秩序の要塞(5)


「……はぁ」
 ようやく座ることができた途端、どっと疲れが押し寄せてきた。今日だけで恐ろしいほど歩き回った気がするし、何よりも密度が濃すぎたような気がする。
 私が下層の街から連れ出されてまだ数時間しか経っていないというのに、もう三日はここにいるような気持ちだ。それくらい、今日はいろいろと説明を受けていた気がする。
 今私が座っているのは食堂の一角で、今日はここで最後だという。明日どうするかはまだ考えていないそうだが、明日からは雑務の処理があると聞いている。そのせいで、今日一日で騎空艇の整備場以外全部見せたのだと、先程ガンダルヴァさんから説明を受けた。
 その彼は今、食事を取りに行くため席を外している。私は座席の確保兼休憩とのことでここに座らされていた。配給スペースには長蛇の列ができており、これからが食事時なのだろう。
 騎空士というのは不規則な生活になるのだと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。決まった時間に多くの仲間と食事を楽しむということができるのは、羨ましかった。
「待たせたな」
 そうやってぼんやりしながら列を眺めていると、頭上から声が降ってきた。見上げたタイミングと同時に、トレーに載せられた食事が目の前に置かれた。山と盛られたサラダに野菜の炒め物、溢れんばかりのスープと大きなハンバーグ。パンはバターロールだが、これは一体何個あるのか。しかも、向かいにはもう少し多い量の同じトレーが置いてある。ということは、だ。
「……あの」
 顔が引きつっているような気がするのだが、それは気のせいではないと思う。食事を持ってきた目の前の人は何食わぬ顔で大量のそれに手を付け始めているが、それはその体を維持するためには必要な量がそれだからだろう。だが、私は違う。
「これ、全部私が食べるんですか……?」
 一体、どれだけの体格差があると思っているのだ。背丈も、腕の太さも、何もかもが違うというのに。どうして、ほぼ同じ量が載っているのだろう。私はいつも、これの半分くらいしか食べないのだけど。
「食えねぇのか」
「多すぎるんですけど……」
「はぁ? これ減らしてもらった方だぞ」
 これで、と悲鳴を上げたくなった。こんなことなら自分で取りに行った方がよかった、と後悔するも遅い。もう食事は目の前にあるのだし、残すことはしてはならない。
 ……もう、部屋に戻るだけだって言っていたし、頑張ってみるしか……。
 歩いているうちにすっかり日は傾き、夜になっていた。さすがに今から鍛錬をするとかそういったことはないはずだから、食べるだけなら何とかなるであろう。多分、だが。
 戻さないことだけを祈りながら、意を決してスープを掬う。白いスープはほわほわと湯気を立てていて、ごろごろとした野菜が入っている。ぱくりと食べれば、あっという間にほろほろと具が溶けていった。しっかりと煮込んだのであろう。甘くて、おいしい。
「口に合うか?」
 しばし呆然としていると、問いが飛んできた。見上げれば食事の手を止めていたガンダルヴァさんと目が合う。
「はい。おいしいです。……すごく久しぶりに自分が作ったもの以外のものを食べたんですけど、何だか、すごく、おいしいです」
「そうか。よく食え」
 答えは淡白で、また彼は豪快に食事を食べ始める。体が大きいせいなのもあるだろうが、食事の勢いが凄まじく思える。ちゃんと噛んでいるのだろうか、と心配になるのだが、飲み込んでいるようにも見えないし、ただ単に食事のスピードが全然違うのであろう。
 パンをちぎってスープに浸して食べると、パサパサとした感触が全く気にならなかった。それがおいしくて、あっという間に一つ平らげてしまう。次に手を伸ばす前にナイフとフォークを手に取ってハンバーグを切り分けた。透明な肉汁が溢れてきて、それだけで食欲がそそるようだった。
