壮大な鍛鉄の門へ


 彼女が消えてから1年が過ぎ、再び夏が来た。
 あれから彼女が僕の前にひょっこり現れることはなくなっていた。元々それほど頻繁に現れるような人ではなかったけど、僕はもうしばらくの間、どこかでもう会うことはないだろうと思っていた。彼女は名前を教えただろうからだ。

「あの方はお前を大変評価してくださっている」

 不意に声を掛けられて僕は思考を止めた。視線だけを動かし左斜め前方を見遣れば、厚ぼったい瞼に艶のある豊かな黒髪をたたえた魔女が1人、悠々と歩いている。全身真っ黒なローブに身を包んではいたが、胸元を大きく露出し、コルセットで体のラインが強調されたそれは妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 彼女の名前はベラトリックス・レストレンジ。レストレンジ家に嫁いだ正真正銘の僕の従姉妹で、父親は僕の母であるヴァルブルガ・ブラックの実弟である。そんな彼女は以前から名前を言ってはいけない例のあの人にご執心で自ら死喰い人デス・イーター――あの人の部下――となった人であった。

 今回、そんなベラトリックスにわざわざ連絡を入れツテを頼ったのは、他でもない、僕自身が死喰い人デス・イーターになるためだった。すっかり興味の失せた例のあの人の部下になろうと決めたのは、それが僕のこれから行おうとする計画に必要不可欠だったからだ。僕はどうしてもあの人に忠誠を誓うフリをする必要があった。

「それは光栄です。お役に立てることを証明してみせましょう」

 ウィルトンシャー州の一画にある月明かりに照らされた狭い小道を、僕はベラトリックスと2人で歩いていた。小道の左側には茨の灌木かんぼくがぼうぼうと伸び、右側にはきっちりと刈り揃えられた高い生垣が続いている。覆い被さる木々の枝の隙間から見える月が、なんとなく太陽の光に晒された時の彼女の金眼のように見えた。

 やがて小道を右に曲がると、そこは広い馬車道に変わった。生垣は両側共に刈り揃えられたものに変わり、それが真っ直ぐに行く手に立ち塞がる壮大な鍛鉄たんてつの門へと続いている。僕もベラトリックスも歩みを止めず、無言のまま左腕を伸ばして敬礼の姿勢を取れば、黒い鉄門はまるで煙のように通り抜けることが出来た。

「見えてきたよ」

 ベラトリックスがそう言うと、門を入ってからも続く馬車道のその先に瀟酒しょうしゃな館が姿を現した。1階の菱形の窓に明かりが煌めき、どこかでは噴水の水音が聞こえている。玄関へと1歩足を近付けるごとに敷き詰められた砂利が軋んで、それが妙に不快感を掻き立てた。

 あの玄関を潜れば、僕はもう二度と明るい陽射しの元へは戻れないだろう。家を出て行った兄は僕のことを知ったら1人の女に狂った愚か者だと笑うだろうか。それでも、あの男の悪意に巻き込まれた彼女を守れるのならば、僕は喜んで狂った愚か者になろう。

「さあ、レギュラス、あの方がお待ちだよ」

 そして僕は、まるで何かの誓いを立てるかのように自らの唇を指で撫でると、ゆっくりと闇の中へと足を踏み入れた。僕に愛を教えてくれた、たった1人の愛しい人への想いを胸に。


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