立向居連載 | ナノ











いい機会だと思った。陽花戸中に来たのは父さんに必要なノートを奪いに来たこともあるけれど、アリーシャと仲良くしていた彼に力を差を見せ付けることも、俺の中では理由の一つだったからだ。アリーシャと彼とを引き離してしまえばきっと彼女はまた俺たちの前で笑っていてくれる。俺の知らない彼女なんてそんなのなくていいんだ。


「みな…さん…」


一人、また一人、肩慣らし程度といった感じで陽花戸中のメンバーを立ち上がれないようにしていく。所詮強化された俺たちの前ではこんなものだ、聞こえてきた声にゴールへ顔を向けると先程までの威勢は何処へやら、彼…確か立向居と呼ばれていた男の子は目を見開いて呆然と立っていた。もうフィールド上で立っている陽花戸中の生徒は、彼だけだった。


「もう君だけになっちゃったね」


歩きながらゆっくりボールを転がし、止めた。俺と立向居くんはゴール前で向かい合う状態になっている。俺はやんわりと口角を持ち上げた。


「さっきまでの威勢はどうしたのかな。学校を守るんじゃなかったのかい?」
「っ…俺一人でも、守ってみせる!学校も…ゆい先輩も!」
「…ゆい先輩…?」


強い意思を篭められた瞳が俺を射抜く。ただただ不快でしかなかった。彼女のことを守るだとかよく意味の分からないことを言っていることもだし、何よりアリーシャを本当の名前で呼んでいることが、苛立たしかった。立向居くんにだけ聞こえるほどの声量で俺はそっと口を開く。


「違うよ、彼女の名前はアリーシャ。君の言う先輩なんかじゃない」
「…アリーシャ…」
「それに君に守られるほどアリーシャは貧弱じゃないよ。彼女のことは俺の方がよく知ってるんだから」


彼に俺の気持ちが負けるはずない、だって俺はずっと彼女と一緒に居たんだ。ずっと傍でアリーシャを見守ってきたんだ。だから、そんな、


「じゃあどうして…あの人のこと、守ってあげなかったんですか…?」
「守る…?」
「怪我とかたくさんしてたのに…暴力だって振るわれてたのに…!」


ぐらりと視界が揺れたような錯覚に陥った。アリーシャからは一言も聞けなかったことを彼は全て知っていて、俺より彼女の力になっていて。そう考えるとこれ以上ないほどの苛立ちがじわじわと俺を支配していくのを感じ取った。


「…ゆい先輩のことを知ってるなら、どうして怪我させないようにしてあげなかったんだ!」
「うるさい…っうるさい、うるさい!」


気付いた時にはもう既に力いっぱいボールを蹴っていて、それが凄まじいスピードで彼の元へ飛んでいった。感情に呑まれたままの俺は加減なんてこれっぽっちもしていない。嫌な音がして彼の腹部にめり込むような音がすると同時に、立向居くんはゆっくりと地面に倒れていく。潜めて声を大きく張り上げてしまったこともあり、フィールドの外から息を呑む声が聞こえた。ただそれだけじゃ飽き足らない俺はそのまま歩み寄ってすぐ近くで彼を見下ろす。既に意識を失っているであろう立向居くんは、どれほど俺の知らないアリーシャを知っているのだろうか。そう考えていると強い力で片腕が引かれた。


「もう、いいでしょ…グラン…!」


振り返ると俺の腕を掴むアリーシャが俯きながらそう呟いた。ようやく我に返るとジェネシスのみんなも些か驚いたような表情を浮かべている。ああ、我を失うとは正にこのことか、俺は呑気にそう考えるとフィールドの外で俺を睨みつけている円堂くんへと視線を移した。


「そうだね、準備運動はこれくらいにしようか」


ただ間接的に伝えられた真実が黒々とした靄のようになって俺の胸の中を漂っていることに、変わりはなかったけれど。





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