立向居連載 | ナノ










無機質な床を靴の底で蹴る。音が反響して少し大きく聞こえるそれはきっと私にしか聞こえていない。扉が開いて私の前に広がるのは大きな練習場。タオルとドリンクを入れた籠を両手一杯に抱えて私はよろよろと進んでいった。ベンチは何処だっけ、前がよく見えない。


「そのまま行くとフィールドだよ。ベンチにはつかない」


そう言われて籠を押されて立ち止まった。一歩下がって足元にその籠を置くと私の前に立っていたのは呆れたように苦笑するグラン。辺りを見渡すともう少しでフィールドに足を踏み入れるところだった。


「あ、ごめん。前見えなくて」
「言ってくれたら手伝うのに」
「これはマネージャーの仕事だから」
「でも女の子一人にさせる仕事じゃないよ。次からは俺を呼んで」


いい?グランにそう言われては何も言い返せず、私は大人しく一度頷いた。満足そうに笑うグランに私は自然と笑みが浮かんだ。もう一度足元に置いた籠を運ぼうとするとすぐさま横から腕が伸びてきて彼に荷物を取られてしまう。


「い、いいよ!すぐそこだし」
「今言ったところだろう?」
「あ…えっと…あり、がとう…」
「うん、どういたしまして」


そんなことをしているうちにグランはベンチのすぐ近くに籠を置いた。これからみんなにこれを配らないと、そう思っていると不意に「アリーシャ」と名前を呼ぶ声がする。


「なに?」
「俺にさ…何か黙ってることとか、ない?」
「え…」


何を唐突に。そう思いながらグランへ目を向けると、先程とは違い真剣な表情をしている彼が私を見つめていた。


「…ないよ。何も、グランに黙ってることなんか、」
「本当に?バーンは知ってて、俺が知らないようなことは…ないんだね?」


思わず息を呑んだ。バーンが知っていて、グランが知らないこと。何故バーンの名前が出たんだろうと不思議に思ったのも一瞬だった。確かこの間、バーンに助けてもらったばかりではないか。けれど此処で正直に言ってしまえば今まで私が隠し続けてきたことが全て水の泡になる。今更だと思いながらぎこちない笑みを浮かべた。


「な、何言ってるの。ないよ、なんにもない!グランってば、急にどうしたの」
「…アリーシャ…」


グランの表情が少し歪んで、綺麗な瞳が揺れる。そんな顔をさせたいわけじゃない、そうじゃないんだけれど、私は言えなかった。ただその代わりにできるのは偽者の笑顔だけ。


「あ…わ、私、仕事しなくちゃ」
「待ってアリーシャ、俺…っ」


グランに背を向けようとした刹那、手首をぎゅうっと強い力で握られて動けなくなってしまった。彼の気持ちは私にはとても温かいもので、グランが居るから、お日さま園のみんながいるからこそ私は今もまだこうして生きられるんだとさえ思う。でも、いや、だからこそ知られたくなかった。心配を掛けたくないし、もしグランがお父様に言ってしまったら、選手の精神状態を掻き乱すマネージャーは必要ないなんてお父様に言われてしまうかもしれない。色んな意味で恐ろしかった。


「ごめん、グラン。本当に、なんでもないから」


手首に触れる彼の手をそっと外す。私の前で立ち尽くすグランの顔を見ることができなくて、私は黙って彼に背を向けてみんなにタオルやドリンクを配りに行った。
結局私は自分のことしか考えていない。グランの悲しそうな表情が頭から離れないまま、私は手のひらを強く握り締めた。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -