Song of the murder. 28




Aという歌い手がここまで幅広く世間に浸透し受け入れられたのは、覚えやすいメロディやそのよく通る声音以上に、きっとその歌詞が心をとらえるのだろう。

最近の主流、と言ってはやはり何だが恋愛の歌が世界には溢れている。
片思いの切なさや失恋の哀しさ、寂しさなんて似通ったテーマをその時代の流行りのメロディが運ぶのだ。

その中で、Aが歌うそれに、恋愛をテーマにしたものはひとつもなかった。
デビュー前の投稿サイトの時からだ。
匂わせるような言葉が選ばれているのが伺える歌詞もなくはなかった。
しかしそれはあくまでも比喩しているというだけで、完全に恋愛をテーマというものは存在しないのだ。
まるで、日々の生活の中の、誰かの会話を切り取ったような、誰かの歌。
雨のうた雲のうた、子供の目線、口喧嘩、何処かの国の童謡の歴史、歌のうた、心、世界、光、闇、未来。
それはすべて、誰かの、為の、歌。
彼女の紡ぐもの。



「バニー」
「…何ですか」
「舌打ちはないだろ」
「知りませんね」
「ったく」

あーあー可愛くねぇなぁどいつもこいつも、隣からそんなぼやきが聞こえバーナビーは眉を寄せた。
虎徹が言いたいことがわからなくもないどころか、きっと自分の方が近くにいるのだ。
流していたAの歌が二人の間の凍るような気配を隠してくれていたのにラストの盛り上がりと共にぶつりと曲が終わる。
それにまた舌打ちしたい気分になって、指摘されたばかりの手前我慢するとぎゅうと更に眉が寄った。
頭ではわかっている。
でも自分でさえもて余す感情が何か分からず叫びだしたい程になっていた。
イライラして、勿論安全運転のままだが手に力を籠めるようにハンドルを強く握って、それでも収まらない。

「おいバニー」
「ちょっと黙っててください」

思わず強い口調で虎徹にそう返してしまっていた。
髪を掻き上げる。
奥歯を噛み締める。
それでも収まらず、何かに当たりたくてそんな気持ちをどうにかしたくて、どうにかしてほしくて。
ぐるぐるじくじくと身体を巡る嫌な気配は引かない。
本当はずっとエアと接する度に大きくなる気配だった。

バーナビーは僅か数秒だろう曲間がどうしようもなく長く感じていた。
中々始まらない次の曲、音量でも上げてしまえと手を伸ばし掛けたその時だ。

「…っ……」

まるでタイミングを図ったように、穏やかに。
次に始まったのは『光について』の歌だった。
ひくり、指先が震えた。
それはバーナビーが、Aの歌の中で一番気に入っている歌だった。
優しい、声だった。
途端に自分の中の殊更酷くささくれ立っていた気分が凪いでいく。
ああ、なんだ。
苛ついた答えが見つかるとバーナビーはぱちぱちと瞬きをした。
はぁ、と思い切り溜め息を吐く。
自分でも気づかないままに全身に入っていた力が抜けた。

「…すみません」
「あ?」
「別に、自分のことを、不幸自慢する訳じゃないですけど、」
「なんだ?お前がンな奴だって誰も思ってねぇよ」
「今なら、わかります。貴方が構いたくなる気持ち」

嫌という程。
嫌だと、恐怖にすら思ったくらいに。

すっかり落ち着いて、自嘲するバーナビーの目にジャスティスタワーのエントランスが見えてきていた。
うまく笑えない。
滑り込む直前、隣で虎徹がごそごそとポケットを漁りアイパッチを着ける。

「まぁ、俺さ」
「何ですか」
「俺も、…世界で一番不幸なんじゃねぇかって、思った時があったけど」

ホント、馬鹿みたいに幸せ者なんだわ。
小さく漏らされた言葉。
それを聞いてバーナビーは僅かに目を見開いていた。
虎徹が、自分のそういった感情を吐露するのは珍しいからだ。
いや、珍しすぎる。
思わず固まって、しかし虎徹は虎徹で恥ずかしかったのかバーナビーに視線を寄越さないまま、驚きに染まる表情を目にすることはなかった。
先程と逆に虎徹が大きく溜め息を吐き車を降りる。

「だって楓も、お前らみたいな仲間もたくさんいるしな!」

照れ臭そうに、まだ座ったままバーナビーの残る車内へ捨て台詞。
すぐにその背は遠くなり、エントランスに吸い込まれていく。



「……僕だって。それを言うなら、今なら負けてませんよ」

バーナビーは今度こそ笑って虎徹のあとを追い掛けた。



 → 



∠main