Song of the murder. 30




晴れ渡る午前12時の空。
時おり強い風が吹いて、海沿いのシュテルンビルトでは凍えるほどだ。
公園の至る所でコートやマフラーに顔を埋める人を見かける。

「かぜ、強いけど、てんきいいね」
『ええ。ひとりで平気?』
「どうして?」
『最近、彼らと一緒だったから』
「そうかな」
『ええ』
「そっか」
『そうよ』
「ねぇ」
『何?』
「どうしてかな」
『何が?』
「どうして一緒だったんだろう」

たった一瞬、ピタリと風が止まった。

『わからない?』
「そう」
『本当に、そう?』
「そう」
『あらそう…そうね』
「なんで?おかしな、こと?」

風に、エアの長い黒髪が踊った。
機械越しに届いた笑い声にエアは小さく首を傾げる。
パーティーでも、ブルーローズに似たようなことを言われていたから。

「ねぇ。わからないのは、おかしなことなの?」

びゅうと吹いた風。
エアの声など電話の相手以外には誰にも聞こえることはない。

『いいえ。そんなこと、ないわ』
「なんで、笑ったの?」
『貴方らしいから、よ。貴方はそのままで、いて』
「そのまま?」
『ええ』
「死にたい、のに」
『死なれたら、困るわ』
「どうして?」
『どうしても』
「でももう、疲れた」

平日の昼。
公園の中にあるキッチンワゴンのおかげか、園内には人が集まり、人通りも中々多い。
買ってすぐオフィスに帰る者もいるが、風を避けるように建物にぴったりと沿って置いてあるベンチはかなりの盛況ぶりだった。

空を見上げるエアは細い指を伸ばして、ゆらりゆらりと遊ばせる。
ぼんやりと見上げた瞳、その眉はいつにも増して苦しげに寄っていた。

「くるしい。まっくら」

「おねえちゃん。何してるの?」
「なに、してるんだろう」

不意に背後から子供の声がした。
ゆるりと振り返り視線を少しだけ下ろすとそこには小さな男の子。
見れば彼はジャスティスタワーで声を掛けてきた子だ。
ぱちぱちとエアは瞬きをして、視線を合わせるように膝を抱える。
ばいばいまたね、小さく電話の相手に伝えスマホをポケットに滑り込ませた。

「その声は、まえにも会ったね」
「うん。かくれんぼどうだった?」
「すぐに見つかっちゃった」
「えーそうだったんだ!残念だったね」

うきうきとした声と瞳は途端に元気を無くす。
しかしすぐに彼は笑顔になるとエアに手を伸ばした。
なでなで。
小さな手のひらがエアの頭を滑った。

「…ママはいっしょじゃないの?」
「ママ?あそこだよ。ママー!」

ママ大好きだよ、とそう言った男の子はキッチンワゴンに一番近い壁際にあるベンチへ座る母親に笑顔で手を振った。
母親はパステルカラーのコートにキャメルのブーツ、大判の鮮やかな橙のストールをしていた。
ゴールドステージの、いかにも上流階級といった感じではないのがとても魅力的だ。
そしてその側にはベビーカー、膝の上には赤ん坊を抱えていた。
ベンチとは30m程度の距離で、こちらを見ていた母親も男の子に手を振り返しそのままの笑顔でエアに軽く会釈をした。
エアはそれをどこか遠くを見るような顔で見る。

「おねえちゃんのママは?」
「ママ?」
「うん!やさしい?」
「…わかんない」
「怖いの?…ぼくも、ぼくが悪いことするとママ怖いけど、ママいつもぎゅってしてくれるから大好きだよ」
「そうなんだ」
「おねえちゃんのママはしてくれないの?」
「うん。してもらったことない」


だって。
両手を見つめ、エアは続けた。




「ママ、あたしが産まれる前にしんじゃったから」







∠main