永遠に相容れないような世界


 あの日湖のほとりで寝ていたのは、レイブンクロー生のハナ・ミズマチという女生徒だった。組分け儀式の時にそんな名前が呼ばれた記憶がなかったので上級生だとは思うが、これまで城内で彼女を見掛けたことは一度もなかった。地味な見た目でもないのだから、男子生徒の噂になっていてもおかしくないだろうに。

 あれから、廊下を歩いている時や大広間などでなんとなく彼女の姿を探してみたけれど、不思議とその姿を見ることはなかった。しかし、自分の存在を忘れるなと言わんばかりに、僕が他のことに追われていると、彼女はフラッと目の前に現れた。まるで、幽霊のように。

「それで、どうして貴方は毎度毎度、僕の目の前に突然現れるんです?」

 そして、今日でそれも3回目だ。図書室で変身術のレポートを仕上げていたら、いつの間にか彼女が向かいの席に座っていたのだ。ジト目で彼女を見やると、「チベットスナギツネみたいね」とクスクス笑った。チベットスナギツネが何かは分からないが、絶対に褒められてはいない。失礼な人だな。

「チベットスナギツネってね、こんな顔のキツネなの。貴方に似てるでしょう?」
「控えめに言って失礼な人ですね、貴方」
「あら、私、折角だから貴方と仲良くなりたいと思って、これでも試行錯誤してるのよ」

 手元にあった羽根ペンで下手くそなキツネの絵を描きながら、彼女はにこやかに笑っていた。驚くほど純粋に彼女は笑う。僕とは永遠に相容れないような世界に彼女はいるように思えるのに、彼女はいつだって僕の前にフラリと現れるのだ。しかし、決して僕に媚を売ったり、妙な猫撫で声を出したりしない。相容れないと思ってるのに、つい相手をしてしまうのは、そういう理由かもしれない。

「全然試行錯誤しているようには思えませんが」

 レポートに視線を落としながら僕がそう言うと、見ていなくても彼女が楽しそうに笑ってるのがその空気感でわかった。

「それから、どうして毎回突然現れるのかについて、回答を貰っていませんよ」

 分厚い本を巡りながら僕が続けると、彼女は「あ、そうだったわね」とたった今思い出したかのような声を出した。どうやらすっかり忘れていたらしい。彼女は何かを考えているのかしばらくの間唸っていたが、やがて、

「ねえ、レギュラス。実は私、普段は違う世界にいるの」

 そんな有り得ない冗談を言って、僕は再び顔を上げた。「冗談はやめてください」と一言言おうとしたのだ。しかし、僕が再び顔を上げると、彼女はもうそこにはいなかった。

「まったく……勝手な人だな」

 そこに残っていたのは、羽根ペンと下手くそなキツネの描かれた羊皮紙だけだった。


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