Blank Days - 002

リリー・エバンズ

――Remus――



 普通魔法レベル――O.W.L試験の全工程が終わり、ホグワーツの5年生は誰も彼もが開放的な気分になって、ほとんど全員が校庭へと遊びに出掛けていた。もっとも、ジェームズに関してはリリー・エバンズに対するアプローチに余念がないので、全ての試験が終わる前にスネイプを宙吊りにしてはしゃいでいたけれど。シリウスも退屈凌ぎにそれに加わるし、あれは結構な騒ぎだったように思う。

 シリウスに関しては、先日「痛い目を見た方がいい」と話していたから、加わったのはそれも理由にあるのかもしれない。僕はそれもあって静観していたのだけれど、彼らの行き過ぎた行動を止められないのは僕の悪いところだ。

 けれども、僕は彼らが好きだった。僕が狼人間だと知ってもそれが何でもないことのように接してくるのは彼らだけだったからだ。闇の魔術に対する防衛術のO.W.L試験に出題された「狼人間を見分ける五つの兆候」について「1、狼人間は僕の椅子に座っている。2、狼人間は僕の服を着ている。3、狼人間の名はリーマス・ルーピン」と言った僕の冗談に大笑いするのは、きっと他にはいない。

 しかも、彼らはこんな僕のために危険を冒して動物もどきアニメーガスになってくれて、満月の夜を一緒に過ごしてくれるようになった。それがどんなに嬉しくて、どんなに素晴らしかったか。僕にしか分からないだろう。

 そこにハナが加わってくれたら、もっと素晴らしかっただろうに、と僕はこの1年、何度も思った。彼女も僕のことを知っていても何ひとつ態度に出さない人だった。こんな僕に対しても人好きのする笑顔でニコニコ笑って話し掛けてくれる、そんな人だった。もし、あのまま僕達とホグワーツに通うことになったら、きっと彼女も僕達と一緒に満月の夜を過ごしただろう。

 ハナならどんな動物になるのか、とジェームズとシリウスと話したこともあった。ジェームズは猫だと言っていた。理由は「あのヘーゼルアイが闇夜に光る猫の瞳に似てるじゃないか」だった。シリウスは一角獣ユニコーンだと言っていた。理由は「肌が白いし、あいつキラキラして見えるだろ、物理的に」らしい。でも、僕もシリウスの意見には同感だった。神秘的で綺麗なところも似合っているように思えた。

 明日の土曜日の夜、満月がやってくる。けれどもハナはそこにはいない。彼女は9月にヴォルデモートの魔法によって、連れて行かれてしまったからだ。ダンブルドアの話では、彼女が飛ばされたのは、おそらく今よりずっと先の未来らしい。それが具体的にいつなのかは、ダンブルドアですら分からないそうだ。

 もう2度とハナに会えないかもしれない。

 それは、僕達の誰もが1度は思ったことだろう。けれど、僕達は彼女のことを忘れたりはしなかった。先日もO.W.L試験が迫っているというのにジェームズなんか、マグル式の解錠術を覚えたから夏休みにハナの家に行こうと言い出したくらいだ。僕達は心のどこかで未だにハナが突然ひょっこり現れるのではないかと思っているのだ。

「ねえ、貴方、大丈夫?」

 考え事をしながら城の中を歩いていたら、どうやらずっと足元ばかり見ていたようだ。突然声を掛けられて顔を上げると、そこにはリリー・エバンズが立っていた。昨日のスネイプ宙吊り事件の時にいろいろあったから、こうも気遣わしげに声を掛けられるとは思わず、面食らってしまった。

 彼女なら、僕が何故昨日ジェームズ達を注意しなかったのか、と言い出しそうなものだったが、それ以上に明日が満月のせいで僕の顔色が悪過ぎたのかもしれない。エバンズは僕の顔色をうかがいながら、心配そうにしている。

「マダム・ポンフリーの所へ行ったらどう? 貴方、とっても顔色が悪いわ」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」

 僕がそう言うと、エバンズはまだ納得がいかないという顔をしながらも渋々「そう……」と言って引き下がった。いつもはジェームズが一緒だからすぐにアプローチが始まって、僕に対する話題を避けることが出来るがあいにく今は1人だ。どう対処するのがいいのか戸惑って、早々にこの場を立ち去ろうと「それじゃあ」と言おうとしたけれど、

「そういえば、9月にも同じことをあの子に言ったわ。ちょうど、この場所で……」

 というエバンズの言葉に遮られて、それは出来ずに終わった。ほとんど独り言のようなものだったのか、僕が驚いて「え?」と聞き返すと、彼女はハッとした表情になり、それから少し気まずそうにしながら「あの……あの子よ、彼女よ」と言った。

「レイブンクローの、ほら、貴方達ととても親しかった――とても可愛い女の子」

 ハナのことを言っているのだと、そこで僕はようやく気が付いた。言われてみれば、最後にハナを見つけたのはこの廊下だったように思う。あの時ハナはエバンズとスネイプと一緒にいたのだ。

「私、最近よく彼女のことを考えるの。ほら、ポッターが最近やけに髪をくしゃくしゃにして見せたり――呪いを掛けてみたりして格好をつけたり――いろいろするでしょう?」

 僕が考えを巡らせていると、深刻な顔でエバンズが続けた。

「私、それを見るといつも思い出すのよ。ポッターは彼女に対してはそんなことなかったのにって。私、あの時だけは彼を見直したのよ。あんなに優しく接するだなんてって」

 エバンズの話を聞きながら、僕は確かにジェームズがハナに特別優しかったことを思い出していた。それと同時に、エバンズがどこかハナのことを羨ましがっているように思えた。まるで、ジェームズにハナに接するように接して欲しがっているような――けれど、

「もし、ジェームズが君に同じように接したら……」
「私――そんな――つもりじゃ――ないわ!」

 僕が全てを言い終える前に、エバンズはカンカンになって否定すると、廊下をズンズン歩き出したのだった。