立向居連載 | ナノ











あの日からまたゆい先輩は俺の前に現れなくなった。あの日からとは言ってもあれから二、三日しか経ってないわけだけど、それでもあんなことがあったのだから、俺にとってはそれなりに長い二、三日だったわけで。ぼんやりと最後のゆい先輩の表情を思い出す。
俺は最初に逢った時も、この前も、ゆい先輩を助けることはできなかった。最初の時は既にゆい先輩はぼろぼろだったし、この前は俺が無理矢理にでも止める場面なのに、ゆい先輩の言葉に唖然としてその背中を見送るしかなかった。本当はあそこで無理矢理にでも引き止めていれば何か変わっていたのかもしれない、そう思うとどうにもやりきれない気持ちでいっぱいになった。


(ゆい先輩、酷いことされてないかな)


そんなの分かりきってる、この前暴力を振るってたのと同じ奴らについていったのに、何もありませんでしたな訳がない。俺が、俺が止めていたら、俺が何かしていたら、俺が、


「おい、立向居!」
「へ?…うあっ!」


不意に誰かに呼ばれた気がして顔を上げると同時に俺の鼻先は悲鳴を上げた。ばこっと鈍い音がしてその衝撃に耐え切れず尻餅をつく。鼻が、いや、顔が痛い。顔を押さえながら視線で横を見れば白と黒の丸いボール。そういえば今は、練習中だった。


「練習中にぼーっとするなよ。大丈夫か?」
「す、すみません戸田さん!大丈夫です。他の皆さんも…すみませんでした」


青いタオルが特徴的なキャプテン、戸田さんに腕を引かれて立ち上がる。苦笑しながら立ち上がり自分の両頬をぱちんと強く叩く。今は、違う。サッカーのことに集中しなければ。練習に集中しなければいけない。ゆい先輩のことは忘れて、今は、サッカーのことを。
そう考えればそう考えるほど俺の頭の中を支配するのはゆい先輩は無事か、酷いことをされていないだろうかということばかり。喧嘩なんてそんなこと自分からやるような性格じゃないし、俺は多分弱い部類に入るんだろう。けれど諦めないで何度も立ち向かえば、ゆい先輩をあの大人たちから遠ざけることが出来るだろうか。俺と話してる時みたいな笑顔を見ることができるだろうか。痛々しい表情を、姿を見ることがなくなるんだろうか。


(ゆい先輩は一体、何者なんだろう)


そういえばあんな大人たちに暴力を振るわれる理由も、彼女がどの学校に通っているかも、俺は何も知らない。ただ知っているのは藤城ゆいという名前と、神出鬼没だということくらいだ。もしゆい先輩が悪い人だったとして、あの大人たちに暴力を振るわれるような理由をもっている人だとしたら、俺はこんな風には思わないのか?いや、それは違う。どんな理由があっても暴力を振るっていいはずはないんだ。そこでまた最初に戻る。ああ、どうして俺はあの時、無理にでもゆい先輩を引き止めていなかったんだろうか。


(どうか、酷い目にあっていませんように)


胸がキリキリと痛む。それを少しでも和らげるため大きく息を吐き出したと同時、俺の鼻は二度目の悲鳴を上げた。




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