無理矢理押し込める


「それで、水町さんの足取りは?」

 コナンが乗り込むと白のRX-7は、緩やかに速度を上げ、米花町の大通りを走り出した。はやる気持ちを抑えて訊ねると安室はチラリとコナンに視線を投げ掛けたあと、再び前を向いて口を開いた。

「少々時間が掛かったが、現地の防犯カメラの映像を入手することに成功した」
「現地ってイギリスってこと!?」
「ああ――それを確認したところによると、ヒースロー空港に到着した水町さんはまず、ヒースロー・セントラル駅で特急のヒースロー・エクスプレスに乗り、パディントン駅へ向かっている。その後、地下鉄に乗り換えベイカー・ストリート駅で降りている。水町さんがイギリス国内で所有している自宅の最寄駅だ。そこから徒歩で向かっているところまで確認出来たが、それ以降自宅周辺の防犯カメラには水町さんと思われる人物は一切映っていない」

 つまり、イギリスの自宅に到着後、水町波奈の身に何かがあったということである。現地に到着後、まったく自宅を出ないなんてことはあまり考えられないので、到着したその日の夜の間に何かがあったと考えるのが普通だろう。コナンは先程哀との会話で出た本の存在が脳裏を過ぎったが、それを無理矢理押し込めると再び安室に訊ねた。

「不審な人物が防犯カメラに写っていたりは?」
「いや、数日分の防犯カメラ映像を確認したが、水町さんの自宅に一番近いカメラには該当する人物は映っていなかった。だが、何か事件に巻き込まれたと考えるのが妥当だろう」

 コナンが運転席に座る安室の横顔を見上げてみると、彼はその端正な顔に苦々し気な表情を浮かべていた。先日、安室は水町波奈のことを近所に住んでいて顔見知りだとしか言わなかったが、それにしては随分とこの事件に時間と労力を掛けているように思えた。現地の防犯カメラ映像だって、公安のツテを使ったに違いないからだ。

「ねえ、ゼロの兄ちゃん」

 コナンは敢えてその名前で呼び掛けた。

「水町波奈さんって本当にただの顔見知りだったの?」

 無粋なことだと分かりつつ、コナンは訊ねた。すると、安室は緩やかに路肩に停車させながら、貼り付けたような笑顔をコナンに向けた。

「さあ、コナン君。着いたよ」

 そこはいつの間にか毛利探偵事務所の前だった。コナンは驚いたように毛利探偵事務所を見上げて、それから戸惑ったように安室を見た。安室はまるで聞くなと言わんばかりに笑顔を貼り付けたままだ。これ以上深入りはしてはいけないようだった。戸惑ったまま車から降りると、お礼を告げる。

「えーっと、ありがとう」
「また何か分かったら報告するよ。毛利先生にはコナン君から伝えておいてくれないか」
「うん、分かった」
「それじゃあ、コナン君。また」

 バタン、と助手席のドアが閉まると再びRX-7は走り出した。バックミラーには何か言いたげな表情でこちらを見つめているコナンの姿が写り込んでいる。

「顔見知りさ」

 誰もいない車内で安室は静かに呟いた。

「ただ他人のようには思えなかった。俺は彼女の生い立ちを知っていたんだから――」


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