立向居連載 | ナノ











結局円堂くんに私がファンだと思いこまれたままになってしまった。それはとても不本意だ、けれどだからといってそれだけを否定しに行くのも馬鹿馬鹿しい。思い返してはもやもやと胸に不快な気持ちが渦巻くけれど、それを溜息で吐き出そうとした。
私は久しぶりに立向居くんの所を訪れていた。陽花戸中のサッカー部の面々に顔を覚えてもらえる程度には此処に来ているけれど、ジェミニストームが負けた日から今日までは一度も来ていなかった。別に来なければいけないわけでもなければ彼に来て欲しいと頼まれているわけでもない。ただ私が来たかっただけ。
オレンジ色に包まれた福岡の地。傾く日の光を受けながら陽花戸中サッカー部の部室へ向かい二度、こんこんと軽くノックした。中から「はい」と聞き覚えのある少し高い声が聞こえてから扉を開く。其処には制服に着替え終わったであろう立向居くんが一人。


「あっ…ゆい先輩!」
「久しぶり、立向居くん」
「…お久しぶりです。相変わらず神出鬼没ですね、先輩」


苦笑いを浮かべる彼に近寄りながらちらりと鞄の端から覗いたスポーツタオルを見る。それは以前、私が箱に入れてプレゼントしたものだ。ちゃんと使ってくれていたのかとなんだか嬉しくなって頬が綻ぶ。


「これ、使ってくれてたんだ」
「もちろんですよ!大事に使わせてもらってます」
「そっか、よかった」
「…そういえばゆい先輩、知ってますか?宇宙人はあいつらだけじゃなかったんだって…」
「え…」


悔しげな声に顔を其方へ向けると、ぐっと唇を噛み締めながら俯く立向居くん。宇宙人、即ちジェミニストーム以外の…言っているのは多分イプシロンのことだろう。なるべく平然を装いながら私も口を開いた。


「うん、知ってるよ。有名だしね」
「ですよね。俺…分からなくて」
「なに、が?」


真剣な表情を浮かべる立向居くんに胸がぎゅっとなった。思わず声が震えそうになるけれどなんとか堪えてじっと彼の横顔を見つめる。


「サッカーを破壊の道具として使うなんて、間違ってる」
「…う、うん…」
「どうしてあんな悲しいことをするのかが、分からないんです。ただ純粋に、サッカーは楽しいものなのに」


ぐさりと心臓に何かが突き刺さるような幻覚を見た。彼は気付いていないけれど、私はその『サッカーを破壊の道具として使う側』の人間であり、立向居くんには恨まれる立場にあるんだろう。けれどそれはお父様が、私たちの大切なお父様の望みだから。だから私たちはああするしかないんだよ、仕方が無いの。そう自分自身に言い訳して、けれど彼にはそんなこと言えなくて。何も言えない私は俯くしかなかった。もし彼が私の正体を知ったとして、今と同じように笑いかけてくれるだろうか。話しかけてくれるだろうか。


「それは…」
「…ゆい先輩?」
「立向居くん、あのね、」


震える唇を動かす。と、同時、ばたんと部室の扉が開いて、入ってきたのは例の緑色の肌をした大きな大人たち。一目で分かった、研崎の部下たちだと。


「ああ、こんなところにいたんだね。探したよ」
「お前たちは…!」


どうやら立向居くんは覚えていたらしい、彼らが私に暴行を加えていた人物だということを。いつものようなふわふわした表情から一転して鋭い視線を向ける立向居くんと驚くばかりの私。どうして彼らに私の居場所が分かったんだろう、そんな考えで頭の中がぐるぐるした。


「君を迎えに来たんだ、天使様」
「迎えにって…何言ってるんだ!この前は散々ゆい先輩に酷いことをしてたくせに…」
「ゆい先輩、だと?」


そう聞いた途端くすくすと笑う大人たち。私が正体を伏せていることに対して笑っているんだろう、笑われることが悔しかった。けれど今の私に拒む手段などない。それに今は、立向居くんの傍に居てはいけない気がした。私を隠すように前に立つ立向居くんの肩にそっと触れる。驚いたような表情を浮かべた彼が振り返った。


「ゆい、先輩…?」
「ごめんね、立向居くん。私、行かなくちゃ」
「で、でもっ、こいつらは前にゆい先輩のことを、」
「大丈夫だから。ね?…また逢いにくる」


目を瞬かせる立向居くんの横を通り抜けて私は研崎の部下たちの間に立つ。大きな手が私の肩に触れて、立向居くんに分からない程度に力を込めた。痛みを感じたけれど彼を巻き込むわけにはいかない。ぐっと堪えて肩越しに振り返り、立向居くんに笑いかけた。


「またね、立向居くん」


呆然とする彼から目を逸らして歩き出す。背後でぱたんと部室のドアが閉まる音が、やけに重苦しく聞こえた。




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