Phantoms of the past - 007

1. 隠れ穴とゴドリックの谷



 窓の外にぽっかりと月が浮かんでいた。
 ウィーズリー一家はとても優しくて、フレッドやジョージ、それにロンやジニーも私と一緒にロキを待っていてくれたのだけれど、もう時間も遅いからとウィーズリーおばさんに寝るように促されたのはつい1時間程前のことだった。ウィーズリーおばさんは代わりにロキが来ないか見ていてくれると言ってくれて、この家の家族はなんて優しいんだろうと私は感動しっぱなしだった。

 部屋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた2つのベッドのうちの1つには、既にジニーが丸くなって眠っていた。私は窓の下にある小机の椅子に腰掛けて、ジニーの寝息を聞きながらもしかしたらロキが来るかもしれないと窓の外を眺めていた。

 もし、私が既に動物もどきアニメーガスだったのなら、夏休みの間だけでも満月の夜にリーマスと一緒にいることが出来たし、そうしたら、ロキだってこんなことにはならなかったかもしれない。それに、ヴォルデモートに関わりのある人に捕まえられていたら、と考えると気が気ではなかった。

 そういえば、夜には帰ってくると聞いていたウィーズリーおじさんだけれど、その日残業になったと連絡があり、結局会えずに1日は終わった。けれども私はロキのことでとても落ち込んでいたので、落ち込んだままウィーズリーおじさんに挨拶をしなくて済んで、少しホッとした。

 ウィーズリーおじさんはマグルに興味深々で、マグルの道具をいろいろと集めているにも関わらず、魔法省のマグル製品不正使用取締局という部署で働いているらしい。フレッド曰く「親父は自分の家を抜き打ち調査したら、たちまち自分を逮捕する羽目になるだろうな」とのことだったが、ウィーズリーおじさんは自分で自分を逮捕しなくて済むように「使用しなければマグルの物に魔法をかけてもいい」という抜け穴を法律に作っているらしい――


 *


 コツコツ、という音で目が覚めた。
 薄っすらと目を開けると私はまだ小机の椅子に腰掛けたままだということに気が付いた。どうやら、考え事をしながらそのまま眠ってしまったらしい。

 コツコツ、とまるで催促するようにもう1度音が聞こえて、私は顔を上げた。見れば、窓の外から真っ黒な塊がこちらをジーッと見つめている。

「ロキ?」

 驚きながら呼び掛けると、真っ黒な塊、基、愛梟あいきょう・ロキは「ホーゥ」と鳴いた。私は寝起きで働かない頭をどうにかフル稼働させて、窓を開くと室内にロキを招き入れた。

「貴方、どこに行っていたの?」

 ジニーを起こさないように声を潜めつつ、小机の上に降り立ったロキに私は訊ねた。何か悪い人に捕まったのではないかと心配していたけれど、ロキに目立った外傷はないようだった。いつも通りのロキにホッとしていると、ロキは「見逃しているぞ」と言いたげにズイッと足を私に突き出した。そこには何故だか羊皮紙が巻かれている。

 一体どこで誰にこの手紙を巻き付けられたのか。私は訝りながらも慎重に羊皮紙をロキの足から外した。足から羊皮紙が外されたロキはこれで任務は終わりだとでもいうように、空いているベッドに向かうと羽根に顔を埋めて寝始めてしまった。その反応を見るに、どうやら悪い人からの手紙ではないらしい。



 ハナへ

 ロキが到着していないと知って、驚いただろう。
 14日の昼頃にウィーズリー家へと旅立ったはずの君のふくろうは、なんと、私の家に来ていたんだ。君のふくろうは本当に賢い。私が満月の夜に1人になると知って、一晩中一緒にいてくれたんだ。こんな夜は、久し振りだ。
 
 私は夜明けに君に手紙を書けるほどには元気だ。もちろん、手当てもしているから心配いらないよ。今日の夕方5時にメアリルボーンの家に帰るから、夕食を一緒に食べよう。

 リーマス



 私は信じられない思いで、何食わぬ顔でベッドの上で眠っているロキを見た。ロキは――この賢いふくろうは、この夏、満月の夜をどうするかという私とリーマスの話し合いをちゃんと聞いて、しかも理解していたのだ。その上でロキは、ウィーズリー家で多くの人達と一緒に過ごす私より、1人ぼっちになってしまうリーマスを心配したに違いない。

 満月の夜一緒に過ごすということは、今の私には到底無理なことだった。長期休暇以外はホグワーツに行っているし、何より今の私は動物もどきアニメーガスになれないからだ。なのでせめてリーマスの心配を減らそうと、私は今回ウィーズリー家にお世話になることにしたのだ。

 でも、満月の夜を一緒に過ごせたらどんなに良いかといつも思っていた。友達として、そう出来たらどんなに素晴らしいか、と。けれど、考えたことがあっただろうか。自分のふくろうがその代わりを務めてくれるだなんて。

「ロキ、貴方、本当に素晴らしいわ」

 寝ているロキに私は優しく語りかけた。

「私の大事な友達を1人にしないでいてくれて、本当にありがとう」

 ジニーの小さな部屋には、朝日が優しく差し込んでいた。