生きることは耐えること(10)


「力……?」
 世界の真理、とはまた難しい言葉であるが、要するに、力こそが全てということなのだろう。
 頭の中でそう変換さえしてしまえば、ガンダルヴァさんの言葉が理解できるようだった。
 力があれば、全てを守れる。自分も、自分以外の誰かも。自分よりも弱い者だって守れるようになるのだ。もっとも、私に守るべきものは存在しないけれど。
 でも、誰かから一方的に危害を加えられるのではなく、自分の身を自分でしっかりと守って、自分に危害を加えてきた者を罰しなければならないのなら、ガンダルヴァさんの言う通り、『力』が必要なのは、間違いない。それがないのなら、何も守れないのだ。だって、自分の身は、自分で守るしかないのだから。
 今までは、相手が私を殺さないように加減していたわけだが、それがいつ変わるのかは分からなかった。私が生きているのは、運がいいだけだったのだ。怖くて剣も抜けない弱い私が、こうして生きているのは。
「あぁそうだ。力さえあれば何でも守れるんだよ。お前がどうしようもねぇ怪我をしなくてもいいということでもある」
 それには、素直に頷いた。だって、それをもう、嫌というほど味わってしまったから。
 法や秩序といった決まりごとは、結局のところ、強いものの味方なのだ。弱き者の声というのは、結局のところ、誰も聞いてくれやしない。それは、握り潰されてしまうものなのだ。だから、私は助けられなかった。私よりも強い人が、秩序を司るところへと声を上げに行くことを許してはくれなかったから。
 そうならないようにするためには、結局、力が必要なのだ。自分を、守りたいのであれば。
 とはいえ、力を付けすぎれば、それはやがて暴走の原因となって誰かを傷付けかねない。その時に、法や秩序は、初めて誰かを縛るのだ。行き過ぎた力は罪であるのだと知らしめるものが、法だ。力を持った誰かを統制するための道具が、秩序だ。
 そして、そうした法や秩序をかざして、間違った方向へ力を揮う者達を統制し、矯正し、あまり力が無いものを守る組織が、秩序の騎空団ではないのか。
 そう考えれば、法や秩序といったものは、決して弱者の味方なんかではないことが分かる。そうだ、あれは、間違った方向へ力を揮うものを罰するためのものだ。私のような人間を守るためのものじゃない。
 ……力だけが、私を守ってくれる。
 力を付けて、法や秩序の範囲の中でそれを揮えば、私は、誰にも暴力を振るわれずに済む。誰にも暴言を言われなくても済む。その力があれば、私は、生きられる。一人でも、誰かと一緒でも、きっと、普通に生きられる。
「お前がオレ様と来るならその力を与えてやる。オレ様がお前を守ってやるし、オレ様がお前に力を身に付けさせてやる。理由のねぇ暴力を、もう二度と与えねぇ」
「……そんな」
「何だ、不満か?」
 ふるふると首を横に振る。そうではない。不満なんかではないのだ。ただ、そこまでしてもらえる理由が、分からないだけで。
「私に、そこまでの価値があるんですか? ガンダルヴァさんの部下にしてもらえるだけの価値が、本当にあるんですか?」
 たった一度の手合わせと、少しの会話だけで。それだけで、秩序の騎空団の中に居場所を与えてくれると言ってくれた人。私には、分からなかった。ここまでしてもらう理由が、全く。
 期待外れかもしれないのに。全然伸びないかもしれないのに。それなのに、本当に連れて行ってもらっていいのか。
「力は、たしかに見せてもらった。きちんと伸ばしてやりゃあ、ここでもかなり上の実力を手にすることができるはずだ。面倒事を解決するついでに、見てみてぇって思っただけだ。悪いか」
 そうだった。連れ出される時も、毎日街で騒ぎを起こされると迷惑だと言われたのだった。普通に生きていることが、問題なのだ。この街に居れば、来る日も来る日も大なり小なり騒ぎを起こされて、その中心に放り込まれるのは、間違いないのだから。
 私を連れ出すのは、そういった理由もあるのだと、忘れていた。連れ出されるだけの価値があるのか、ってずっと考えていたけれど、それ以前に私を街から引き離すことが、この人の目的だったわけだ。多分、私に関する問題のせいで、この人は別の空域からこうして駆り出されているのだから。
「理由としては、不足か」
「いいえ、十分です」
 この人は、私という厄介事を背負うだけなのだ。その上で使えればそれでいいと、そう思っているのだろう。
 でも、それで十分だ。私に何か見出しているのではなく、厄介なものを解決するための手段として連れて行ってもらえる。そう考えた方が、気が楽だ。もしも期待に応えられなくても、それは私が穢れていて、不幸を呼んで、何の役にも立たないことを証明できるということなのだから。
 そして、万が一私が、彼から与えられた力をきちんと受け取れたのであれば、きっと、自分を守れる。誰かを守れる。私を助けてくれたこの人を、守れるかもしれない。
 力こそが全てで、強い人が好きだと言うのなら。そして、そのための道をきちんと示してくれるとまで言ってくれるのだから。それに、応えないわけにはいかないだろう。ここまでしてもらって今更断るなんて、そんなことできない。
「私、頑張ります。強く、なりたいです」
 ガンダルヴァさんを見上げてはっきりと告げると、その瞳が細められ、小さく頷かれた。
「よし。そんじゃ、さっきオレ様が言った約束。あれは守れるか」
「怪我を隠さないことと、甘えることですか」
「あぁ」
 どんな理由であれ、新しい傷ができてしまったらガンダルヴァさんに報告する。これから秩序の騎空団の仕事をするのだから、怪我とは無縁ではいられないだろうが、どうして怪我をしてしまったのかも含めて言えばいいという話のはずだ。それくらいなら、多分、大丈夫。誰かに傷つけられて、とか、そういったことはきっとないはずだし。
 問題は、甘える方だが、こちらはつまりは、頼れという話で。自分一人でどうにもならない問題なら誰かの力を借りる。同じ艇に乗る者同士なのだから。それをちゃんと言える自信はなかったけど、連れて行ってもらうのだからちゃんとできるようにならなければいけないだろう。
「……はい」
 自信はなかったけれど。でも、約束をする以上は、それはちゃんと守りたいと思う。
 手当てをして包帯を巻いた場所を擦りながら、けれどガンダルヴァさんから視線は逸らさない。
 こうした怪我は、もう隠してはならない。私は、この街を出るのだから。この人に付いて行くのだから。そのための約束は、ちゃんと守らなければならないのだ。
「約束します。皆さんを、頼ると。それから、怪我を、隠さないと」
「おし、そんじゃ、約束だ。守れよ」
 はい、と頷くと大きな手が私の頭を撫でてくれた。ぽんぽんと何度か軽く撫でてくれただけだったけど、その大きな手が温かくて、何だか擽ったい気分になった。
 その手が離れていくのがもったいないと思ったけれど、追いかけるわけにもいかない。手を伸ばしたい衝動をぐっと抑えて、私はまたガンダルヴァさんを見上げた。

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