やけに重くなった鞄


 今年も再び夏がやってきた。
 ホグワーツ特急で彼女が消えてからもう2年が経つが、あれから彼女は一向に僕の前に姿を見せなかった。別に現れないなら現れないでいいのだけれど。どうせ彼女のことだから、自分の世界で楽しくやっているだろう。

 古い呪いについてあれこれ調べてやる必要はなかったのかもしれない。僕はそんなことを考えながら、自室にあるライティング・デスクの引き出しを開けた。一番上の引き出しの中には、ビッシリと文字が書かれた羊皮紙の束が詰め込まれている。我ながら、よく調べたものだ。

「レギュラス様、そろそろお時間にございます」

 まもなく、扉がノックされたかと思うと、屋敷しもべ妖精のクリーチャーがそう告げる声が聞こえてきて僕は羊皮紙の束から顔を上げた。今日は母と共にダイアゴン横丁へ学用品の買い物に出掛ける予定になっているのだ。予め用意していた鞄を手に取ると、

「…………」

 なんとなく、持って行かねばならない気がして、羊皮紙の束を鞄に入れた。すると、ほとんど空っぽになった引き出しの底からヘタクソなキツネの絵が出てきた。それは僕がまだ2年生だったころ、彼女が「チベットスナギツネに似ている」と言いながら描いた絵だった。どうしてまだこんなのものを持っているのか、自分でもわからない。

「レギュラス様、奥様がお待ちでございます」

 なかなか出て来なかったからだろう。再度クリーチャーの声がして、僕は引き出しを閉めた。「ありがとう。今行くよ」と言うとやけに重くなった鞄を持って、部屋を出た。


 *


 ダイアゴン横丁へ行くと多くの人で賑わっていた。母はそんな人混みの中を「ああ、嫌だ……穢れた血と同じ空気を吸うなんて……」としかめっ面をして、口元をハンカチで覆いながら歩いている。因みにこの場に兄はいない。なぜならこの夏、家出をしたからだ。そのせいで母はいつもより機嫌が悪いのだ。

 ホグワーツも5年目に突入するともなれば、買い足すものは教科書数冊のみとそれほど多くはない。人混みを掻き分けながら道を進むと、僕達はフローリシュ・アンド・ブロッツ書店へと真っ直ぐに歩いた。すると、

「どうしてこう、悪い予感はあたるんだろうな……」

 通りの少し先に見覚えのある人物が立っているのを見つけて僕は呟いた。目の前の人物は、辺りをキョロキョロとしながら、困り果てた顔をしている。そうしてしばらく彼女はキョロキョロとしていたが、やがて後ろを振り向いた。僕と目が合って、困り果てていたのが嘘のように顔が綻ぶ。

「レギュラス!」

 まったく、世話の掛かる人だ。


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