Phantoms of the past - 008

1. 隠れ穴とゴドリックの谷



 ロキが無事に到着したというニュースを、ウィーズリー家はみんなで喜んでくれた。迷惑を掛けたことを謝ると、ウィーズリーおばさんは「そんなこと気にしなくていいんですよ。貴方のふくろうが無事で良かったわ」と言ってくれた。

 みんなでテーブルを囲んで朝食を食べていると、夜の間ずっと残業をしていたウィーズリーおじさんがようやく帰ってきた。残業はどうやら抜き打ち調査だったらしく、何件も調査に行ってウィーズリーおじさんはクタクタだったけれど、私が手土産に持ってきたフォード・アングリアのミニカーを見ると大興奮していた。たちまち魔法を掛けて、キッチンの中を小さなフォード・アングリアが飛び回り始めて、楽しい朝になった。

 朝食のあと、体力作りにランニングを日課にしているので、良かったらお庭を走りたいと申し出るとフレッドとジョージが付き合ってくれることになった。彼らは「俺達が夏の間も体力作りをしていたと知ったら、オリバーのやつ、感動してむせび泣くだろうな」と笑っていた。

 因みにロンは「君って何でそんなにストイックなんだ?」と信じられないものを見るような目で私を見ていた。「いざって時に体力は必要でしょう?」と答えると、彼は「君って魔法もハーマイオニーより使えるし、その上体力もついたらホグワーツ史上最強の魔女になるよ」と言っていた。

 そんなこんなで3人でランニングに出ると、昨日は全く見る余裕がなかった隠れ穴の外観をゆっくり楽しむことが出来た。隠れ穴はとっても奇妙な外観をしていた。石造りの建物のあちらこちらに部屋をくっつけて、数階建ての家になったように見える。その上、くねくねと曲がっているので、一体どうやって建物を支えているのか不思議だった。

 庭には、少しガタがきている車庫や納屋、鶏小屋があった。入口近くには、「隠れ穴」と書かれた看板も立っていて、丸々と太った茶色の鶏が数羽、庭で餌をついばんでいた。こんなに不思議で素敵な家は他にないかもしれないと私は思った。キッチンの出入り口の周りに置いてある古い長靴や錆びついた大鍋ですら、素敵に思えるのだから不思議だ。その生活感が、温かみを感じられて、とても良い。

「この先にオッタリー・セント・キャッチポールっていう村があるんだ」

 庭を走りながらジョージが言った。

「あ! 魔法史の教科書でその名前を見たことがあるわ。魔法使いの住む集落だって」
「まあ、マグルの村だけどね。その周りに魔法族が多く住んでる」
「ディゴリーも近所なんだ」
「そうなの? 知らなかったわ!」

 セドリックとは夏休みに入ってから手紙のやり取りをしているけれど、ウィーズリー家の近くに住んでいるのは初耳だった。帰ったらセドリックに手紙を書いてみようかしら。そんなことを考えていると、

「こりゃ、夏休み明けのディゴリーが見ものだな」

 とフレッドとジョージがお互い顔を見合わせてニヤニヤし出したので、私は訳が分からず首を傾げるのたった。


 *


 ランニングのあとはフレッドとジョージが昨日の作戦会議の続きをしようと言ってくれて、私はまた彼らの部屋にお邪魔させて貰った。昨日の話では、ホグズミードへ行く隠し通路で安全なのは、5階の鏡の裏からの道と4階の隻眼の魔女の像からの道だけだという話だったので、話し合った結果、行きは5階を使い、帰りは4階を使うことにした。決行も9月の最初の土曜日に決まった。

 この日は、ロンの部屋にもお邪魔することが出来た。ロンの部屋は、応援しているチャドリー・キャノンズというクィディッチ・チームのチーム・カラーであるオレンジ色に溢れていた。壁にもポスターがたくさん貼ってあって、男の子の部屋、という感じだった。しかも、真上には屋根裏にグールお化けが住んでいるらしい。

 グールお化けは普通のゴーストなんかとは違って、魔法生物に分類されている生き物なんだそうだ。痩せた出っ歯の人食いお化けのような見た目をしているらしいけど、無害な生き物で、時々呻き声を出したり物を投げたりするくらいだ、とロンは話していた。魔法省の魔法生物規制管理部の動物課にはグール機動隊があって、グールを駆除してくれるそうなんだけれど、駆除してくれるのは魔法使いの家がマグルの持ち家に変わった時だけらしい。

 昼食の時間には、この日休みだったウィーズリーおじさんが私を隣に座らせたがって、嬉々としてマグルのことについて訊ねた。「マグルはふくろうを使わないが、どんな連絡手段があるのかね?」と聞かれて、マグルにも郵便局があることや、電話というものがあることを話すとウィーズリーおじさんは大喜びだった。けれども、ウィーズリーおじさんはいくら訂正しても「telephone」を「fellytone」と言っていた。マグルの単語は馴染みがないので聞き間違えてしまうのかもしれない。

 そうして、楽しい時間はあっという間に過ぎて、遂に帰る時間となった。夕食まで食べて行けばいいのに、とみんな言ってくれたけれど、一緒に暮らしている人と食べる約束をしているのだと言って丁寧に断った。因みにロキはつい先程隠れ穴を飛び立った。今度はきっと、真っ直ぐに自宅に帰ってくれるだろう。

「ハナ、またいつでも来てちょうだいね」
「はい、ありがとうございます。今回はとても楽しかったです」

 ウィーズリー家の煙突飛行粉フルーパウダーは暖炉の上の植木鉢に入れられていた。私はそれをひとつまみだけ貰うと、暖炉の前に立った。フレッドとジョージとロンとジニーの「もっと泊まっていけばいいのに」という顔に見守られながら、粉を暖炉に投げ入る。

 暖炉にエメラルド・グリーンの炎が上がると、私はあのフレッドとジョージの目の前で「幽霊屋敷!」と叫ばなくてはいけないことや、上手な着地の仕方を聞くのを忘れていたことを思い出したけれど、もう手遅れだった。フレッドとジョージに大笑いされることやリーマスの目の前でヘッドスライディングしなければならないことに憂鬱になりながら、仕方なく暖炉に入ると、

「幽霊屋敷!」

 と叫んだ。
 次の瞬間、フレッドとジョージが大爆笑する声と共に、また私は巨大な穴に吸い込まれて行った。2度目の暖炉の旅は前回よりも少し慣れたような気がするけれど、やっぱりぐるぐる回転しているような感じが気持ち悪くて私は電車の方がずっと好きだと思った。そして、

「うわあ!」

 やっぱり私は着地に失敗し、自宅のリビングにヘッドスライディングすることになったのだった。