恭しくカーテシーの真似事


「レギュラス、会えて良かったわ。私、とても困ったことになってしまって――」

 僕の姿を見つけるなり、こちらに駆け寄ってきた彼女は開口一番そう言った。隣に立つ母はそんな彼女の姿を、ハンカチで口元を覆ったまま、しかめっ面をして上から下まで見定めるように眺めている。

 今母が考えていることは手に取るように分かった。ブラック家と付き合うに相応しい家柄か、教養はあるか、そして、純血かどうか、だ。果たして、彼女の存在を母にどう説明するべきか――僕が迷っていると、先に母に気付いた彼女が行動を起こした。片足を半歩引き、スカートの裾を軽く持ち上げ、恭しくカーテシーの真似事をする。

「これは失礼いたしました。ご挨拶を欠いてしまった無礼をお許しください――ブラック夫人、お目にかかれて光栄です」

 普段はそんな人じゃないだろうに。喉まで出かかった言葉を僕はなんとか飲み込んだ。母は尚もハンカチで口元を覆っていたものの、この挨拶は及第点だったらしい。「これはこれはご丁寧に」と返した。しかし、彼女の世界にこの世界に関する本があるというのは強ち嘘ではないかもしれない。僕の母がどういう人か知らなければ、彼女はこんな態度を取らないはずだからだ。

「私はレイブンクローのハナ・ミズマチと申します。長く日本で暮らしていたので、家名をご存知ではないでしょう。父は日本の純粋な血筋で、母はこちらと日本のハーフなんです」
「まあ、日本の――」
「レギュラス様にはとても良くしていただいています。何せ来たばかりのころはこちらの魔法界には詳しくなかったもので。とても博学で素晴らしくて。この間も図書室であれこれ議論したんですが、勉強させられることばかりでした」

 女とは末恐ろしい生き物である。どんなスリザリンの女生徒より、今の彼女はスリザリンらしいと言えるかもしれない。猫撫で声でわかりやすいお世辞を言って媚びを売るようなバカな真似はせず、然りげ無く自分を下げ、相手を持ち上げる。母も完全に騙されるような人ではないが、彼女はそれはそれでいいと思っているのだろう。ようは、及第点を貰えればいいのだ。そして彼女は、

「まあ、とてもよく出来たお嬢さんだこと」

 母の審査をいとも簡単にクリアしてしまうのだ。


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