世界で唯一美しいもの


 古い文献を読み解くに、世界を自由に行き来する魔法はどこにも存在しない。それこそ彼女が僕に話して聞かせてくれたような「眠りにつくとこちらの世界に来ることが出来る」というような魔法は厳密にいうとないのである。しかし、長い月日を掛けて調べていく中で、僕はそれらしい魔法を1つだけ見つけることが出来た。

 それはおぞましく、口にすることもはばかられるような魔法だった。魔法というよりはある意味、儀式に近いようにも思う。兎にも角にも、まともな考えをした魔法族なら、しようとすら思わないものだ。決して、彼女のように美しいものだけを見てきたような人が巻き込まれていいものではない。

「召喚魔法……?」

 分厚い羊皮紙の束を怯えたように受け取りながら彼女は言った。その彼女の表情を見て、召喚方法について詳しくまとめた部分を予め避けておけば良かったと後悔した。彼女は自分がどんな目に遭っているのか、その過程で何が起こったのかを知れば、深く傷つくだろうからだ。

「簡単にいうと、何者かが貴方を利用するために呼び寄せようとしているということです」
「その人は私を何に利用しようとしているの……?」
「分かりません。ですが、上手くいけば未知の力が手に入るとでも思ったのかもしれません」

 賑やかなダイアゴン横丁にいるというのに、人々の行き交う雑音がどこか遠くに聞こえ、周りの景色は色褪せていた。今、僕の目の前で震えながら懸命に状況を飲み込もうとしている彼女だけが、なぜか世界で唯一美しいものであるかのように、鮮やかさを持っている気がした。

「貴方が夢を介して世界を行き来しているのは、魔法がまだ不完全だからだと思います。そして、夢と現実が曖昧になっているのは、魔法が完成に近付いている証拠です」
「私、どうなってしまうのかしら……魔法が完成したらどうなるの?」
「魔法が完成したあと、貴方がどの時代のどこに飛ばされるかは分かりません。ですが、1つはっきりと言えることは貴方はこの魔法からもう逃れられないということです。ここまで来ると貴方が無事でいられる方法は術者に名前を教えるしかありません。もし名前を聞かれたら教えてください。そうすれば少なくとも死にはしません」

 彼女はただただ怯えて不安そうに僕の目の前に座っていた。きっと彼女は僕の話が嘘ではないことを分かっているのだろうと思う。分かっているからこそ、目に見えない恐怖を前に怯えているのだ。

「貴方とまた会える……?」

 か細い声で彼女が訊ねた。いつもなら僕はそこで一旦考えてから言葉にするはずなのに、どうしてだか、この時は考えるより先に口から言葉が飛び出していた。

「会えますよ、必ず」


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