Song of the murder. 15




「さ、こっちに付け替えなさい」

車に乗り込みすぐ、運転しているネイサンが振り向きもしないままエアの膝へ投げて寄越す。
それは今までいた店のロゴが入った小さな袋だった。
窓に頭を預けていたエアがゆるゆると緩慢な様子で膝の上に視線をやり、それの中身を手の上に出す。
細いワイヤーが丸く張られたピアスだ。
輪に通された涙型のスワロフスキーが光っている。

「ピアス?エア、お前ピアス開いてたか?」
「じゃなきゃそれにしないわよ」
「や、だって……いやいやむしろ髪下げてるのになんでお前知ってんだよ」

すかさずネイサンが突っ込み、助手席に座っていたバーナビーが呆れる。
一番側にいるでしょうに。
その溢された言葉にちらりとネイサンがバーナビーを見るが虎徹はそのまま避難の声を上げたので、会話は続行。
あら?、なんてネイサンが小さく口内で言うのも誰も気づかなかった。



「ってなんでしまってるのよ」

ミラー越し、ぺたりとシールを貼り直しているエアを目敏く見つけネイサンが声を上げる。

「いらない」
「ちょっと!せっかく綺麗に着飾ってるのよ?女の子は可愛くしなきゃ」
「しない」
「何で!」
「やだ。……これは、だめ」

そう言うと袋から手を離してしまった。
エアがしているのは小さめの黒いパールのようなもので、今の格好には確かにネイサンが選んだものの方がいいだろう。

「おいおいせっかく買ったんだぜ?エア」
「いらない。しないやだ嫌い。これは、だめ…!」

座席の真ん中に置かれたピアスの袋を虎徹が拾い上げる。
しかしその手をぱし、と払ったエアは両手で耳を隠してしまった。
チリチリとした、緊張。
ぎゅうと眉が寄せられいつもより随分語が強く頑ななエアに虎徹は一瞬呆気にとられた。

「ま、まぁいいんじゃねぇか、ほら。そのままで。な、エアー…」

ふい、と虎徹に背を向けるとエアは窓に額を当てる。
手は耳を押さえたままだ。
どうするよ、これ。
エアにへそを曲げられた虎徹は困り果てて前に座る二人を見るがネイサンは、知らないわよお手上げと言って、バーナビーに至っては頑張ってくださいと言わんばかりににこりと笑うだけだった。
痛々しい沈黙が落ちる。




「あー…。……エア?」

ゆっくりと、また、恐る恐る虎徹は手を伸ばした。
今度は払われることなく頭に触れることが出来て、ほっと安堵を漏らす。

あとふたつ信号を通過すればアポロンメディアに着く。
ネイサンの運転はとてもスムーズで嫌な癖がない。
流れる景色はもうすぐオレンジ色に染まるだろう。
それでもだいぶ影の延びた時間帯で日向と日陰が交互に車内を通りすぎた。
完全に窓を向いたエアの後頭部をゆっくりと静かに、虎徹が撫で続ける。

「…なぁ、もうしねぇよ。替えろなんて言わねぇから。エア」

そう言えば、少しだけ腕が迷うように震える。
そのあと素直に両手は耳から外れ膝に戻った。
どうやら警戒は解かれたらしいが。
だがしかし、いまいち、エアのツボがわからない。
当たり前か、と虎徹は思う。
何も、知らないのだ。

「…大事なものなのか、それ?」

シュテルンビルトの街が流れる。
ガラスに遮断された車内はとても静かで穏やかに落とされた虎徹の声だけが響いた。

「これが嫌で、気に入らないんじゃないんだよな?……それを外したくないだけなんだよな?」
「………そう」
「そっか」
「これが、繋がらないと……困る」
「貰いもんか」
「疲れた」

ミラー越しに虎徹が見れば、それじゃしょうがないわねぇ、とネイサンが溜め息を吐いた。



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