 ……あったかい。
 誰かが作った食事の温かさが身に染みる。いつもはある程度片付けた後に食べ始めているから、少し冷めた食事を口にしていたが、これはまだ温かいまま。自分が一体、どれほど寂しい食事をしていたのかということを思い知らされるようだ。誰かの話し声が聞こえて、すぐ近くで食器が鳴る音が聞こえて、時折会話をして。私にはどれも縁遠いものだったから、何だかとても尊いもののように思えた。
「船団長!? 何て量食べさせてるんですか!?」
 食べても食べても減らないような食事を進めていると不意に後ろから声が掛かった。勢いよく近付いてくる足音が止まったかと思うとすぐ横で、少し乱暴にトレーが置かれる音がした。ガシャンと耳障りな音が鳴るも、それを鳴らした張本人は気にしていないらしい。
「うわ、ガンダルヴァ船団長、女性にそんな量食べさせてるんですか」
「あ? 文句あっか」
「大ありですよ! これ、ドラフの女性が食べる量じゃないでしょう! 基準をせめてヒューマンにしてください!」
「知るかよ、んなもん。向こうが勝手に作ってきただけだ」
「自分のものじゃないってちゃんとアピールするところでしょう、そこは!」
 最初の悲鳴にも似た声の主以外にももう一人。男女一人ずつが私の横に立った。女性の方はそのまま私の横に座り、男性の方はガンダルヴァさんの隣に座った。斜め向かいの男性は、問答無用で私の野菜炒めが入った皿を取り上げ、自分のそれに半量程を盛った。
「体格が違うんだから食べれる量も違うに決まってるでしょう! あぁもう、全部多いわね」
 女性の方はひとまずパンを二個、そしてサラダを奪い取っていった。
「あんたハンバーグ食べれる?」
「切り分けてるのいくつかくれよ。いける」
「おっけー」
 ぽかんとしている間に、二人は私の皿から山のようにあった食事を分け合った。そのせいで二人とも皿の上に小山ができてしまったというのに、彼らは少しも気にしていないようである。
「スープは無理だから頑張ってもらうしかないわね」
「まぁ、スープなら大丈夫だろ」
 うんうん、と頷いてはいるが、私の意思を訊くつもりはあまりないらしい。いや、訊かれたとしても、「食べれます」としか言いようがないが。
「おいお前ら、突然来て飯奪ってくのはいいが、こいつが戸惑ってるだろうが」
「あ、ごめんなさい、つい。船団長が無茶なことを仕掛けるものだから」
 ガンダルヴァさんの呆れ声に、二人はようやく我に返ったようだ。謝罪を受けるも、特に何かをされたわけではないので、首を横に振って気にしていない旨を伝える。むしろ、助かったくらいだ。あの量を食べきることは、やはり難しいように思っていたから。
「船団長、時折無茶を吹っ掛けるから、気を付けてね」
「わ、分かりました」
「おい何吹き込んでやがる」
 ガタっとガンダルヴァさんがテーブルを叩いても、二人はけらけらと笑うだけだ。軽いやり取りであるように見えるが、そこにはたしかな信頼関係が見え隠れしているように思えた。少なくとも、私ではそんなやり取りをすることは不可能だ。
「はぁ……。うるせぇのが来て悪かったな。今回オレ様と一緒にアマルティアまで派遣された奴らの二人だ。これからお前の同僚にもなる」
「同僚!? この子、うちの団に来るんですか!?」
「へぇ、第四騎空艇団ではなく、うちで引き取れるんですか」
「あぁ。オレ様が面倒を見る。まだやることが沢山あっから、しばらくはアマルティア暮らしだ。わりぃな」
「全然! むしろ可愛い子が来るだけで嬉しいです! あ、あなたの名前は? 歳は?」
 キラキラと目を輝かせる二人に圧倒されながらも、歳と名前を告げれば、相手も同じように名乗ってくれた。そういえば、男性の方はガンダルヴァさんと一緒に街まで来ていた気もする。あの時は、周りに気を配る余裕がほとんどなかったが、今思い返せば、いたような気もする。
