リリーとお茶会と初夢


「やっと貴方に会えたわ」

 暖かな布団の中で眠りについたと思ったら、弾むような声がして私は目覚めた。ゆるりと瞼を持ち上げてみると、どういう訳かそこはメアリルボーンの自宅にある自室ではなく、鮮やかな草花に彩られた広い草原だった。木陰に柔らかなリネンが広げられ、目の前には私と変わらないほどの年ごろの女の子が一人、本を片手に座っている。赤毛でとびきり美人な彼女は、私の記憶の中のリリーそのままだった。

「リリー?」

 これは一体どういうことだろうか。驚きつつも私がリリーの名前を呼ぶと、彼女はその名に相応しい花のような笑顔をこちらに向けた。

「貴方とお茶をしようと思って待っていたのよ」

 リリーの傍らにはラタンのバスケットと紅茶のポットが置かれていた。バスケットの中にはたくさんの料理が詰め込まれている。

「とっても美味しそう」

 思わず私が呟くとリリーは「そうでしょう」と嬉しそうに笑った。朗らかに笑うリリーは誰が見ても美しく魅力的だった。ジェームズが彼女に恋をするのも頷ける。最初のころからジェームズはお小言が多いと言いながら、仕切りにエバンズは可愛いと褒めていた。きっとあのころからどこかでずっとジェームズは彼女に恋をしていたに違いない。

 けれども、どうしてリリーはこの場所で私が来るのを待っていてくれたのだろうか。私はそのことが不思議でならなかった。だって、私は初めて会った時、心配してくれたリリーにお礼も言わずにその場を立ち去ってしまった。それに、私がきちんと現実を見ていなかったせいで未来を台無しにしてしまった。ジェームズもリリーも、ハリーが産まれて人生これからだったのに。ハリーの成長を間近で感じて、愛情を注ぎたかっただろうに。

「どうして、私を待っていてくれたの?」

 恐る恐る私は訊ねた。

「私、貴方に優しくして貰う資格なんてないわ」

 もしかすると恨んで欲しいと思っていたのかもしれない。だって、リーマスもシリウスも私を恨まなかった。誰も私のせいだと罵ったりしなかった。だから、貴方のせいだと罵られて楽になりたかったのかもしれない。そんな気持ちを今この場でリリーに押し付けるのはやっぱり卑怯だったかもしれない。

 申し訳なさでいっぱいになりながら私はリリーを見つめた。リリーは綺麗なアーモンド型のグリーンの瞳を不思議そうにパチクリとさせてこちらを見ている。その瞳が、ハリーのそれと瓜二つで私は何だか泣きたくなった。ハリーも時々こんな風に目をパチクリとさせるのだ。

「家族に優しくするのに資格が必要なの?」

 なんてことないような口調でリリーは言った。

「ジェームズが貴方の後見人になりたいと言い出した時から、貴方はもう私達の家族だわ」
「…………」
「私ね、貴方と家族になれるのをとても楽しみにしていたの。一緒にお出掛けが出来るかしらとか、お茶をしてくれるかしらとか、私とも仲良くしてくれるかしらとか、ハリーのお姉さんになってくれるかしらとか、それはもうたくさん想像したわ。その想像したことの半分以上は叶わなくなったけど、貴方は誰に言われずともハリーのお姉さんになってくれたわ。ハリーは貴方のことをとっても慕っているみたい。これは父親の遺伝ね」

 そう言ってリリーはおかしそうにクスクス笑った。

「それで、貴方が叶えられる私の望みがまだあるの。一緒にお茶をして、私とも仲良くしてくれるかしら?」

 悪戯っ子のようにリリーは訊ねた。私は胸がいっぱいになって、言葉にならなかった。それでも、喉元まで出てきていた謝罪の言葉をリリーは求めていないのだと分かって、ただ一言こう返した。

「もちろん」


 *


 麗らかな陽射しの下、私達のお茶会ははじまった。
 私もリリーも他愛もない話で盛り上がってコロコロ笑って、いくら話をしても話し足りないくらいだった。そうして、もう何時間も話したのではないかと思うころ、突然、リリーが言った。

「今日は楽しかったわ。またいつか、会いましょう――」

 そして、私は夢から覚めた。再び目を開けると私はメアリルボーンの自宅にいて、ベッドの中だった。どうやらあれは私の夢だったらしい――でも、心地良い夢だった。新年の朝を迎えるには最高な。


このお話は2023年元日にお年賀として、Twitter上で公開したものに加筆を行ったものです。皆さまが、よい1年を過ごせますように。


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