フルーツパフェで南国気分


 友人の女性から水町波奈の消息について依頼を受けてからしばらくが経った。これまで、安室の協力もあり水町波奈がイギリスへ渡航済みであること、そして、ロンドンにある現地の自宅へ向かったことは分かったものの、それ以降日本国内で得られる情報はもう何も残ってはいなかった。

「大体よ、ロンドンに行っちまった人をどうやって日本で捜せばいいんだよ……ロンドンだぞ、ロンドン。イ・ギ・リ・ス!」

 依頼を受けた張本人である毛利小五郎は、探偵事務所の真下にある喫茶ポアロでそうぼやきながら、耳にイヤホンをはめ、何やら真剣な眼差しで新聞に見入っていた。その向かいの席に座っている娘の蘭と居候であるコナンは、そんな小五郎の姿をジト目で見つめている。なぜならその新聞というのが競馬新聞だったからだ。

「水町さんのことを調べたのはほとんど安室さんじゃない。ねえ、コナン君」

 呆れ返った様子でそうぼやいた蘭にコナンが「あははは……」と乾いた笑い声を上げると、ポアロの従業員である榎本梓がフルーツパフェとオレンジジュースをトレイの上に載せてやってきた。フルーツパフェは蘭が、オレンジジュースはコナンが注文したものである。

「お待たせいたしました。フルーツパフェとオレンジジュースですね」

 テーブルまでやってきた梓は人好きする笑顔でそう言うと、フルーツパフェとオレンジジュースをそれぞれ蘭とコナンの前に置いた。小五郎はレースにすっかり夢中になり、競馬新聞を握り締めながら「行け!」と何やら独り言を言ってる。それを見た蘭は再び呆れたような表情をしたが、フルーツパフェを見ると「美味しそう!」と嬉しそうに顔を綻ばせた。

 早速フルーツパフェを食べ始めた蘭を見ながら、コナンはすっかり行き詰まってしまった水町波奈の捜索について考えを巡らせた。先程の小五郎の言うようにロンドンに行ってしまった人をこれ以上日本から捜すなど到底無理な話である。ならば現地に行けばいいのだが、日本からロンドンに行くまでには結構な金額が必要でそう簡単な話ではなかった。安室の方も公安警察という身分を考えると日本から離れることはまず無理だろう。

「くそっ!!」

 考え事をしていると小五郎が声を上げて、コナンは現実に引き戻された。どうやら自分のレース予想が外れたらしく「また外れかよ!?」と新聞を見ながら唸っている。そんな小五郎に折角楽しくフルーツパフェを食べ始めたところだった蘭は気分が削がれたとばかりに自分の父親に「もう!」と非難の声を上げた。

「折角フルーツパフェで南国気分なのに……。競馬新聞なら探偵事務所で読めば?」

 しかし、イヤホンをしているからか小五郎は蘭の話を半分も聞いていないようだった。それでも蘭に声を掛けられたことには気付いたのか、「ん?」と新聞から視線を移した。けれども、小五郎の視界に入ったのは蘭ではなく、蘭が食べていたパフェだった。食べかけのパフェの上には艶々としたイチゴが乗っている。

「お! 美味そーなイチゴじゃねーか! 食べねーんなら、もらっとくぞ!」

 蘭が食べたくないので残しているのだと勘違いしたのだろう。ヒョイとイチゴを摘み上げると小五郎は言った。すると蘭は慌てて小五郎の手を掴み、抗議の声を上げた。

「やーよ!」

 どうやら蘭は最後の楽しみにイチゴを残していたらしい。小五郎からイチゴを取り返そうとする蘭の抵抗も虚しく、イチゴは小五郎の手からコロリと零れ、床に落ちた。

「あ!」

 小五郎の口にも蘭の口にも入ることなくイチゴが床に転がると、途端に小五郎の足の下から猫が現れて、小五郎は驚いて立ち上がった。一体どこから入り込んだのか、落ちてきたイチゴをボールのようにして遊んでいる。

「――ったく、どこの猫だ?」

 そう言って小五郎が猫を抱え上げるのと、飼い主と思われる女性がポアロに飛び込んでくるのはほとんど同時だった。どうやらこの猫は飼い猫だったらしい。女性は猫をぎゅっと抱き締めると愛猫の無事を喜んだ。

「Thank you for finding her!」

 感激した様子で女性は猫を見つけてくれたお礼を3人に述べた。蘭は細かいところまでは分からなかったものの、thank youという言葉は聞き取れたので、拙い英語で「父は探偵ですから!」と答えた。すると、女性は「まあ、ステキ!」と顔を輝かせ、意外な提案をしてきたのである。

「I'm fond of crime novels! Through I'd like to hear stories, I'll take a flight to home, soon......Would'nt you mind if I invite you to London where I live, please」

 なんとミステリー小説の大ファンなので話を聞きたいが、もう帰りの飛行機の時間が迫っているので代わりに3人をロンドンに招待したいというのである。水町波奈の捜索が行き詰まっていたコナンにとって、この申し出は正に渡に船であった。しかも渡航費用も宿泊費用も出してくれるというのだから乗らない手はない。コナンはすぐさま「喜んで!」と返事を返した。

 こうしてコナン達は思いがけず、ロンドンの地へ行くことになったのである。


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