Phantoms of the past - 024

3. ダイアゴン横丁の大乱闘

――Harry――



 そこは、大きな魔法使いの店のようだった。
 売っている物はどう見ても、ホグワーツ校のリストには載りそうにもない物ばかりで、クッションに載せられたしなびた手や血に染まったトランプ、それにギロリと目をむいた義眼などが置いてあった。

 他にも、壁からは邪悪な表情の仮面が見下ろしているし、カウンターには人骨がばら積みになっている。天井からは錆ついた刺だらけの道具がぶら下がっていた。もっと悪いことに、埃で汚れたウィンドーの外に見える暗い狭い通りは、絶対にダイアゴン横丁ではなかった。

 運良く、店には誰もいなかった。なので、一刻も早く外に出た方がいいと、ハリーは床にぶつけてまだズキズキしている鼻を抑えながら、素早くこっそりと出口に向かった。しかし、途中まで来たとき、ガラス戸の向こうに2つの影が見えて、ハリーは足を止めた。そのうちの1人が煤だらけで眼鏡が割れた状態では絶対に会いたくない人物――ドラコ・マルフォイだったからだ。

 ハリーは急いで周りを見回し、左のほうに見つけた大きな黒いキャビネット棚の中に飛び込んで身を隠した。扉を閉め、覗き用の隙間を細く開けた数秒後――ドアベルが鳴る音と共にマルフォイが入ってきた。

 マルフォイは大人の魔法使いと一緒だった。マルフォイと同じく血の気のない顔に尖った顎に瓜二つの冷たい灰色の目――ハリーはマルフォイの父親に違いないと思った。どう見たってそっくりだったからだ。

 マルフォイ氏は店の陳列棚に何気なく目をやりながら店の奥へとやってきた。カウンターの上にある呼び出し用のベルを鳴らし、「ドラコ、いっさい触るんじゃないぞ」と今にも義眼を触りそうだった息子に忠告をした。

「何かプレゼントを買ってくれるんだと思ったのに」
「競技用の箒を買ってやると言ったんだ」
「寮の選手に選ばれなきゃ、そんなの意味ないだろ?」

 父親がこの店では何も買ってくれないことに拗ねたのか、マルフォイは不機嫌そうにそう言うとハリーの悪口を言い始めた。クィディッチがそんなに上手くもないのに有名だから選手に選ばれただけだとか、有名なのは額にバカな傷があるからだとか――。マルフォイ氏はそんな息子にうんざりしたように「同じことをもう何十回と聞かされた」と言った。

「しかし、言っておくが、ハリー・ポッターが好きではないような素振りを見せるのは、なんと言うか――賢明――ではないぞ。特に今は、大多数の者が彼を、闇の帝王を消したヒーローとして扱っているのだから――」

 マルフォイ氏がそこまで話したところでようやくカウンターの向こうに1人の男が出てきた。マルフォイ氏に「やあ、ボージン君」と挨拶されたボージン氏は猫背で脂っこい髪をした男だった。

 マルフォイ氏は魔法省が抜き打ちの調査をすることが多くなったので、家の物を売りに来たのだと話し、リストのようなものをボージン氏に手渡していた。マルフォイ氏はなんとか言葉を濁していたが、その中に都合の悪いものがたくさんあるのだろうとハリーには分かった。

 それから、マルフォイ氏はマグル保護法の制定の噂の話を始め、ウィーズリーおじさんが糸を引いているに違いないと言った。しかもその時、バカ者だとか他にも嫌な言葉でウィーズリーおじさんを言っていたので、ハリーは込み上げてくる怒りを我慢しなければならなかった。

 腹立たしいやりとりのあと、マルフォイが突然「あれを買ってくれる?」と萎びた手を指差して会話を遮った。どうしてそれが欲しいと思ったのかハリーには全く理解出来なかったが、ボージン氏は「お目が高い!」とようやく確認しよとしていたリストを放り出してマルフォイの方へと、せかせか駆け寄った。

