Phantoms of the past - 022

3. ダイアゴン横丁の大乱闘



 新しい教科書は8月19日の水曜日に買いに行くことになった。ハーマイオニーが手紙をくれて、その日にダイアゴン横丁へ行くと教えてくれたからだ。どうやらロンにも同じ内容の手紙が届いたらしくて、満月の日に泊まりに行った時に、彼らも同じ日に行くことにしたのだと教えてくれた。リーマスは「私は仕事もあるし遠慮しよう」とのことだった。仕事があるのは本当だけれど、彼は学年末の時と同様、ハリーと顔を合わせるのを躊躇っているのだと思う。

「じゃあ、いってらっしゃい」
「いってきます、リーマス。リーマスもいってらっしゃい。お仕事頑張ってね」
「ありがとう。行ってくるよ」

 当日の朝はいつものルーティンをこなし、リーマスと一緒に朝食食べ、彼が出勤するのに合わせて早々に家を出た。ダイアゴン横丁はメアリルボーンの自宅から近いので、久し振りに電車で向かうことにする。マグルの人達と一緒に電車に乗っていると、なんだか自分が魔女であることが夢のように思えてくるから不思議だ。

「今朝のタイムズ紙に載ってた事件だけど――」
「この夏はモルディブにバカンスに行っていたんだ。あそこは海が綺麗だよ」
「今日のランチどうしようかしら」

 電車に乗っていて聞こえてくるのはありふれた話題ばかりだ。この時代はスマートフォンなんて発売されておらず、携帯電話も普及し始めたばかりだから、車内にはスマートフォンの画面と睨めっこしている人はいない。

 この1年でスマートフォンのない生活に慣れたけれど、地図アプリは時々欲しいと思ってしまう。ほら、ハリーの家までの経路検索とか。けれど、煙突飛行があるからどこにでも行けるのかも、と思ってしまうあたり、私もすっかり魔女なのかもしれない。

 トッテナム・コート・ロード駅で電車を降り、チャリング・クロス通りを進むと本屋とレコード店の間に目的地である漏れ鍋が見えてきた。中に入るとまだ早い時間だからか人は少なくて、カウンターに勿忘草色のローブを着ている比較的若い魔法使いが座っているだけだった。

 ハーマイオニーもハリーもウィーズリー一家も誰もまだ到着していないようで、私はバーテンのトムさんに紅茶を注文して、飲みながら待つことにした。注文する時に何故かカウンターに座っていた例の魔法使いにウインクされたのだけれど、私はどうしたらいいか分からずとりあえず会釈だけしておいた。知り合いではないことは確実だけれど……誰だろう。

「ハナ!」

 最初に漏れ鍋に現れたのは、ハーマイオニーだった。私が店に来てから40分後くらいだろうか。両親と一緒にチャリング・クロス通りの方からやってきたハーマイオニーは、私を見るなり嬉しそうに顔を綻ばせて飛びついてきた。待っている間変身術の本を読んでいたので気付かなかったが、いつの間にかカウンターにいた魔法使いは店を出ていて、店内には新しい客の姿があった。

「ハーマイオニー、会えて嬉しいわ!」

 ハーマイオニーとひとしきり再会を喜び合うと、私は彼女の両親に挨拶をした。グレンジャー夫妻とは学年末にキングズ・クロス駅で1度挨拶をしているので、会うのはこれで2度になる。「お久し振りです」と挨拶をすると、彼らは優しく微笑んで握手を交わしてくれた。

「私達、先にお金を換金しようと思うの。ハナ、1人でしょう? 危ないから、一緒に行きましょう」

 このまま漏れ鍋でハリー達を待っても良かったけれど、これ以上1杯の紅茶で長居するのも忍びなかったので、ハーマイオニーについて行くことにした。それに、グリンゴッツで待っていれば、ハリー達もすぐに気付くことが出来るだろう。

「ねえ、今日もあの人はいないの? 休みの間貴方と暮らしてくれているって人」

 グリンゴッツへ向かいながら、ハーマイオニーが言った。

「ハナが手紙にその人に勉強を教えて貰っていると書いていたから、私、話してみたかったの。今日こそ会えると思っていたんだけれど」
「ごめんなさい。今日は仕事だったの。来年にはきっとみんなに紹介出来ると思うわ」
「本当? 楽しみにしているわ」

 グレンジャー夫妻は魔法界にはまだ慣れないみたいで、ダイアゴン横丁を進みグリンゴッツに向かう間、不安そうにしていた。彼らが魔法界に関わるのは年に1度――夏休みの買い物くらいだろうから、慣れないのも無理はないかもしれない。

 グリンゴッツに到着すると、換金をしに行くグレンジャー一家と一旦別れ、私はエントランスの前でハリー達が来るのを待つことになった。すれ違い防止のためである。グリンゴッツのエントランスは階段を上がったところにあるので、その上に立つとダイアゴン横丁の通りを歩く人々の顔がよく見えた。

 グリンゴッツは2つに分かれた道の真ん中に立っているのだけれど、階段の上からは左右の通りも良く見えた。去年ウィーズリーおばさんが教えてくれた夜の闇ノクターン横丁への脇道も見える。行ったことはないけれど、あそこは悪い魔法使いがいる場所らしいので、ヴォルデモートが好きそうなところだ、と私は密かに思った。

 多くの魔法使いや魔女がひしめき合っているダイアゴン横丁の通りとは違って、夜の闇ノクターン横丁は人通りが少なく、薄暗かった。ルシウス・マルフォイもこういうところに行くのだろうか、なんて考える。しかし、

「ハリー! ハグリッド!」

 そこから出てきたのは意外な人物だった。