半分ほどになったオレンジジュース


「くそ……絶対この謎を解き明かしてやる」

 阿笠博士の家をあとにしたコナンは毛利探偵事務所の階下にある喫茶店、ポアロへとやってきていた。ムスッとした表情で失踪した女性――水町波奈の写真と2冊の賢者の石を並べ、オレンジジュースを飲んでいる。

「何かトリックがあるはずなんだ。何か――」

 2冊の本を開き、見比べながらコナンは頭を悩ませた。2冊の賢者の石のうち1冊は、ここへ来る途中に本屋で購入したものだった。もしかすると電子版と紙媒体では内容が違うのでは、と思い購入したのだが、結果は阿笠博士の家で確認したものと変わらなかった。依頼人の女性が持っている本だけが、内容が違うのだ。

 水町波奈を連れ去った犯人が何らかの意図があってこの本を作ったのか。それとも、水町波奈自身が友人の女性に何かを伝えたくてこの本を作りすり替えたのか――いろいろと仮説を立ててみるものの、その仮説はどれも決定打に欠けていた。そもそも素人がハードカバーの本を見た目そっくりに作るということが難しいのだ。ならば哀の言うように、魔法で本の中に吸い込まれたのだろうか? それとも、身体が若返る薬があるというのなら、本の中に吸い込まれる薬も――。

「ある訳ねぇよなぁ……ハハ……」

 お手上げだ、とばかりにコナンは2冊の賢者の石から視線を放した。半分ほどになったオレンジジュースをストローで飲み干すと、ズズズ、とあまり褒められたものではない音が鳴った。すると、横からスッと1人の男性が近付いてきて、コナンに声を掛けた。

「おかわりはいるかい? コナン君」

 この喫茶店でバイトをしている安室透だった。しかし、その正体はコナンをこんな身体にしてしまった黒ずくめの組織の幹部、バーボンとして潜入捜査をしている公安警察、降谷零である。安室が味方だと分かるまで、ヒヤヒヤさせられたものだけれど、それはまた別の話である。

「うん! 安室さん、ありがとう!」

 子どものふりをしてニッコリ笑いながら答えれば、安室も人好きのする笑顔でニッコリ微笑んだ。すると、空になったグラスを下げる安室の視線が、テーブルに広げられている賢者の石に移り、そして、その隣に置いている水町波奈の写真に動いたのをコナンは見た。その瞳が、俄かに見開かれたのも。

「コナン君、その女性は――?」

 声を潜めて安室が訪ねた。その様子がいつもと違って見えて、コナンは首を捻りながらも答えた。

「彼女は失踪中の水町波奈さん。この間、おじさんのところに連絡が取れなくなったから探して欲しいって友人の女性が依頼に来たんだ。安室さん、もしかして水町さんのこと知ってるの?」
「ああ、僕の家の近所に住んでる人なんだ。トレーニングしてる時とかに時々顔を合わせていて、顔見知りでね。最近見掛けないと思っていたが、失踪中だったんて知らなかったな……僕が最後に見掛けたのはゴールデンウィークのころだったが……大きなトランクを持って出掛けてたから海外旅行にでも行くんだろうと思ってたんだ」
「それ! 水町さんが失踪する直前だよ、安室さん!」

 まさかこんな所に最後の目撃者がいるとは思わなかった。コナンは半ば興奮気味に叫んだ。そんなコナンに安室も真剣な表情で「なんだって?」と言った。

「実は水町さんはロンドンに母方の祖父から相続した家があるんだ。ゴールデンウィークにはそのロンドンにある自宅へ行く予定で、イギリスへ向かってそして居なくなったんだ」
「なら、僕が見掛けたすぐあとに失踪したという可能性もあるってことか――警察に連絡は?」
「届けを出してるらしいけど、手掛かりがないって」
「なるほど。コナン君、僕の方でも調べてみるよ。顔見知りの人が失踪したんだ。これは無視出来ない」
「ありがとう、安室さん。おじさんには僕から話をしておくよ」
「ああ。コナン君も何か分かったら教えてくれ」

 そう言って、安室はグラスを持ってその場から離れた。コナンは心強い協力者を得たと思いながらも、チラリと賢者の石の本を見ると、

「言えるわけねぇよなぁ……」

 この非科学的な事象をどう説明したらいいか分からず、大きな溜息を吐いたのだった。


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