The beginning - 004

1. 夢と現実



「Hey, What’s the matter? You look a little pale」

 誰かに声を掛けられて目が覚めた。
 ハッとして顔を上げれば、隣の席の老婦人が気遣わしげな表情でこちらを見ていた。呼吸が僅かに荒くなっているところをみると、どうやら私はうなされていたらしい。

「――It's okay......Thank you」

 少し顔色が悪いと指摘されて、どうにかそれだけ返した。今日の夢はなんだかいつもと違って怖かった。でも、あれは確かに夢だった。だって、私はまだ飛行機の中にいる。夢の中のジェームズとシリウスが「これは現実だよ」と言う夢を見ただけだ。ややこしいけど、絶対夢なのだ。

 落ち着きを取り戻すように深呼吸をすると、私は座席に深く座り直した。飛行機は今どの辺りを飛んでいるのだろうか。機内の中は照明が必要最低限まで落とされ、ほとんどの乗客が寝静まっている。

 眠るのが怖いと感じたのは、これが初めての経験だった。祖父母を亡くして、両親も亡くして、1人の夜が嫌だと思ったことは何度もあるけれど、眠ること自体が怖いとは思ったことは今まで一度もなかったのだ。

 でも、もう一度眠らなければならない気がした。あの続きをジェームズとシリウスと話さなければならないと思った。何故かそれがとても重要なことのように思えたのだ。

 ――もう一度、ホグワーツ特急へ。

 私は、祈るようにそう心の中で唱えて、もう一度目を閉じた。


 *


「ハナ!」
「おい、大丈夫か!」

 気がつくと目の前には、ひどく慌てた様子のジェームズとシリウスのドアップがあった。2人の顔を見て、良かった、とホッと胸を撫で下ろす。

「今日は、何年何月何日……?」

 今回も私はホグワーツ特急の中にいた。私はジェームズとシリウスと3人でコンパートメントの中にいて、それは先程と変わりがないように思えるが、果たして本当に先程の続きなのかは分からなかった。

「1973年6月30日だ」

 シリウスが答えた。

「良かった。私、途中で目覚めちゃって、それで……」
「おい、大丈夫かよ」
「君、僕達の目の前で突然、霧のようになって消えたんだ。だから、びっくりして」

 まさか、と私は目をパチクリとさせた。けれど、2人が真剣な様子で話すから、どうやら私は本当に目覚めている間消えてしまっていたらしい。

「思えば今までも、話をしていたと思ったら、ふと目を離した隙に君が居なくなってた。どこか変だな、とは思ってたんだ」
「そうだったのね。ねえ、さっき話していたここは現実だって話、どういうこと?」
「それはそのままさ。だって、僕達にとってはここは現実だからね」
「うーん、つまり……?」
「君は眠ることで世界を移動出来る能力がある、とか。夢があるじゃないか!」
 
 「夢だけに!」と自信満々な様子で言うジェームズに、なんだか先程の発言で不安になっていた自分が一気にバカバカしく思えてきた。もう一度続きを……と思ってしまったのも、胸騒ぎというよりかは、ただ単に不安を払拭したかっただけなのかもしれない。よくよく考えてみれば、いくら私の夢の中だからってそこに出てくる人が全員「ここは貴方の夢の中だよ!」なんて言うわけないのだ。

「それで、君の世界に本があるって話だけど――口振りからするに、僕達やホグワーツのことが書かれた本が」
「ええ、あるわ。あ! 私、隠し部屋を教えようと思っていたの。貴方達にはきっと、必要だろうと思って」

 何も心配することはいらない。これは夢なのだ、と自分自身を納得させてから私は午前中に調べていた必要の部屋について話し出した。8階の廊下のバカのバーナバス――バーナスと言ってしまって、シリウスに「バーナバスだろ」と訂正された――のタペストリーの前で、気持ちを必要なことに集中させながら3回往復する。すると、タペストリーの向かい側の壁に扉が出てくる、と。

「そんな部屋があるのは知らなかったな」

 ジェームズが驚いたように言った。

「でも、僕達にそれが必要だって思ったのはどうしてだい?」
「貴方達の友情のために必要だと思ったの。練習する場所が必要でしょう?」
「Merlin's beard! おっどろいた。じゃあ君、知ってるんだね。僕達が動物もどきアニメーガスになろうとしてること」

 何故急に「マーリンの髭!」なんて叫んだのか分からなかったけれど、とりあえずジェームズの言葉に黙って頷いた。ネットで得た情報は間違いなかったらしい。親世代大好きな友人も彼らは動物になれる、と話していたし。ジェームズは鹿で、シリウスは犬、だったっけ?

「僕達がそれを会得しようとしてることを知ってるってことは――僕達が成功するのかどうかも知ってるのか?」

 シリウスがどこか期待のこもった眼差しでそう言った。私はそれに慎重に頷きながら、返事を返す。

「知ってるわ。貴方達の努力は報われる」

 そんな私の言葉にジェームズとシリウスは「やったぞ!」とまだ成功もしていないのにハイタッチをした。傍から見ているとまるで成功したような喜びようである。おーい、まだ成功してないんじゃないの? 青少年諸君。

「努力は惜しまないでね」
「分かってるよ、ハナ」
「あ、僕達が何の動物に変身するのかは言ってくれるなよ。成功したときの楽しみだしな」
「ええ。そんな野暮なことは言わないわ」

 「夏休みが終わって練習再開出来る日が楽しみだよ」と2人はワクワクしながら言った。努力は必ず報われる日が来る。それが今日分かったことは、彼らにとっては大きな収穫だったようだ。

「2人から成功の報告が聞けるのを楽しみにしてるわ」

 私がそう言うと、彼らは笑顔で頷いた。