Phantoms of the past - 004
1. 隠れ穴とゴドリックの谷
隠れ穴の煙突飛行ネットワークに登録されている暖炉はキッチンにあった。キッチンの中央にはしっかりと磨き上げられた大きな木のテーブルと椅子が置いてあって、壁にはメアリルボーンの自宅にある来訪者探知機のようなヘンテコな時計が掛けられている。時計は数字が書かれてない上に針も一本しかなくて、代わりに「お茶を入れる時間」「鶏に餌をやる時間」「遅刻よ」などと書かれていた。
私が飛び出して来た暖炉の上には本が3段重ねに積まれていて、『自家製魔法チーズのつくり方』『お菓子をつくる楽しい呪文』『一分間でご馳走を――まさに魔法だ!』と背表紙に記されている。端には流し台もあって、たわしが勝手に鍋を洗っていた。
この不思議で素敵なキッチンに私はヘッドスライディングして登場したわけである。折角おしゃれをして来たのに全身煤だらけになってしまうし、あちこちぶつけて痛いし、床にヘッドスライディングしてしまってフレッドとジョージにはゲラゲラ笑われてしまうし、私の初めての煙突飛行は散々な結果に終わった。更にはフレッドとジョージの笑い声を聞いて、ウィーズリー夫人やロン、末っ子のジネブラがキッチンにやって来たので、私はほぼ全員に醜態を晒す結果となった。
「ええっと、こんな姿ですみません。改めまして、ハナ・ミズマチと言います。寮はレイブンクローですが、ロンやフレッド、ジョージにとても仲良くしていただいています。今回は2日間ですがお世話になります。あの、ウィーズリーさんがマグルのものがお好きだと伺って、マグルで今流行りのお菓子とそれからおもちゃを買ってきたんです。フォード・アングリアを所有していると聞いて、そのミニカーを偶然見つけたので――お気に召すといいのですが」
この挨拶を煤だらけのまませずに済んだのなら、どんなに良かったことかと思うけれど、現実はそう甘くはない。でも、ウィーズリー夫人はとっても優しくて、私に「スコージファイ」という掃除の呪文を使って煤を取ってくれたし、「まあまあ丁寧にありがとう。こんなに素晴らしいお嬢さんがロンやフレッドとジョージと仲が良いなんて信じられないわ。自分の家だと思ってゆっくりして行ってね」と笑顔で歓迎してくれた。
それからウィーズリー夫人は「ウィーズリーおばさんって気軽に呼んでちょうだいね」とも言ってくれて、末っ子のジネブラを紹介してくれた。ジネブラは少しだけ恥ずかしそうにしながら、「よろしく、ハナ。ジニーって呼んで。みんな、そう呼ぶの」と手を差し出してくれた。
「よろしくね、ジニー!」
私が自己紹介すればいいのはこの場ではウィーズリーおばさんと、ジニーだけだった。パーシーは夏休みに入ってから何故か自室に閉じこもっているらしくて、この場にはいなかったけれど、今更自己紹介をする間柄でもないだろう。因みにウィーズリーおじさんは仕事に出掛けていて夜にしか帰らないらしく、既にホグワーツを卒業しているビルとチャーリーはそれぞれエジプトとルーマニアにいるそうだ。
それからそう――忘れてはならないのがロンのペットのネズミであるスキャバーズことピーター・ペティグリューだけれど、彼はどうやらキッチンにはいないようだった。もしかしたら私が来ると知って、隠れているのかもしれない。彼は私の名前しか知らないはずだけれど、去年ホグワーツ特急で睨みつけてしまったので、何か察するものがあったのかもしれない。
もしくは、とりあえずジェームズの知り合いの女と同じ名前の女には近付かないでおこうと思っているのかもしれない。この件に関しては2年――少なくともあと1年――は耐えなければならないので、今は放っておくことしか出来ないのが心苦しくはある。でも、シリウスのためにも今ここで私が台無しにするわけにはいかないのだ。でなければ、私がリーマスにまで隠している意味がない。
「ハナはジニーの部屋で寝てちょうだいね。ジニー案内してあげて――あら、荷物は……」
「ポシェットの中に全て入ってるんです。暖炉の中で落としたらいけないと思って」
「まあ、拡張魔法が掛かっているのね」
「暖炉の中に落っことして来たかと思ったぜ」
「こら、フレッド!」
一先ず今はピーターのことで動けないので、頭の隅に追いやることにして、私は怒られているフレッドを横目にクスクスと笑いながら、ジニーに連れられてキッチンを出た。隠れ穴はどうやら入り組んだ構造をしているらしく、狭い廊下の奥にある階段は凸凹としていた。ジニーの部屋は階段を上がってすぐの2階にあって、部屋にはベッドが2つぎゅうぎゅうに詰まっている。
「ちょっと狭いけど――」
ジニーは恥ずかしそうに言った。
「いいえ、とっても素敵だわ」
狭いけれど、窓から光が差し込んでとても明るい部屋だった。そんな窓からは木々が植っている庭が見え、すぐ下には机が置いてあった。窓のない方の壁には、「妖女シスターズ」と書いてある大きなポスターが貼ってある。どうやら魔法界のバンドのようだ。魔法界にもバンドなんてあるんだと、私はこの時初めて知った。
「良い眺めだわ。私の自宅の窓からは住宅街の建物ばっかり見えるの。ねえ、あそこには何の木が植っているの?」
「あれは果樹とかいろいろ植っているのよ。ここは魔法使いが多く住んでいるけれど、近くにマグルも住んでいるから、目隠しになっているの。あそこで、クィディッチをして遊ぶのよ」
ジニーの机の上には『二十世紀の魔法大事件』という本が置いてあり、ハリーについて載っているページが開かれていた。私が果樹園からその本に視線を移しジーッと見つめていると、ジニーが真っ赤になって慌てて本を片付けてしまった。
「ち、違うの!」
まだ何も言っていないのに、ジニーは慌てて否定した。
「あたし、その、ちょっと、憧れている――だけなの。それで、少し――ほんの少し本を読んだだけなの」
「ジニーはハリーのファンなのね」
「あの、彼にはこのこと……」
「内緒にしておくわ。心配しないで」
私がニッコリ笑うとジニーはホッとしたように胸を撫で下ろした。なんだかその姿が初々しくて、私はニッコリからニヤニヤに変わらないように表情を保っているのが大変だった。
「お昼にしますよ! 降りて来て!」
まもなくして、階下からウィーズリーおばさんの声が聞こえてくると、私は荷物を部屋の脇に置かせて貰ってから、ジニーと一緒にまた凸凹した階段を降りてキッチンへと戻った。キッチンではロンやフレッドとジョージが昼食の手伝いをさせられていて、テーブルには既に美味しそうな料理が並んでいた。
「ハナ、午後は俺達の部屋で作戦会議しようぜ」
私がキッチンに入るなり、フレッドが悪巧みしている顔をして耳打ちした。
「作戦会議?」
「忘れたのか? ホグズミードツアー」
「あ!」
「どの入口から乗り込むか選ばせてやるよ」
ニヤリと笑ってそう言うと、フレッドはサラダの入った器を持って行ってしまった。そばにいたジニーは私達の話があまり聞こえなかったのか、不思議そうな顔をしている。
「ねえ、今の何の話なの?」
そう訊ねて来たジニーに私は「デートの約束よ」とにんまり笑って答えた。