立向居連載 | ナノ










嫌だ、そう言えば何かが変わっていただろうか?否、それはないだろう。拒絶すればあの冷たい視線と共にもう一度ナイフのような言葉が突き刺さるだけ。今私の近くにいるのはお日さま園のときからずっと一緒だった幼なじみの男の子じゃなくて、別人のようだった。私はグランに、周りの研究員たちと同じような雰囲気を感じ取った。

いつもは夕日に染まっている陽花戸中学。それも今は満天の星空の下、月明かりに照らされるだけでほぼ暗闇に包まれていた。耳を澄ますと聞こえてくるのは何やらばしん、ばしんという音。息を呑んでその音から隠れるように目的の人物を探した。
しばらく歩くとその人はサッカーゴールの前に立っていた。辺りを見渡して誰もいないことを確認する。


「立向居くん」
「うわああ!…あっ、ゆい先輩!」


驚いたような声の後「こんばんは!」と言って私に笑いかけてくれる立向居くん。全身泥だらけで、それでも疲れたような表情一つ見せていなかった。その太陽のような笑顔は、私の大好きな笑顔だ。


「こんな遅くまで練習?」
「はい!今此処に雷門イレブンのみなさんが来ていて…俺、憧れの円堂さんにマジン・ザ・ハンドについていろいろ教えてもらったんです!だからその特訓を」
「雷門…イレブン…」


それを聞いて思わず眉を潜めた。タイミングがいいのか悪いのか。雷門イレブンはジェミニストームを倒してしまった、私にとっては憎むべきチーム。けれど立向居くんにとっては憧れのチームであり、嬉々として話すのは決しておかしなことではないんだろう。けれど、その考え方の時点で私は立向居くんとは違う立場にいるのだということを嫌でも思い知らされた。


「あっ、ゆい先輩も円堂さんに逢いますか?きっと今もタイヤの特訓を、」
「円堂くんは今お客さんが来てるみたい。さっき見たから、間違いないよ」
「え、お客さん?」


お客さんっていうのはグランのこと。グランが基地を出ていくのを見かけ、気付かれないように後をつけた先が此処だった。グランは円堂くんに対しいい印象を抱いているようだけれど、私は違う。彼の人柄とかじゃなくて、行った行為を忘れることができなかった。


「それより立向居くん、私、話したいことがあるの」
「俺に…?なんですか?」


すぐに言葉を出そうにも唇が震えそうになり私は慌てて俯いて大きく息を吐き出した。今日彼に言わなければいけないことを思い返す。頭の中を駆け巡るのは立向居くんに出会ってから今日までのこと。ぐるぐる回るそれの最後にグランの言葉が響く。私が逆らっていいはずはないのだ。私はゆるゆると笑みを浮かべて口を開いた。


「もう私のこと、先輩って呼ばなくていいよ」
「え…?」
「呼ばれる資格ないから、ね」


鼻の奥がツンとするけれど、此処で泣くのは些かおかしいのではないか。そう思いなおしてぐっと唇を噛み締めた。


「…ゆい先輩は、分からないことだらけですね」


ふと静かな声が耳に入り私は顔を上げる。立向居くんは悲しそうな表情を浮かべたまま私を見つめていて、その強い視線がしっかりと私を捉えていた。


「…もう私は自由じゃないから」
「どうしてですか?」
「どうしても。だからね、立向居くん…私、お別れを言いにきたんだよ」


腕を伸ばしグローブに包まれたままの立向居くんの片手を握る。更に不可解な表情を浮かべた立向居くんに上手く言い訳できるほど私はできた人間ではない。私は目の前の立向居くんにもう一度笑いかけた。


「いろいろありがとう」
「ゆい…先輩…」
「…明日、気をつけて…」
「明日?」


最後にそれだけ言うと私は立向居くんの手を離して勢いよく駆け出した。私はいつも彼から逃げるようにして姿を消しているんじゃないかと思うほど、この光景は何度も見たものだった。最後に口を滑らせてしまったものの、明日会うのは私たちだと言うのに、何をどう気をつけるというのだろう。ただただ混乱するばかりだった。

これでいい。間違っていないんだ。私はお父様のために存在する。これ以上立向居くんと関わり続けると計画に支障が出るかもしれない。だからこれでいいんだ。これで、いいんだ。
私は苦々しい表情を浮かべて、首筋の痣にそっと触れた。




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