だな」

 そう言われるのはもう何回目が分からない。最早私の代名詞になってきているような気さえする。
 不真面目と言われるよりは、だいぶマシだと思うことにしておくけれど。

 遂にレースが始まるらしく、華やかな音楽と共にチョコボ達がレース場に現れた。

「わっ、副社長見てくださいチョコボですよチョコボ!」

 ふわふわした黄色い羽にまんまるの目。大きなお尻を振りながら練り歩くチョコボ達に、私は夢中になった。

「本物のチョコボだ……可愛いな……」

 このチョコボ達に順位をつけるなんてとんでもない。そう思うくらい皆凛々しく堂々と歩いている。
 そしてその列は私の前も通り過ぎて、チョコボ達はスターティングゲートに入った。
 このチョコボ臭さも初体験だ。

「お前が賭けたのは3番と7番だったな?」
「はい! あの黄緑の子と紫の子です」

 副社長は腕組みして私の選んだチョコボ達を見た。そして、どちらも毛艶はまずまずだなとか、紫の方は特に脚が良いとか品評を始めた。

「副社長ってチョコボ詳しいんですか?」
「チョコボレースは上流階級の嗜みだ」
「流石ですね……」
「気付け、今のは冗談だぞ。仕事の付き合いでたまに来るだけだ」
「副社長の冗談は分かりにくいです」

 あまりにからかわれ過ぎたからか、むしろ全てが冗談に聞こえる気がしますと呟いてみる。すると副社長はしばらく何か考え込んだ素振りを見せたけれど、結局何も言わなかった。

 スタートを知らせる銃声が鳴る。ゲートが開いて、騎手に鞭を叩き込まれたチョコボ達が一斉に走り出した。

「いけーっ!」

 私も自分が賭けたチョコボ達を全力で応援する。どの子もみんな可愛いから本当は二羽に選ぶのが辛かったけれど、始まってみればやはり勝ちたいと思うわけで。

 チョコボ達はあっという間に観客から見える位置よりも大分遠くに走り去っていってしまったので、レースの行方はモニターで見守ることになる。
 私は両手を組んで、黄緑と紫のチョコボが画面に映るたびに声援を送った。

 レースは、私が応援する黄緑の子と赤いチョコボが抜かれては抜き返しを繰り返す白熱したものになっていた。
 私は黄緑色の塊がモニターから消えるたびに叫び、また映るたびに叫んだ。

「いよいよ最終コーナーだ」

 副社長も少し身を乗り出してモニターを食い入るように見つめている。私の方はそれ以上に、前にある柵に全体重を預けてそろそろ先頭チョコボが見えてくるであろうコースの向こう側に目を凝らしていた。

「来たっ!」

 黄緑と赤。二羽のチョコボが並んで走ってくる。と思ったら赤が前に出る。だめだ、黄緑頑張れ!
 まばらではあるものの、観客全員が声援を送っている。内容は抜かせ、逃げろとそれぞれだったが。

「やだー負けちゃう!」

 私が両手で柵を叩いたその時。

「ナマエ見ろ」

 そう言った副社長が見つめる先には、豆粒みたいな紫色。でもそれはものすごい速さでみるみるうちに大きくなり、先頭の二羽に追いついた。
 あれは確か、副社長が脚を褒めていたチョコボだ。

「ほ、ほんとに……!?」

 紫のチョコボはあまりの驚きで声援すら忘れた私の前を駆け抜けて行く。独特の臭いと舞い散る羽根を残して。
 そしてなんと、そのまま二羽を追い越してクチバシ一本の差でゴールテープを切ったのだ。

「えええっ!? すごい副社長、当たりましたよ! ほらあの」

 私は大興奮してうっかり隣の副社長のジャケットの裾を引っ張ってしまった。

「あ……す、すみません」
「構わん。続けろ」

 そう言われても、勢いを失った今では続きも何もあったものではない。

 私は思わず皺を付けてしまった白いジャケットの生地を伸ばそうとこっそり撫でてみる。すると副社長が私のその手を掴んだ。

「気にするなと言っている。それに、くすぐるな」
「ごめんなさいっ!」

 私は跳びのこうとするも、手を掴まれていたので叶わなかった。

「決してそんなつもりは無かったんですけど……」
「意外と度胸があると思ったのだが」
「そんな訳ないですよっ!」

 ニヤニヤと笑う副社長を意地が悪いなと思っていると、係員からチョコボ券払い戻しの案内があった。私は一位を当てたので儲けが出ているはずだ。

「さっ、行きますよ! せっかく勝てたんですからね」

 歩き出そうとするものの、まだ手は掴まれたまま。

「もうくすぐったりしませんって」
「ああ、悪い」

 全然悪びれる素振りは無い副社長は、渋々といった表情でようやく手を離してくれた。私はそんなに信用ないのだろうか。

「そんなにチョコボが好きなら乗せてやろうか」
「へ?」
「そんな間抜け面をしているとすぐに落ちるがな」

 副社長はまた意地の悪い笑みを浮かべている。間抜け面と言われた私は、恥ずかしくなってそっぽを向いた。

「良いです、自分で乗りに行きますから」
「どこにだ? スラムで乗れるのはチョコボ車だけだぞ」
「えっとそれは……チョコボファーム?」
「どうやって行くんだ」
「そ、それは」

 私は遂に負けを認めざるを得なくなった。そもそも副社長に口で勝てる訳がない。
 閉口した私に副社長は満足そうに頷く。

「何色に乗りたいか考えておけよ」
「……副社長はチョコボ乗れるんですか?」
「誰に聞いている」

 当然だと言わんばかりに副社長はフンと鼻で笑う。想像出来ないので聞きましたとは、口が裂けても言えなかった。
 チョコボに乗った副社長……とても見てみたい。やっぱり白チョコボが一番似合うのかな。

「考えておくので絶対連れて行って下さいね」
「ああ、約束しよう」

 私はチョコボに跨がって颯爽と草原を駆け抜ける副社長を想像してみようとしたけれど、どう頑張ってみてもやっぱり無理だった。

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