 ついでに握手も二人と交わした。手を差し出された時は一瞬何をされるのかと思ったが、初対面での挨拶代わりに握手を交わすことを思い出し、勇気を出して私も手を差し出した。私の小さな手は叩き落とされることなく、大きな手に包まれてゆっくりと握られた。「よろしくお願いします」と告げた声が震えていないかどうかだけが、気がかりだ。女性とも握手を交わした。こちらは男性よりも手は小さいが、それでも私のものよりも大きい。そして、二人共優しかった。私の、知らない温度のようで、それが少しだけ、怖い。
 ……ずっと、優しいんだろうか。
 例えば、私がどんな存在であるかを彼らが知ったとして。それでも、同じように握手は交わせるのだろうか。
 幾度となく裏切られた記憶が蘇り、溜息を吐きたくなった。でも、誰かがいる前でそんなこともできず、私はぐっとその衝動を堪えた。
「そっかぁ。うちに来てくれるんだ、嬉しいな」
「……嬉しい、ですか」
 食事の皿の中身がほとんどなくなった頃、女性が私を見ながらにこにこと笑う。見れば、彼女の皿の中身もほとんどなくなっている。ふと男性の方を見れば、そちらはもう食べ終えていて、何て恐ろしい早さなんだと驚かずにはいられない。もしかしたら、私が遅いだけなのかもしれないが。
「だって、船団長が認めた強さの子が来るんだもの。楽しみにもなるわ」
「私は、別に……」
 強いわけではないのですが、という言葉は彼女の人差し指に遮られてしまった。唇に添えられた人差し指が離れていくと、彼女はにこりと微笑む。
「弱い、なんてことはないって聞いてるよ。今まで誰も認めてくれなかったから自信がないんだろうけど、あなたはとっても強くなると思う。もちろん、努力次第だけど」
「そう、でしょうか」
 誰かと剣を交えたことなんてほとんどなく、一人でずっと剣を振るっていただけの私が、強いなんて。
 ありえないと、そう思った。実体のない幽霊を斬り続けただけのような私が、ただ一度の手合わせで何を認められたというのだろう。昔教えられたことをずっと繰り返していただけだというのに。攻撃の仕方、剣を受ける時の力の流れ、回避できない時の身の守り方。それは全て、かつて騎空士だった父から教えられた技術で、昔言われたことを、ずっと鍛錬していただけのこと。思考停止とまでは言わないが、私の鍛錬に自分オリジナルのものはあまりなかった。強いて言えば、隠れてできる鍛錬を考えたくらいだ。
 魔物すら、この数年でほとんど相手にしたことがない、実戦経験がゼロに近しい私が、本当に強いわけがないのだ。きっと、彼らはいつか失望するだろう。私の、弱さに。
「そうよ、そうよ! いやぁ、楽しみだなー。将来有望な子が増えるのは良いことだもの」
「そうそう。新しい風って大事だからな。船団長、ありがとうございます」
「いや……別にそんなことは意識したつもりはねぇんだがな」
 溜息交じりにガンダルヴァさんは呟いた。そんなつもりは、とはどういうことであろう。他に、目的があるのであろうか。
「ま、こいつの世話はお前達も焼いてくれ。悪い印象だけは与えるなよ」
「了解しました!」
「了解です!」
 ビシッと手を上げて敬礼を即座に取る二人。あまりにも明るいその態度に少しばかり戸惑う。これ、いつかは慣れるのであろうか。
「ぉ、ちゃんと食べれたね。よかった」
「そうね。しっかり食べなきゃいけないとはいえ、適量があるものね」
「あ、はい。その、ありがとうございました」
 空になったトレーを見て二人が喜んでくれているのを見て、即座に謝意を述べた。どうにか完食できたのは、半分ほど食べてくれた彼らのおかげである。明日からは自分の分は自分で取ってこようとも決意できた。
「それじゃ、俺らは一足先に戻りますね」