「輝きの手でございますね! 蝋燭を差し込んでいただきますと、手を持っている者だけにしか見えない灯りが点ります。泥棒、強盗には最高の味方でございまして。お坊ちゃまは、お目が高くていらっしゃる!」

 しかし、「泥棒と強盗には最高の味方」という売り文句がマルフォイ氏は気に入らなかったらしい。「ボージン、私の息子は泥棒、強盗よりはましなものになってほしいが」とマルフォイ氏が冷たく言い放つと、ボージン氏は慌てふためいていた。そんなボージン氏を尻目に、

「ただし、この息子の成績が上がらないようなら、行き着く先は、せいぜいそんなところかもしれん」

 マルフォイ氏は先程よりも冷たい口調で言った。どうやら息子の成績がそれほど良くなかったことの方が、先程のボージン氏の発言よりも気に入らないらしい。けれども、その息子であるマルフォイは「僕の責任じゃない」と言い張った。

「先生がみんな贔屓をするんだ。あのハーマイオニー・グレンジャーとハナ・ミズマチが――」
「ダンブルドアの被後見人の小娘か」
「ミズマチはマグル生まれのくせに、ダンブルドアが後見人ってだけでチヤホヤされてるんだ。先生も生徒もみんなミズマチ、ミズマチ――ヘーゼルアイが珍しいだけのただのアジアの猿くせに」

 ハリーは一旦抑え込んでいた怒りが再び込み上げてくるのを感じた。1年生の時、ハナが1人でどれほど努力をしていたか、ハリーには分かるからだ。毎日図書室に通い、1年生では習わない魔法も仲の良い上級生の男の子に教えて貰っていた。そんなハナを「ただのアジアの猿」呼ばわりするだなんて。ハリーは怒りで肩を震わせながら、無意識に拳をギュッと握り締めた。今のハリーはきっと、ダーズリー一家に説教をした時のハナと同じ顔をしているだろう。しかし、

「ヘーゼルアイのアジアの小娘?」

 マルフォイ氏は違うところが引っ掛かったらしい。何か考えるような仕草をしながら、口を開く。

「その小娘は、ゴーストではないのか」
「ゴ、ゴースト?」

 父親の妙な質問にマルフォイはポカンとした。

「昔、知り合いから手紙を貰ったのだ。色素の薄い黒髪にヘーゼルアイのアジア系の綺麗な顔をした女のことを知らないか、とな。彼は “レイブンクローの幽霊” だと呼んでいたが……」
「父上、ミズマチは生きた人間です」

 マルフォイがこの店に来て初めてまともなことを喋った、とハリーは思った。

「でも、ミズマチは色素の薄い黒髪にヘーゼルアイのアジア系の女です。綺麗だと周りは言ってる……僕はそうは思わないけれど――」

 父親は、最後の方をモゴモゴと話しているマルフォイの言葉を聞いていなかった。マルフォイ氏は何事か考え事をしたのち、ボージン氏と手早くやりとりを済ませると、息子と共に店をあとにした。

 ハリーはボージン氏が再び店の奥に引っ込むのを確認すると、急いで隠れていたキャビネットの中から滑り出て、店の外に出た。外は胡散臭い横丁だったけれど、ハリーは別のことで頭がいっぱいだった。

 ――マルフォイの父親が話していたのは、ハナの特徴そのものだった。けれど、レイブンクローの幽霊ってなんだろう? レイブンクローの幽霊は確か、灰色のレディのはずなのに……。

 そして、突然ハリーは学年末に医務室でハナが話していたことを思い出したのだ。

「私、貴方達に言えないことがまだたくさんある。でも、貴方達には絶対いつか本当の事を話すわ。だからどうか覚えていて。私は、どんなことがあっても貴方達の味方よ。私は、絶対に貴方達を裏切らない」