夕暮れ時の毛利探偵事務所


「ほう……人捜しですか」

 夕暮れ時の毛利探偵事務所にそう問い掛ける小五郎の声が静かに響いた。応接スペースに座る小五郎の向かい側にはテーブルを挟み、女性が1人座っている。アパレルショップで働いているという彼女の髪は、以前は綺麗なミルクティー色だっただろうと想像出来たが、今は根元から3分の1ほどが黒くなっていた。

「はい。捜して欲しいのは彼女です――」

 女性は小さなショルダーバッグの中から手帳を取り出すと、そこから1枚の写真を取り、テーブルの上に置いた。大阪にあるテーマパークに遊びに行った時の写真だろう。そこには魔法使いのローブを着込んだ女性が2人写っていた。向かって右側フードの中が赤いローブを着た女性が依頼人、そして、左側のフードの中が青いローブを着た女性が捜し人だ。小五郎の隣に座り込んでいたコナンはまじまじと写真の中の女性を見た。目が金色に輝いている――珍しい色だ。

「これは、美しい人ですね」
「私の友人で水町波奈と言います。ゴールデンウィークの時にイギリスに行くと言って以来連絡がつかないんです。心配で心配で……警察にも相談したんですが、手掛かりが何もなくて……それで、有名な名探偵の毛利小五郎先生ならもしかして、と思って相談に来たんです」
「なるほど。水町さんから最後に連絡を貰ったのはいつですか?」
「ゴールデンウィークの直前です。私の好きな作品のキャラクターが夢に出てきたって話してくれて、それ以降は、まったく……」

 女性は憔悴しきっている様子だった。泣くのを耐えているのか、膝の上に乗せられた手はぎゅっと握り締められている。

「ねえ、このお姉さん、とっても珍しい目をしてるね! 金色だ! 僕、初めて見たよ」

 僅かな沈黙が事務所内に訪れると、小五郎の横で写真をじっと見つめたままだったコナンが声を出した。子どもらしい明るいトーンの声だ。

「こら、コナン! 大人の話に口を挟むんじゃない!」
「でも、おじさん! こんな珍しい目の色の人だったら、覚えてる人も多いかもしれないよ?」
「確かに……この目は金色ですか?」
「いえ、金色ではありません。光が当たるとこんな色になるんです。珍しい色で――」
「もしかして、ヘーゼル?」
「ええ、そうよ。ぼく、よく知ってるわね?」
「えへへ、この間テレビで見たんだ! 確か虹彩とかメラニン色素が関係してるんだよね。光の反射でいろんな色に変わるから、ヘーゼルアイは一種のアートだって呼ぶ人もいるんだって。日本人でも何人かいるみたいだよ」
「普段は違う色合いなんですが、こうして光が当たるとこんな色になるんです。波奈は父親は日本人なんですが、母親がイギリス人と日本人のハーフで、クォーターなんです」

 女性の言葉にコナンはもう一度、写真に写る水町波奈を見た。アジア系の顔立ちだが、日本人にしては白い肌をしていて、クォーターと言われると納得出来る容姿をしている。奥では蘭が珈琲を淹れているようで、事務所内にはほんのりと珈琲の香りが漂い始めていた。

「彼女のご両親は今回の件についてはなんと?」
「波奈は両親はもういないんです……随分前に他界してしまって」
「そうだったんですか……」
「父方の祖父母も早くに亡くなっていますし、イギリスに住んでいた母方の祖父母も数年前に亡くなりました。それで、イギリスの家を相続したので、時々メンテナンスに行っているんです。ほら、空気の入れ替えをしないと家ってダメになってしまうでしょう?」
「なるほど、今回もそれでイギリスに向かったわけですな?」
「イギリスはどこにお家があるの?」
「ロンドンのシティー・オブ・ウェストミンスターにあるメアリルボーンという地区よ」
「僕、そこ知ってるよ! シャーロック・ホームズの下宿先がある所だ!」
「ええ、波奈の家はベイカー・ストリートのすぐ近くよ」

 女性がそう言うと、奥からお盆にカップを2つとオレンジジュースが注がれたグラスを1つ載せて蘭が出てきた。「どうぞ」とソーサーに乗せられたカップを女性の前に置く。

「それ、ハリー・ポッターですね」

 写真に目を止めた蘭が言った。

「ええ、そうです。私が大好きで。このローブも私がお願いしてお揃いで着て貰ったものなんです」
「これ、ローブの中の色が違うのはどうして?」
「これは寮が違うからよ、コナンくん。確か赤はグリフィンドールで、青はレイブンクロー。ですよね?」
「ええ。4つ寮があるんだけど、寮毎に色が違うのよ」
「へえ。だから、色が違うんだね」

 ハリー・ポッターという作品があるのは知っていたものの、普段ミステリー小説ばかり読んでいたコナンはその内容にはあまり詳しくはなかった。一度読んでみたら今回の失踪事件について何かヒントは得られるだろうか。そんな風に考えていた時だった――

「毛利先生、難しいのは重々承知です。お金も正直あまりありませんが、どうか手掛かりだけでも捜してはくれないでしょうか。私の大事な親友なんです」

 女性が涙ぐみながら、テーブルに頭がつきそうな勢いで頭を下げた。空になったお盆をテーブルの端に置き、蘭がそっと女性の背中を撫でている。コナンは隣に座る小五郎を見上げた。彼が綺麗な女性に弱いことをコナンはよく知っていた。そして、

「いいでしょう。この名探偵、毛利小五郎にお任せください!」

 コナンはこの奇妙な事件に関わることになったのである。


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