Phantoms of the past - 023

3. ダイアゴン横丁の大乱闘

――Harry――



 ハリーの隠れ穴での生活は、プリペッド通りでの生活とは180度違っていた。ダーズリー一家は何事もきっちりしていないと気が済まなかったが、ウィーズリー家はへんてこで、度肝を抜かれることばかりだった。

 キッチンの暖炉の上にある鏡は、ハリーが覗き込むと「だらしないぞ、シャツをズボンの中に入れろよ!」と叫んだし、屋根裏のグールお化けは家が静か過ぎると思ったら喚いてパイプを落とした。それから、みんなフレッドとジョージの部屋から小さな爆発音が上がっても、当たり前だという顔をしていた。

 ハリーが隠れ穴に来てから10日後くらいにハナが泊まりにやって来た時も、何故かハナは玄関からではなく突然暖炉から現れて、帰る時もいつの間にか暖炉の中に消えていたのも不思議だった。ハリーは毎回どういう仕組みなのか目を凝らして観察しようとしたが、いつもあっという間なので何が起こっているのかさっぱり分からなかった。

 けれど、1番不思議なのは、みんながハリーを好いているらしい、ということだった。ウィーズリーおばさんは食事の度に何度もおかわりをさせようとしたし、ウィーズリーおじさんは夕食の席では必ずハリーを隣に座らせたがった。以前ハナから郵便や電話のことを聞いたことがあるらしく、ウィーズリーおじさんはその仕組みを特に知りたがっていた。

 8月19日の水曜日の朝、ウィーズリーおばさんは早い時間にみんなを起こした。先週、ハーマイオニーが「水曜日にダイアゴン横丁へ行く」と手紙をくれたので、ハリー達もこの日に合わせて買い物に出掛けることになったのだ。ハナともダイアゴン横丁で落ち合う予定になっている。

「アーサー、だいぶ少なくなってるわ」

 朝食を詰め込み、服を着替えてダイアゴン横丁へ行く時間がやってくると、ウィーズリーおばさんが暖炉の上の植木鉢を取って中を覗き込みながら言った。

「今日、買い足しておかないとね……」

 そういえば、ハナが暖炉から消える前にその中から粉のようなものを取り出していたような気がする、と思いながらハリーが話を聞いていると、

「さーて、お客様からどうぞ! ハリー、お先にどうぞ!」

 と言って、ウィーズリーおばさんが植木鉢をハリーに差し出して来たので、ハリーは戸惑った。何をすればいいのか分からなかったからだ。

「な、何をすればいいの?」

 焦って訊ねると、ロンがようやくその粉をハリーが使ったことがないということに気付いてくれた。植木鉢に入っていたのは、「煙突飛行粉フルーパウダー」という粉で、暖炉を使っての移動を可能にする粉なのだということを、ハリーはようやく教えて貰うことが出来た。ハナは煙突飛行で隠れ穴とロンドンにあるハナの自宅を行き来していたのだ。

 フレッドとジョージが見本を見せてくれ、ウィーズリーおばさんにたくさんの注意事項を告げられて、遂にハリーはウィーズリーおじさんの次に煙突飛行をすることになった。見様見真似で粉をひとつまみ取ると、暖炉の中に投げ入れ、エメラルド・グリーンに燃え上がった炎の中に入った。そして、行き先を言おうと口を開いたその時、

「ダ、ダイア、ゴン横丁」

 ハリーは嫌というほど、熱い灰を吸い込んでしまった。あんなにはっきりと発音しろと忠告を受けたのに、咽せてはっきりということが出来なかったのだ。ハリーはやり直しをしたかったが、瞬く間に巨大な渦に吸い込まれてしまい、やり直すことが出来なかった。

 煙突飛行は、耳が聞こえなくなるかと思うほどの轟音がしたし、高速で回転するので目が回ってしまった。それでも正しい暖炉から出なければと目を開けていようと努力したが、輪郭のぼやけた暖炉が次々と目の前を通り過ぎるだけで、どれが正しい暖炉か分からなかった。

 ――止まってくれたらいいのに。

 朝食が胃の中でひっくり返って気持ち悪くて、ハリーは祈るように思った。すると、願いが通じたのか、ハリーはやおら暖炉から吐き出された。前のめりで倒れ、冷たい石に顔を打ってしまい、眼鏡が壊れるのが分かった。

 くらくら、ズキズキしながら、煤だらけでハリーはそろそろと立ち上がた。ハリーの他には誰もいない。一体ここがどこなのか、さっぱり分からなかった。分かったことといえば、ハリーが石の暖炉の中に突っ立っているということと、その暖炉が大きな魔法使いの店の薄明かりの中にあるということ。そして、ダイアゴン横丁ではない、ということだった。