「お二人とも、おやすみなさい」
 トレーを持って席を立った二人はぺこりとお辞儀をした。
「おぅ、またな」
「おやすみなさい」
 慌てて挨拶をすれば、彼らは微笑んで連れ立っていった。
「……ごちそうさまでした」
 そうしてようやく、私はきちんと終わりの挨拶を告げられたのだった。
「疲れただろ。オレ様達も部屋に行くか」
「はい」
 ガンダルヴァさんの提案に即座に頷いて、私も席を立って、彼の後に続く。返却口の場所を教えてもらい、そこにトレーを戻した後、再び庁舎の通路に出て、また階段を上った。喧騒こそ響いてくるものの、その大きさは昼間よりも少ない気がした。もう、それぞれの時間を過ごし始めている人が多いのだろう。
「この階はオレ様達みたいな、第四騎空艇団の人間以外が使ってる場所だ」
 その中でも一際静かな階を進んでいく。人の姿はほとんど見受けられず、誰かがいる気配もあまり感じられなかった。しばらく進んだ頃、ある部屋の前で立ち止まる。
「こうして呼び出されたり、会議のために駆り出されたりすることもあっから、部屋が用意されてる。今回、お前の部屋はこの第四騎空艇団の計らいでオレ様の部屋の横にしたそうだ」
 そうしてガンダルヴァさんは懐から鍵を取り出して、その扉の鍵を開けて、扉も開けた。
「とりあえずはこの部屋を使え。掃除はしたって聞いてるが、しばらく使ってない部屋だからな。汚れてるかもしれねぇが、不都合があれば遠慮せずに言え」
 さっと部屋の中を見渡す。ベッド、クローゼットらしきもの、テーブルにイスと、最低限の物はあるようだ。窓は、一つ。今はカーテンは閉められていた。
「……あの」
「何だ」
 この部屋を見て最初に感じたのは、漠然とした不安だった。窓があるのを見て、急に不安になったのだ。本当に、大丈夫なのだろうか、と。誰にも迷惑はかけないのだろうか、と。
 しかし、この人に本当のことを告げても、同じように漠然とした不安を煽るだけだ。それを告げることなど、どうしてできようか。
 私の言っていないことまで知っていることは事実であるが、全てを知っているとも限らないのだ。裏からの嫌がらせがどういったものか、という話は、具体的にはしていないはずだ。
 だから、余計なことは言わない方がいい。
「…………すみません、何でもありません」
 首を横に振って答えると、舌打ちが聞こえた。
「煮え切らねぇな。言いたいことがあるならはっきり言え」
 振り返ると、腕を組んだ彼が私を見下ろしている。睨んでいるわけではないといっても、私より遥かに背の高い人にそう見下ろされると威圧感があった。
 それでも私が答えられないでいると、今度は溜息が降ってくる。
「ここにいても石は飛んでこねぇし、脅迫文も投げ込まれねぇよ。ここをどこだと思ってんだ。安心しろ」
 ……あぁ、本当に。
 その答えを聞いて押し寄せてきたのは、安堵などではなかった。けれど、絶望とも違う。諦めにも似た何かだと思うが、知られていたところで何を諦めればいいのか分からないから、それも多分違う。けれど、たしかに一つ分かることがある。
「本当に、全て、ご存じなんですね」
 何もかもを知った上で、この人は私をここまで連れてきたのだ。
 何年も何年も、来る日も来る日も私はずっと一人でいろんなことに耐えてきて。誰も、助けてなんてくれなくて。周りは徹底的に私にやっていることを隠していたから、私が誰かに何を言ったところで、子どもの妄言だと、誰も信じてくれなくて。もう、諦めていたのに。
 誰も私の話を聞いてくれないのだと、誰も、この街の本当の姿に目を向けはしないのだと、思っていたのに。
「問題視はされてたからな」
 ガンダルヴァさんの答えは簡潔だった。秩序の騎空団では、問題になっていた。それだけだ。それ以上の言葉は、望めそうにもなかった。待てども待てども、続きが語られる気配はない。
