立向居連載 | ナノ









時計の針は12を示そうとしている。ああ、もうすぐ、もうすぐなんだ。もやもやする胸の内を吐き出す場所なんてなく、私はそっと溜息を吐いた。あの針が12を指した時、私は彼の、立向居くんの敵になる。できることなら時間を止めたかった、その時計の針をへし折りたかった。けれどそんなことはできないし、無意味なことだ。何もできない自分は無力だと思いながらそっと灰色の床へと視線を落とす。


「どうしたんだい、アリーシャ。もうみんな集まってるよ」


不意に背後から聞こえた声。今までは私を落ち着かせ、笑顔をくれていた人の声。けれどもう今は違う。ぞくりと嫌な寒気が背筋を走り、表情を顰めながらそっと振り返った。


「…グラン」
「大丈夫?気分でも悪いとか、」
「っい、や…!」


眉尻を下げ私を見つめるその表情は以前と変わらない、私を心配してくれるグラン。けれどそっと伸ばされた腕を私は叩いてしまった。きっと今の彼は以前と同じ彼だ。でもどうしてだろうか、同じだとは思えなかった。グランは驚いたように目を見開いている。とても気まずい、そう思うと彼を見つめ返すこともできずそっと俯いた。


「大丈夫、だから…」
「…そう、それならいいんだ。じゃあ俺は先にみんなの所に行ってるから。アリーシャも早くおいで」


届いた声があまりにも優しく、私はぱっと顔を上げた。するとそこにあったのは何処か悲しげに微笑む表情だった。胸の奥がツンと痛くなる。そんな私の横を通り抜けてグランは長い廊下を歩いて行ってしまった。声を掛けようにも上手く言葉が出なくて、私はまた俯いてしまう。グランが角を曲がって見えなくなってしまってから、私は深く溜息を吐いた。


「もう優しくしなくて…いいのに…」


そうすれば私はグランをなんとも思わなくなる。研究員の人たちに対するように何の感情も抱かなくなる。それなのに、あんなことを平然と言いのけた矢先どうして私に優しくするのか、あんな表情を浮かべるのか。悲しいのは私で、泣きたいのも私のはずなのに、どうして。結局私はグランを完全に嫌いになることなんてできなかった。グランの優しさだけが理由じゃない。だって彼は、私の大切な、


「大切な…家族なんだ…」


時計の針がまた時を刻むのを聞くと同時に、私は重い足を一歩前へ踏み出す。












黒い靄に包まれる。私はチームメンバーの一番右端に立っている。目を開ければ全てが変わる。変えたくない、そんなの、此処に立っている時点で今更なことなんだ。未だもやもやした気持ちのまま、けれど私は自分自身に言い聞かせる。私はもう十分自由にさせてもらったんだ、これ以上は望んじゃいけない、私に命をくれたお父様のためにできることをしなくてはならない。


「円堂くん、サッカー、やろうよ」


グランの冷たい声を聞きながら、私はゆっくりと瞼を開いた。





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