Song of the murder. 7




Web配信しかしないことで有名なシンガーソングライター。
はじまりは数年前、若年層を中心に動画投稿サイトから火がついて、デビューからたった1年で世界を席巻した世界的アーティスト。
デビュー曲は世界数十ヵ国でダウンロード1位を取った。
勿論、シュテルンビルトでもそれは同様でどこに行っても彼女の歌を聞かない日は無い。
抑えられた低めの声と奏でられるピアノ、時にはすべてアカペラ。
彼女の歌はデビューしてしまえば幅広い層へ簡単に浸透した。

因みにバーナビーが出ているCM然り、彼女の人気の所為なのか新色ルージュの売り上げはうなぎ登り、大変反響はいいらしい。
まぁその売り上げの大半はバーナビーが妖しさを含んだハンサムスマイルを振り撒いて唇しか映らないモデル相手に顎に手を掛けキスでもしそうな距離でルージュを引く、というシチュエーションだからだったが。

『っねぇ! あ、……あ、あの今流れてるルージュのCMの時、会ったの?!』
「……はぁ。誰にですか?」
『もうだから! だからっ、Aに決まってるじゃない!』

キレかかった口調のカリーナにバーナビーは何故怒鳴られないといけないのかと呆れる。
主語を聞き返しただけだ。
いや、まぁ実際誰の話題か検討は物凄くついていたというか、分かりきっていたのだが。

「……会ってると思います?」
『っそれは、確かに顔を知られていないことで有名だけど、……ってだからそれを聞いてるのよ!』
「はぁ。ですから、高々CM一本の契約に、そんな人が同席するとでも?」

歳も出身国も何もかもが不明で姿を知るものはいない。
デビュー前の投稿でさえ画面に映るのはただ黒い背景にタイトルとメッセージ性の強い歌詞だけだった。
余計にそのミステリアスな雰囲気に、人々は惹き付けられる。
バーナビーは一度携帯を右耳から左耳へと持ち変えた。
他の国だって今回ルージュのCMに楽曲提供された新曲を使用したりするのだろう。
たまたまCMに起用されたバーナビーがどこにいるかなんて知るはずもない。
彼女に関する知識なら世界中の人間が一律と言ってよかった。
ギリギリ、CMのお陰で数ヶ月早く新曲を聴かせて貰えたくらいで。

「そんなものですよ。それじゃ、切りますね」

携帯をポケットへ滑り込ませ、はぁと溜め息をつき壁へ凭れた。
何せ、バーナビーはあのCMが流れてからこちら三日、実はありとあらゆるアドレスを知られている人間や、アポロンの社内の顔も知らないような人間からまで聞かれていた。
社内ならまだましだ。
その間の営業で撮影があったそこでさえ話題は、彼女はどんな人だった?と聞かれる始末。
寧ろ虎徹でさえ乗ってきたこの話題だ。
友人ならまだいいが大して知りもしない人間相手に何十と繰り返した話はうんざりして今まではすぐに答えを返していたが。
ここまでくると本当に会っていると思っているのか逆に聞きたくもなる。
というかカリーナに関してはバーナビーよりもこういったことに対して知っているはずなのだ。
自分よりCMをこなしてるだろう。

「はー……もう嫌だ。携帯出たくない。…帰りたい」

ここまでくると彼女の話題に疲れたバーナビーもファンではあるがCMには出なければ良かったと思わなくもない。
自分の話題で持ちきりならまだしも、他人の話題を振られ落胆されるのはおかしな気分だった。


不意にバーナビーが視線を感じ頭を上げるとエアと目が合う。
しかしすぐ彼女は、ふいっと窓に顔を向けてしまった。



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