The person who is sung.5




「弾かないの?」

扉を開くとピアノの上で寝転がったままの彼女が目に入った。
声を掛けると、閉じていただけの瞼が開かれ頭がごろりとこちらを向く。

「気分じゃないから」
「あらそう。珍しいわね」
「なんか、わかんない」
「何がわからない?」
「わかんない」
「わからないことが、どうして弾きたくないのか、わからない?」
「そう」
「ふふふ。珍しいわね」
「うん」

ピアノの上からそろりとこちらへ手が伸ばされる。
それに手を重ねてやると彼女はまるで子供のように緩く握り返してきた。
年齢からいけば大人に間違いはないのに、この子はいつまでもそれを感じさせはしない。
小さく、私は笑った。

不意に電子音が響く。
ポケットからスマホを取り出すとそこには。

「…二人が、ここに来るわ」
「そう」
「ええ。それじゃあ、またね」
「またね」




∠main