立向居連載 | ナノ








砂を踏みしめる音、それから、砂埃。咽そうになりながら、けれどすぐに次の衝撃が身体を襲う。咳き込む暇さえもなかった。


「ぐっ、う…」


私が声を漏らせば大人たちは喜んでもっと、もっとと力を込めた。一発、二発、それこそ数えられないくらいの蹴りを私の身体に叩き込む。私はただ身体を丸めてそれに耐えるしかなかった。
研崎の言う【散歩】とは、即ち私を甚振ることである。しかも彼自身が手を下すわけじゃなく、彼の手下が私に手を加えるのだ。殴り、蹴り、そして罵声を浴びせる。出来損ないめ、と。彼はお父様の大切な部下の一人なわけだから、お父様を思うと私は下手に彼に対し何かを言える立場にない。役立たずは必要ない、なら私はこうして研崎の役に立てているのではないか、鬱憤を晴らすという役に。そう自分に言い聞かせ、時が過ぎるのを待つ。
今日も容赦なく続く私にとっては拷問のような時間。そういえば今回は何処につれてこられたんだろうか。いつもこうする時は大体が何処か見知らぬ土地だった。お父様の目につかないように(研崎も私がお父様に言うとは思っていないらしい)場所を選んでいるらしいけれど、今はそんなことさえどうでもいい。どす、と鈍い音が響いてお腹にまた一発。息がしづらいなあ、そう思っていた矢先だった。


「何してるんだ!」


聞き覚えの無い声と共に私を蹴り続けていた大人たちが動きを止め舌打ちする。ぼそぼそと二言ほど会話を交わして、彼らは私をその場に残して姿を消した。やっと終わった、そう思って安堵の溜息を吐いた。すると砂を踏みしめる音が聞こえてきて、それは私のすぐ横で止まる。


「大丈夫ですか?」


身体が浮いて、霞んだ視界に入ったのは一人の男の子だった。明るい色の髪はぴょんぴょんと跳ねていて、少し焼けた肌をしている。大丈夫だと声を出そうとすると喉に何かがつっかえて、思わず咳き込んでしまった。男の子の大きな瞳が揺れて、私を抱き起こそうと背に回した腕に力が篭められるのを感じた。優しい子だな、と思った。


「近くに川があります、そこまで歩けますか?」
「…う、ん」
「肩、貸します。行きましょう」


男の子に肩を借りてふらつく足になんとか力を入れて立ち上がった。蹴られた部分が傷むけれどそんなこと言っている暇なんてない。ふらふらと覚束無い足取りだったけれど男の子がしっかり支えてくれるおかげで何とか前へ進むことができた。少し歩いた先に見えてきた川のほとりで下ろしてもらい、手のひらで水を掬うと砂に塗れた顔を濡らした。小さな痛みを覚えた。どうやら顔に傷が出来ているらしい。


「…なんであんなことされてたんですか?」
「え?」
「大の大人が女の子相手にあんなのって…酷すぎます」


隣へ視線を向けると怪訝な表情を浮かべる男の子。見ず知らずの私に手を貸したことといい、彼は心優しい人なんだなあと思った。私ならそんなことしない、見てみぬ振りというやつを決め込むだろう。思わず苦笑を浮かべた。


「…助けてくれてありがとう」
「い、いえ、そんな。偶然通りかかっただけですし」
「君は、どうしてあんな所に?」


そう言えばあいつらは大体人目につかない所で事に及ぶことが多かったというのに、どうして今回は彼に見つけられたのか。そう思って聞くと初めて彼はにっこりと笑った。笑顔の似合う男の子だと思った。


「一人で特訓してたんです」
「へえ、部活の?」
「はい。サッカー部ですから」


サッカー部。そう聞いた途端頬が引き攣るのが分かった。まさかお父様は彼の学校まで破壊してないよね、と。別にどの学校が破壊されようと私の知ったことではないけれど、でもこうして助けてもらった彼の学校くらいは残っていて欲しい。そう思いながら彼を見ていると、男の子は自分の手のひらを見つめながら目を輝かせた。


「俺、憧れてる人が居て。その人の技を出せるように特訓してたんです」
「が、学校では…やらないの?」
「グラウンドは先輩たちが練習で使ってるんで、あんまり人が居ない所でまず特訓を」


グラウンドは使用中、ということはどうやら破壊はされていないらしい。ほっと息を吐いた。そっかと言葉を返し、私は立ち上がった。まだ所々傷むけれど、いつまでもこうしているわけにもいかない。早く戻らなくちゃ、お父様に気付かれる前に。すると不意に男の子の方から「あっ」と声が聞こえた。


「羽…」
「ん?」
「羽みたいですね、それ」


男の子が指差す先、それは私の首筋だった。この忌々しい痣のことか、そう分かった途端私の中で大きな溜息が吐かれた。この痣にはいい思い出なんて一つも残っていなかったからだ。けれど出逢ったばかりの彼に話すようなことでもない。私は彼に笑顔を浮かべた。


「よく言われる」
「珍しいなあ…まるで、天使の羽みたいだ」


まじまじと見られるのはそう気分のいいものではない。私はさり気なく服の裾を上げてそれを隠すようにすると、軽く服の砂埃を払った。かなり汚れてはいるけれど、そんなに見れないものでもない。大丈夫だ。踵を返そうとして、折角だからと口を開く。


「君、名前は?」
「俺ですか?陽花戸中一年、立向居勇気って言います!」


立向居勇気。どうか彼の学校が壊されることがありませんように。心の隅で小さくそう呟いて、色々ありがとうと言ってから彼、立向居くんに背を向けた。後ろから「あなたの名前は?」と聞く声がしたけれど軽く手を振ることでそれを返事にする。特に名乗る必要もないだろう。多分もう逢うこともないだろうから。
ああいうタイプの子は初めてだったなあと思いながら、私は鈍く痛む身体を軽く抱きしめた。



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