短編 | ナノ







※ゲーム設定




彼女から「あの言葉」を奪ったのは、一体だれなのか。そんなことを考える必要なんてなかった。何故ならもとより、答えが分かっていたからだ。だから俺は今日もそっと、とある扉を開く。


「あっ、ヒロトさん!」


扉を開いた先にいた少女は俺の姿を目に捉えると同時にぱあっと表情を輝かせ、ベッドから降りて駆け寄ってきた。花のような笑顔を浮かべている彼女の名前を、俺は知っている。


「やあ、なまえ。体調はどう?」
「元気よ、大丈夫!」
「そう、それはよかった」


自然と頬が綻びながら、俺はそっとなまえの頭を撫でた。嬉しそうに目を細める彼女は俺の愛しい人だ。いや、正確に言うならば、過去形である。今でも愛しい人に変わりはない、けれど、彼女は俺の知っている「なまえ」であって「なまえ」ではないのだ。彼女は、記憶を失っていた。
なまえはイプシロンに所属していて、チームの中でも優秀なプレーヤーだった。それから、俺の大切な人でもあった。彼女も俺のことを好いていてくれたし、俺たちはお互いに想いあっていたんだ。チームは違っても、俺はずっとなまえのことが好きだった。
けれど沖縄でイプシロンが雷門イレブンに敗れた時、イプシロンはジェミニストームのメンバーと同じようにして一人ずつ記憶を消されていった。それから追放されたのだ。俺はそこでようやく気がついた。このままではなまえの記憶も、消されてしまうのだと。けれどもう、遅かった。
ただ追放だけは何がなんでも阻止しようとした結果、彼女は今でもこの基地の中にいる。俺とどういう関係だったかを知らない「なまえ」は、今でも俺の傍にいる。


「ヒロトさんは、いつも悲しそうね」
「え?」
「悲しそうな顔してる」


すっと伸びてきた白い手が俺の頬に触れる。なまえの瞳が揺れて、俺は思わず息を呑んだ。彼女は彼女であり、ただ過去の記憶がないだけ、なんだけれど。もしかしたら思い出したんじゃないかと期待してしまう。


「私が何も思い出さないから、ヒロトさんにそんな顔をさせてるの?」
「…違うよ」
「本当に?」
「うん、本当だよ」


そう言って俺はなまえの背に腕を回した。きっと今の彼女は俺に恋愛感情を抱いていないんだろう。俺のことをなにも、知らないんだろう。


「なまえ、」
「なに?」
「なまえ…」
「ヒロトさん?」


俺は父さんの計画に反対するつもりなんて元よりないし、俺の全ては父さんだ。でも、今だけは胸が痛かったんだ。
ああ、そうだ、奪われた言葉は、


(君は俺の呼び方さえ忘れてしまっているんだね)


愛してる。



100521/ばくのゆめ

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