Phantoms of the past - 009

1. 隠れ穴とゴドリックの谷



 満月の日を、リーマスはいつもより遥かに穏やかに過ごせたようだった。ロキは一晩中彼のそばにいて、リーマスが噛む相手の人間がいないために自分自身を噛みだすと「ホーゥ」と鳴いてリーマスを我に返すのだそうだ。

 お陰でリーマスは「傷がいつもより少なかった」と話していて、私はホッとするのと同時に、「やっぱり自分もそこにいたかった」と思った。リーマスは私が危険を冒すことを良しとはしないので、そう思っていることを喜ばないかもしれないけれど。

 一方私はというと、煙突飛行の着地に失敗したところを既に帰宅していたリーマスに見事に目撃され、とんでもない赤っ恥をかいた。去年のマダム・マルキンの店といい、どうやら私はひと夏に一度は恥をかく呪いがかかっているらしい。それを大真面目にリーマスに話したら、彼は着地のコツを教えつつもくつくつ笑っていた。

 ウィーズリー家から戻った私は、相変わらずの生活を送っている。朝はランニングと座禅をして、リーマスと朝食を食べ、彼が仕事の日は1人で読書をしたり、友達に手紙を書いたりして、休みの日はリーマスに呪文学や闇の魔術に対する防衛術――D.A.D.Aについて教えて貰う。そんな毎日だ。

 因みにクリスマスプレゼントにダンブルドア先生から貰った変身術の本は、リーマスがいない日に読んでいる。ダンブルドア先生にも話していないので、本は動物もどきアニメーガスに関する内容ではないものの、リーマスは既に3人の前例を知っているので、私が変身術を必死に勉強していると知ったら、何をしようとしているのかすぐに分かってしまうと思ったのだ。

 早く2年生で必要な教科書のリストが欲しいと思っていたけれど、今年はまだ音沙汰がなかった。年度末にあんなことが起こって、D.A.D.Aの先生がいなくなってしまったので、選考に時間がかかっているのかもしれない。次はにんにく臭くない先生であることを願うばかりだ。

 音沙汰がないといえば、ハリーからもやっぱり音沙汰がなかった。あれから、ハーマイオニーにも手紙を出して訊ねてみたけれど、彼女もやっぱり返信がないようで、ロンはご両親に相談してみると話していた。ウィーズリーおじさんなら魔法省に勤めているので、ハリーにもしものことがあったら何か分かるかもしれない。

 ハリーといえば、誕生日が月末に迫って来ていた。返信がないので心配なものの、1週間前までには誕生日プレゼントを買って送ろうと決めていた。ちゃんとハリーの手元に届くことを祈るのみである。

「今度の金曜日――24日にハリーの誕生日プレゼントを買いに行くだろう?」

 21日の朝、一緒に朝食を食べているとリーマスがそう切り出した。手にしていたカトラリーを置いてリーマスの顔を見れば、彼は妙に真剣な顔でこちらを見ている。

「ええ。もしかして、仕事が入ったの?」
「いいや、そうじゃない。あー、ハナさえ良ければなんだが――ハリーの誕生日の日にゴドリックの谷に行かないかと思って」
「ゴドリックの谷?」

 思いもよらない地名が出て来て私は首を傾げた。ゴドリックの谷は魔法史で読んだ覚えがある。確か、ゴドリック・グリフィンドールが生まれた場所だ。けれど、何故ハリーの誕生日の日にゴドリックの谷へ行くのか分からずにいると、リーマスが驚いた表情をして「君は、知らないのか?」と訊ねた。

「ゴドリックの谷はゴドリック・グリフィンドールの生まれ故郷でしょう? 魔法史で勉強したわ」
「あー、違うんだ。そうだけど、そうじゃない――私は、君が初めから何でも知っていたからてっきり――」
「ゴドリックの谷に何があるの?」
「いや、君が知らないのなら、行ってからのお楽しみということにしよう。とはいえ、楽しめる場所ではないが――きっと、君が行きたい場所だと思う」

 「楽しめる場所ではないけれど、私が行きたい場所」というのが何だかよく分からなかったけれど、私には特に予定がないので、31日は一緒にゴドリックの谷に出掛けることになった。そこにはなんと、姿くらましで行くらしい。

 瞬間移動だ! と私は一瞬目を輝かせたが、忘れてはいけないのは魔法界の便利な移動手段は快適ではない、ということだ。煙突飛行がそのいい例である。

「ねえ、それはぐるぐる回ったりする?」

 疑わしげな視線でリーマスに訊ねると、

「細いゴム管の中を無理矢理通り抜けるような感じさ。大丈夫、すぐに慣れる」

 と全く大丈夫ではなさそうなことを言ったので、私はやっぱりマグルの移動手段がとっても素敵だと思えてならないのだった。