Song of the murder. 9




真夜中。
静かに何かが動いた気がしてふわりと虎徹の意識が浮上した。
すりと腕に何か触れ、それが手の平へ移動する。
声が、聞こえる。
しかし覚醒しきらない眠りとの狭間で虎徹はずるずると意識を手放した。






朝の光が差し虎徹は眉を寄せる。

「ん、…っ……ぶし。」

ごろり、その光に背を向けるように体勢を変えようとするが腕に何かに当たる。
眉を寄せたまま薄く目を開けると真っ黒の瞳が覗き込んでいた。

「ぉうわっ!?ってなんだよエアか…も驚かすなよ……」
「おはよう。とら」
「んんーおはようさん。…とら?」

はー、と息を吐いて仰向けになる。
眩しくて腕を額に当て遮ったが、身体中の毛穴が一瞬開いた気がした。
寝起きドッキリにもほどがある。
恐怖だ、ホラーだ。
まぁ寧ろ彼女のその背景はおどろおどろしい闇ではなく、朝の爽やかすぎる後光だったが。

「そろそろ出ますよ虎徹さん」
「んぁ?」
「時間です」
「…っておいやっべ!ちょっ、バニー先起きてんなら何で起こしてくれねぇんだよ!!」

現れたバーナビーに促され時間を確認する。
虎徹が飛び起きると、準備万端に髪まで整え終わったバーナビーは玄関に向かう。

「何度も呼びましたよ…まぁ、貴方にしては珍しいですよね」
「は?え?……あー…そういやなんか、夢、見てたような…?」

顎に手を当て考えるが、起きるその瞬間まで見ていたような気がするのに何を見ていたのか思い出せない。
いつの間にか側にいたはずのエアもバーナビーのもとへ移動していて虎徹は慌てて身仕度を整えた。




デスクワークを終え、てはいないがくゎああと伸びをして一息つこうと虎徹は立ち上がった。
気になって振り返る。
エアは窓際に座り込み外を眺めている。
二人が出社して以来数時間、彼女はあそこから少しも動こうとしない。
ずっと、昨晩と同じようにガラスに寄り添って頭を預け膝を抱えたままだった。
デスクの前で立ち止まっている虎徹をちらりと見ると、バーナビーも彼女に目を向けた。
虎徹のように勝手気ままにあっちへこっちへと動き回らない彼女は邪魔にならないしバーナビーにとっては大変扱いやすいが、虎徹にとってはそうではないらしい。
虎徹が話しかけても彼女はあまり興味がないのか、うんとかそうとかしか返事はしなかった。
まぁ、まだ返事をするだけいいのかもしれないが。
自分が興味を持った時しか動かない。
丸一日彼女と一緒にいて、彼女について分かったのはそのくらいだった。

そして今もまた、虎徹は同じように立ち上がるがしかし今回は声を掛けようかどうか迷っていた。
さっさと声を掛けるならそうしてしまえばいいものを。
隣でそうも動かれては気にしたくなくても気になってしまうものだ。
はぁ、と虎徹へ聞こえるようにバーナビーが溜め息を吐いた。
昼までどうせあと数分だった。
もうデスクワークに戻るつもりもないのだろう。
するとやはり、虎徹はちらりとバーナビーを見たあと彼女に近寄っていった。

「……なぁエア、ずっとそうしていてそんなに楽しいか?」
「楽しい」
「…ああ、そうなの……」

しかし結局、これの繰り返しだ。
虎徹の手が彼女へ伸びる。
座り込んで縮こまる彼女の頭を撫でるとまた、ゆるりとその目が細められた。


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