Phantoms of the past - 012

2. ハリー救出大作戦

――Harry――



 ハリーの12歳の誕生日である7月31日はちょっぴり眩し過ぎるくらい、いい天気だった。けれど、天気とは裏腹にハリーの気持ちは、どんよりと曇っていた。

 なぜならば、ダーズリー一家は夏休みで家に帰ってきた途端にハリーの荷物を階段の下の物置に押し込んでしまったし、愛梟あいきょうであるヘドウィグの鳥籠にも鍵を掛けてしまったからだ。更にはハリーの誕生日だというのにダーズリー一家はハリーに見向きもしない。ハリーは家長であるバーノンおじさんが、間違えてハリーも階段下の物置に押し込んでしまったら良かったのに、と何度となく思った。

 唯一の救いはダーズリー一家がハリーの着替えと共に、去年のクリスマスにハナがくれた巾着袋もハリーに寄越したことだった。この「H」とだけ書かれた巾着袋は、何かの嫌がらせなのかと思うくらい古めかしかったが、実はとても素晴らしいものだ。中は拡張魔法が施されていて、そこにハナはハリーが食べきれないほどたくさんのお菓子を詰め込んでくれていたのだ。

 とはいえ、そんなハナも夏休みに入るなりハリーのことを忘れてしまったようだ。同じグリフィンドールの友達である、ロンとハーマイオニーも同様で、夏休みに入ってからというもの3人からずーっと連絡がなかった。あまりに連絡がないので、ハリーはこの1年が実は夢だったのではないかと思うほどだった。しかも、3人はハリーの誕生日すら忘れているらしい。

 お陰で今年は、去年ハグリッドがハリーに入学許可証を持って現れた時よりもっと最高の誕生日になると思っていたのに、最低最悪の誕生日になった。朝からバーノンおじさんに怒られるし、突っかかってきたダドリーをちょっと揶揄からかったら、ペチュニアおばさんが洗剤で泡だらけのフライパンをハリーの頭めがけて投げてきた上、仕事を言いつけられたし、おまけに終わるまでは食事抜きと言い渡されたからだ。

 ハリーはダドリーがアイスクリームを舐めながらハリーを眺めている間に、窓を拭き、車を洗い、芝を刈り、花壇を綺麗にし、バラの枝を整え、水遣りをし、ガーデン・ベンチのペンキ塗りをした。太陽の陽射しに照らされながら、ハリーはつい思い描いていた夏休みを過ごせていないことに腹を立て、突っかかって来たダドリーに言い返したことを後悔した。

「あの有名なハリー・ポッターのこのざまを、見せてやりたいよ」

 ハリーは吐き捨てるように言った。こんな時、ハナなら去年ホグワーツ特急で見せたあの怖い顔をしてダーズリー一家を吹き飛ばしてくれるかもしれないのに、と思った。きっとハナは「ハリーをこんな目に遭わせるだなんて!」とカンカンになってくれただろうに、ハナはどうしてハリーのことを忘れてしまったのだろうか。実はホグワーツに友達なんて1人もいなかったかもしれない……。

 夜の7時半になるとようやく家の中に入ることが出来た。今日はこれから大事な取り引き相手であるメイソン夫妻がやって来るとあって、キッチンには既に豪華なディナーが準備されていた。けれども、ハリーはそれらを食べることが許されず、なんとペチュニアおばさんがくれたのはパン2切れにチーズが1欠片のみだった。

 ハリーはメイソン夫妻が来ている間は2階の部屋に閉じ籠り、いないふりをする手筈になっていたので、急いで夕食――と言えるかは分からないが――を飲み込んだあと、部屋に向かった。2階に上がる途中で玄関のベルが鳴ってしまったので、ハリーは忍び足で戻らねばならなかった。

 夕食がたったあれだけだったし、クタクタだったので、ハリーはベッドに倒れ込んで巾着袋の中に隠されたお菓子を食べたかったが、なんと、ベッドには先客がいた。コウモリのような長い耳をして、テニスボールぐらいの緑の目がギョロリと飛び出した小さな生き物が、ハリーのベッドに座っている。

「メイソンさん、奥様、コートをお預かりいたしましょうか?」

 階下からダドリーのそんな声が聞こえて来て、ハリーは叫び声を堪えた自分を褒めてやりたい気分だった。部屋に入ったら見たこともない生き物が自分のベッドに座っているのだ。これが叫ばずにいられようか。

「あ――こんばんは」

 生き物は手と足が出るように裂け目がある古い枕カバーのような物を着ていた。ハリーはどうしたらいいか分からず、ベッドからするりと滑り降りて床に細長い鼻の先がくっつくぐらい低くお辞儀をしたその生き物に、不安気に挨拶をした。

「ハリー・ポッター!」

 生き物が甲高い声を出して、ハリーの名前を呼んだ。ハリーは最低最悪の誕生日がまだ終わっていなかったことを、その生き物に思い知らされたのだった。