「もし家に入用のもんがあるなら、その時はいつでも言え。オレ様がお前の家まで付いて行ってやる」
「え……。いや、そんなことまでは……。家に、帰るくらい」
「自分のことだ、どうなるかなんて自分が一番分かってるだろ」
 唇を噛んで俯くしかなかった。
 ガンダルヴァさんの言う通りだ。どうなるかなんて、私がよく分かっている。だからこそ、彼が付いてきてくれるというのも、理解できる。そうしなければ、私の身の安全が少しも保証できないためだ。
 でも、いくら何でも、出会ってすぐの関係である彼に、そんなことまで頼むことなどできない。ここまで迷惑を掛けているというのに、更にこれ以上迷惑を掛けるだなんて。
「それに、お前はもうオレ様の配下だ。上官の言うことは聞くものだ」
「……はい」
 正式に秩序の騎空団に入団し、彼の率いる船団に所属する以上は、彼の言う通り、私達の関係は上官と部下になる。そうした上下関係が形成される場合、上官の言葉に従うのは、部下にとっては絶対の決まりとなる場合が多い。彼の率いる船団はどうかは分からないが、彼の言葉を聞く限りは、上官の命令には従うべきものなのだろう。
「それに、だ」
 組んでいた腕を解いたかと思うと、片膝を突いて私に目線を合わせてくれた。
「法律上、ではあるが。お前の後見人はオレ様だ。家族とは言えないが、正式な支援者だ。難しいことはよく分かんねぇが、まぁ、何だ。とにかくオレ様を頼れ」
 いつの間に、そんな話がまとまったのであろうか。私が秩序の騎空団に籍を置くことになってから、ずっとガンダルヴァさんと共にいたから、そのようなことを話し合う時間などなかったはずだ。まさか、私とガンダルヴァさんが離れている短い時間で取り決められたというのか。
「本当に、何から何まで……」
 私一人のためにこんな大きな組織を動かして、申し訳ない気持ちになった。私のような、全ての人に恨まれるだけの人間が、こんな扱いを受けてもいいのだろうか。
「謝んなよ」
 しかし、謝罪の言葉は封じられた。どうも彼は、必要以上の謝罪というものを嫌うらしい。
「お前は当然の権利を受けるだけだ。それでも、もし気に病むってんなら」
 ガンダルヴァさんがニッと歯を見せて笑う。
「働いて返せ。お前はもう、秩序の騎空団の一因だ。功績を残して、それで恩を返せばいいだけの話だ」
 間違っては、いないだろう。この組織に身を置く以上、この組織に貢献することが、何よりの恩返しになる。
 与えてもらった分、返せばいいだけだ。それは、この人個人に対しても、同じことである。
「……分かりました」
 小さく頷けば、ガンダルヴァさんも満足げに頷いた。
「オレ様の部屋はそっちだ。何かあったらいつでも来い」
「はい」
 ガンダルヴァさんが示したのは、私から見て、左側だった。そちらが、彼の部屋であるという。訪れることは少ないに越したことはないが、覚えておいて損はないだろう。
 私が首を振ってそれに答えると、ガンダルヴァさんは立ち上がって部屋の外に向けて歩き出した。
「じゃ、今日はここまでだ。明日の朝迎えに来る。ゆっくり休めよ」
「はい。……おやすみなさい」
「おう。おやすみ」
 開かれた扉は、パタンという小さな音を立てて、閉じられた。足音が、遠ざかっていく。
「……おやすみ、か」
 最後に交わした言葉を思い出し、ふと笑みが零れた。夜の、挨拶。明日の再会を願う、挨拶。
 それを、誰かと交わせたことが、嬉しかった。私は、どうも、一人じゃないらしいから。
 何年かぶりの、その些細な言葉の応酬は、止めていたはずの私の心の時を動かしているようだった。朝がやってくるのが楽しみだと思えたのは、一体いつぶりだろうか。

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