執着にも似た行動


「クリーチャー、貴方の作る食事ってとっても美味しいのね! 素晴らしいわ!」
「ねえ、クリーチャー、掃除してくれてありがとう。お手伝いすることはある?」
「紅茶をありがとう、クリーチャー。スコーンも焼いてくれたの? とっても素敵!」

 グリモールド・プレイス12番地に彼女が来てから数日、長らく静かだった屋敷の中は驚くほど華やいでいた。当初懸念していたクリーチャーとの関係性も思っていた以上に悪くなく、彼女はクリーチャーに対してとてもよく接してくれて、クリーチャーも彼女を「お嬢様」と呼び、ブラック家の令嬢と同じように殊更丁寧に接した。

 クリーチャーが彼女に対して殊更丁寧なのは、僕が彼女を大事に扱うからというのもあったが、きっと半分以上は彼女が何かにつけクリーチャーを褒め、してくれたことに対してお礼を言ってくれるからだろうと思う。屋敷しもべ妖精ハウス・エルフは自分によくしてくれる魔法族にはとてもよく仕えてくれる。

 僕はといえば、先日の一件に味を占めて、初心な彼女をよく揶揄からかって遊んでいた。彼女は少し触れるだけで顔を真っ赤にさせるので見ていて飽きない一方、時折本気で老け薬を数滴盛って自分の部屋に連れ込もうかという気にさせられるので、かなりの忍耐を要求された。ただ僕はそれでも自分の欲を抑えつつ彼女を揶揄っては触れて、自分の心を満たした。

 僕は出来ることなら彼女をこの腕に閉じ込めて、ずっとその柔らかな体温を感じていたかった。彼女がどこかに消えないように、掴まえていたかった。思えば僕は彼女が戻ってきたことに浮かれている以上に不安だったのだと思う。また突然消えやしないかとふとした瞬間に考えては、彼女に触れて安心するのだ。彼女はあたたかで、確かに僕の目の前で生きていた。

 とはいえ、24時間彼女に張りつけるはずもなかった。寝室は別だし、たとえ日中ずっとそばに置いていても、夜は必然的に別となる。彼女が戻って来てから数日、僕は夜が嫌いになった。お陰であまり眠れなくなって、少し眠りに落ちては彼女がいなくなる夢を見て、飛び起きた。

 彼女をグリモールド・プレイスに連れてきてから3日目の夜も僕はそんな風にして飛び起きた。再びヴォルデモートが魔法を行使さえしなければ彼女がこの世界から消え去ることはないというのに、いつまで経ってもあの日僕の腕の中から彼女が消えた感覚が忘れずにいた。あと何度彼女に触れたら、僕は彼女がもう二度と元の世界に戻ることはないと分かるのだろう。理屈では、ヴォルデモートが彼女を元の世界に戻そうとするなんて絶対にないと分かっているのに、どうにも心が追いつかない。

 再び横になる気にはなれなくて、僕はベッドを抜け出すと水でも飲もうと部屋を出た。部屋には水差しが置いてあったというのにわざわざ部屋を出たのは、階下にある彼女の部屋の前を通りたかったからだ。まだそこで彼女が寝ていると分かれば、僕は少し安心してまた眠りにつけた。ああ、自分の執着にも似た行動に反吐が出る。

 部屋を出て、僕はゆっくり階段を下りた。真夜中過ぎのグリモールド・プレイスは、どこもかしこも真っ暗闇でほとんど何も見えやしない。杖明かりを灯して足元を照らし進んでいくと、4階と3階の間にある踊り場まで来たところで何かが視界に入り、僕は目を凝らした。踊り場の手摺をぎゅっと握り締めて、誰かがそこに立っている。僕は杖明かりをそちらに向けた。

「ハナ?」

 彼女がそこに立っていた。不安げな様子でビクビクしながら手摺に縋りついている。慣れていない真夜中のブラック家を歩き回ることは、彼女にとってそれだけ恐ろしかったのだろう。それでも彼女は何かあったから階段を上がってこようとした。

