Phantoms of the past - 015

2. ハリー救出大作戦



「フレッド・ウィーズリー! 本物! 安全!」

 来訪者探知機によって私が叩き起こされたのは、8月3日の夜遅く――あと少しで日付が変わろうかというころだった。ジョージの生首と話して以来、いつ連絡が来てもいいようにリビングの暖炉近くのソファーで寝ていた私は文字通り転がり落ちて、暖炉に現れたフレッドにひとしきり笑われてしまった。

「ハーイ、フレッド」

 体勢を整え、ガウンを引っ掛けながら私は何とか平静を保ちつつ暖炉に話し掛けた。ジョージの時と同じくフレッドも生首だったが、2回目だったのでこの状況にも少し慣れたように思う。

「こんな時間にどうしたの? ハリーのことで何か分かったの?」

 それにしてもこんな時間に連絡してくるだなんて一体どうしたのだろう。もしかしたらハリーに何か大変なことが起こったのかもしれない。そう思いながらフレッドに訊ねれば、彼は「こんな時間だからやってきたのさ」とニヤリと笑った。

「どういうこと……?」

 それは何かよからぬことを企んでいる顔だった。けれど何を企んでいるのか分からず訝りながら私が訊ねると、フレッドは仰々しい雰囲気で話し始めた。

「ハナ嬢、今日は実にいい夜だ。お袋は寝ている。親父は急遽抜き打ち調査に呼ばれた。空は曇っている。そして、俺達には親父が手を加えた空飛ぶフォード・アングリアが――」
「ウィーズリーおじさんのフォード・アングリアって空を飛ぶの!?」

 フレッドの言葉に私は食い気味で言った。おじさんがマグルのものが大好きで車庫にフォード・アングリアがあることは既に知っていたけれど、それが空を飛ぶだなんて初耳だ。そんな私の様子にフレッドは「あれ? 言ってなかったか?」とキョトン、としている。

「それで、そのおじさんの車を拝借して貴方達はこんな夜更けに何をしようって言うの? 車は魔法を掛けても使わなければ違法ではないけれど、使ったら違法よ。ご両親の許可はもちろん得ているんでしょうね?」

 勝手に車を飛ばそうとしていると察して、厳しい口調でそう述べればフレッドは途端に「君はパーシーか」としかめっ面をした。

「俺達はハリーを助けに行くんだ。君だって心配してたじゃないか。それなのに親父もお袋もなかなか迎えに行こうとはしない。だったら、俺達が行くしかないだろ? 親父はさっき言った通り仕事だし、今から出発して夜明け前にここに帰ってくれば、お袋にはバレない。完全犯罪だ」
「貴方達、運転の経験は?」
「ないけど、出来るさ」

 これは、心底心配だ。
 私はフレッドを目の前にして頭を抱えた。きっとこの無謀な作戦を実行するのはフレッドとジョージとロンだけだろう。そして彼らは私がついて行かなければ勝手に行ってしまう。その間に何かあったら? 誰が彼らを助けるの?

「分かったわ……私も行く」
「そう来なくちゃ。10分後に隠れ穴の庭に集合だ」
「分かったわ」

 フレッドが暖炉の向こうに消えるのを確認すると、私は自分の杖を握り締め、2階へと駆け上がった。2階にはリーマスが休んでいる部屋があるのだ。彼は来訪者探知機で起こされてしまったのか、私が階段を上りきると部屋から出てきて「何があったんだい?」と訊ねた。

「実は――」

 私が掻い摘んで事情を説明すると、リーマスも頭を抱えて盛大な溜息を吐いた。子ども達だけで車を飛ばしてハリーを迎えに行くだなんて無謀だ、と考えているに違いない。

「私が止めても彼らは勝手に行ってしまうわ。だから、ついて行こうと思うの。私は運転免許を持っているし――ああ、持っていた、だわ。とにかく、何かあれば対処が出来ると思うの。マグルの道を使って帰ることも出来るわ」

 本当は反対したかったに違いない。リーマスはもう一度深い溜息を吐いたあと「無事に戻ってくるんだ、絶対に」と告げた。

「ありがとう、リーマス」
「君みたいなじゃじゃ馬の相手は慣れているからね――ジェームズは自分の息子をハナが空飛ぶ車で助けに行ったと知ったらそれは喜ぶだろう」

 「待っているから行っておいで」というリーマスに見送られ、私は煙突飛行で隠れ穴に向かった。前回リーマスにアドバイスを貰ったからか、3回目の煙突飛行は無事に着地が出来て、私は誰もいない隠れ穴のキッチンに降り立った。

 フレッドもジョージもロンも既に庭にいるようだった。約束の時間まであと僅かだったが、私は近くに置いてあった羊皮紙の切れ端と羽根ペンを引っ掴むと「ハリーを迎えに行ってきます。4人共必ず無事に連れ帰ります。ハナ」と書き残して、キッチンの勝手口から隠れ穴の庭に出た。

「ハナ! こっち!」

 私に気付いたロンが車庫の方から声をひそめながら呼んだ。ウィーズリーおじさんのフォード・アングリアには既にフレッドとジョージが乗り込んでいる。

「遅かったじゃないか」

 運転席からフレッドが顔を覗かせた。隣の助手席からは「やあ、ハナ」とジョージが朗らかに挨拶をしてくれる。

「やっぱり、フレッドが運転するの……?」

 不安しかないまま「早く乗って」というロンに急かされ、私は渋々後部座席に乗り込んだ。何かあれば無理矢理にでも席を代わって私が運転しよう、と意気込んだのも束の間、フォード・アングリアはエンジン音を響かせ、車庫から飛び出した。

 フォード・アングリアは瞬く間にふわりと車体を浮かせ、空高く上昇し始め、隠れ穴はどんどん小さくなって行く。ああ、あんなに良くして貰ったのに、おじさんおばさんごめんなさい……。

「さあ、サレー州リトル・ウィンジング、プリペッド通り4番地へ!」

 こうして私達は不安を残しつつ夜空へと飛び立ったのだった。