「何かありましたか?」

 僕は急いで彼女のそばに駆け寄った。肩に腕を回して抱き寄せると、彼女は手摺ではなく僕に縋りつくようにぎゅっと服の裾を握った。

「この暗い中、僕の部屋に来ようとしてたんですか?」
「あの、ごめんなさい――」

 彼女は反射的に謝った。

「私、夢を見て――貴方が、暗い洞窟の中で水の中に引き摺り込まれて――それで――」
「怖くなった?」
「そう……貴方が部屋で寝ているか、あの、部屋の前で少し確かめようと思ったの……変なことしてごめんなさい……」

 そんなことははしたないことだとばかりに彼女は眉尻を下げ、肩を落として謝ったが、僕は自分と同じことをしようとしていた彼女になんだかおかしくなって笑った。相手が突然いなくなることが不安だったのは、僕だけじゃなかったのだと分かったことが嬉しかったのかもしれない。

「可愛い人ですね」

 僕は素直に言った。

「僕の部屋に来ますか? 貴方が嫌じゃなければ」
「ずるい」

 彼女は少し拗ねたように言った。

「貴方は私が断らないって知ってるわ」
「なら、貴方はひどい人ですね」

 僕はすかさず言い返した。

「貴方はなんだかんだ僕が貴方に手を出さないことを知っている」
「子どもに手を出したら犯罪よ。知らないの?」
「ほら、こういう時だけ子どものフリをする」
「だって私、11歳なんでしょう?」
「中身は大人だって言ったのは貴方ですよ」
「でも、今は11歳よ。なのに、貴方はしょっちゅう――」
「しょっちゅう、なんですか?」
「しょっちゅう――あー――」
「腰に触れたり、耳に触れたり、首筋に触れたり?」
「そう、それよ!」
「やっぱり貴方はひどい人ですね。老け薬を盛られて部屋に連れ込まない僕は聖人のようだと褒め称えて欲しいくらいです」
「老け薬?」
「年齢を一時的に老けさせる薬です。数滴紅茶に混ぜれば、僕は貴方を成人女性にすることが出来るし、その気になればいつでもその服の下を暴くことだって出来ます。でも、僕はそんなことしていないし、キスだって無理にはしない。ほら、僕は聖人でしょう?」
「私、やっぱり1人で寝るべきだって分かったわ」
「でも、貴方は僕の誘いを断らない」
「ずるい」
「僕はスリザリンですから。知りませんでしたか?」

 暗がりの中でも分かるほど真っ赤になって反抗している彼女を連れて、僕は4階にある部屋に戻った。部屋に入るとのこのこついて来たことに、とんでもないことをしているのでは気付いたのか、彼女は「やっぱり自分の部屋に戻る」と駄々を捏ね出したけれど、僕はそんな彼女を抱えてベッドに連れていった。いつもは1人きりの寝室で、往生際悪くジタバタ暴れている彼女の腰を引き寄せて抱き締めると驚くほど満ち足りた気分になった。

「何もしませんよ」

 未だに僕から離れようとしている彼女に僕は言った。

「ただ貴方がここにいるだけでいい」
「レギュラス――」
「僕はそれだけで満足だ」

 暗い部屋の中、2人で潜り込んだベッドの中で彼女の明るいヘーゼルの瞳と視線が絡み合った。吸い込まれそうなほど澄んだその瞳にまるで引き寄せられるように顔を近付けたくなったけれど、今、彼女は11歳なのだと何度も頭の中で言い聞かせて、ただ抱き締めるだけに留めた。

「老け薬を盛ってもいいですか?」

 僕は大真面目に訊ねた。途端に彼女は眉根を寄せて咎めるような口調で言った。

「ダメに決まってるでしょ。何するの?」
「貴方がまだ知らないこと」
「貴方は自分で自分のこと聖人だって言ったわ」
「ひどい人ですね。聖人だから予め訊ねてるんですよ」

 彼女はあーだこーだと言いながらも僕から無理に離れようとはしなかったし、僕も彼女を離そうとはしなかった。僕達は互いが互いに不安を抱えていて、それを満たすように寄り添い、抱き締め合い、手を握り、やがて、眠りについた。不思議とその日、僕も彼女も悪夢は見なかった。


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