Phantoms of the past - 003
1. 隠れ穴とゴドリックの谷
予定通り、
大抵の家庭では、箱や花瓶の中に入れて暖炉の上に置いていると聞いて、私は粉と一緒に花瓶も買うことにした。花瓶は漏れ鍋からほど近い場所にあるマグルのお店で買ったのだけれど、粉を取り出す際に腕が入らないと不便なので、私は全ての花瓶の中に腕を突っ込まなければならなかった。店員さんのあの冷ややかな目は忘れられないだろう。
魔法が使えれば「パック!」の一言で荷物が詰められるのだけれど、魔法が使えないので13日と14日はお泊まり用の荷物をポシェットに詰めた。初めはトランクに詰めていたのだけれど、初めての煙突飛行でこんな大荷物を持っていたら絶対失敗すると思って、途中でポシェットに変更したのだ。
荷物はそれほど多くない。1日分の着替えと小分けした基礎化粧品、それから手土産くらいだ。手土産はダイアゴン横丁へ行ったついでに買ったもので、マグルのお菓子とミニカーにした。何故ミニカーかというと、ウィーズリーさんがフォード・アングリアを持っているとロンが手紙に書いていたのを思い出したからだ。ミニカーはもちろん、フォード・アングリアにした。
*
いよいよウィーズリー家へ行く日がやってきた。
この日の朝は、何故か私よりもリーマスがソワソワとしていて、彼は心配するあまり私が間違えて違う暖炉へ行ってしまう夢を見てしまうほどだった。けれど私はというと、自分が行き先を間違えてしまうことより、満月の日にリーマスを1人にするのが心配だった。リーマスは平気だと言うけれど、平気なわけがなかった。
「いいかい、ハナ。もし違う暖炉へ行ってしまったらすぐに外に出て歩道の脇で杖腕を上げるんだ。そうしたら
それでもリーマスは自分の心配よりも私の心配をしてくれて、もし間違えた時の対処法を細やかに教えてくれた。リーマスは他にも「粉を吸い込まないように、ちゃんと炎が上がってから暖炉の中に入って行き先を告げるんだ。いいね」を10回くらいは繰り返していた。
「分かったわ。心配しないで、リーマス。リーマスこそ、あの――手当てをするものを持って行ってね」
「ありがとう、ハナ。でも、私は大丈夫だよ。もう慣れたもの――いや、自分を蔑ろにするのは私達の良くないところだな」
リーマスは言って、苦笑いした。それに釣られるようにして私も苦笑いをする。お互い周りの心配は人一倍するくせに、自分のこととなるとつい「平気だ」の一点張りになってしまうのだ。
「お互い心配する人がいるということを忘れないようにしなくちゃいけないわね。気を付けて行ってくるわ、リーマス」
「ああ、私も――無傷は無理だろうが、ちゃんと手当てをするよ」
11時がウィーズリー家との約束の時間だった。前日までロキをどうするか迷ったのだけれど、暖炉の中で手を離したらとんでもないことになると思い、ロキは昨日の昼頃、ひと足先にウィーズリー家へ向かわせた。私が暖炉から到着する頃にはきっと、ロキもあちらに着いていることだろう。
11時になる10分前になるとリーマスは再び、「炎の中に入ったら、しっかりとどこへ行くのか言うこと。煤が入るかもしれないから目は閉じておくように。肘も引っ込めておいた方がいいだろう。それから、中に入ったら動かないこと。別の暖炉から出てしまうかもしれないからね」と今までの注意事項を3回ほど復唱した。ここまで言われると間違えるフラグが立つんじゃないかと不安に思えてくるというものだ。
「さあ、ハナ。時間だ」
「ええ、行ってくるわね、リーマス」
時計の針がきっかり11時を指すと、私は暖炉の前に立った。買ったばかりの花瓶から
途端にゴーッという音と共に暖炉からエメラルド・グリーンの炎が上がった。私の背丈よりずっと高く炎が上がるので、少しだけビクビクしながら私は暖炉の中に飛び込んだ。不思議なことに炎は暖かいそよ風のようだった。
「じゃあ、楽しんでおいで、ハナ」
炎の向こうでニッコリ笑ってそう言うリーマスに手を振ると、私は灰を吸い込まないように気をつけながら、
「隠れ穴!」
と叫んだ。次の瞬間、身体が何かに吸い込まれるような感覚がして、気が付くと私は高速で回転しながら巨大な穴の中を移動していた。煙突飛行なので、もしかしたら煙突の中なのかもしれないと思ったが、あまりに音がうるさくて、考える余裕がなかった。しかも、回転しているせいで目が回って気持ちが悪い。
それでも、今どの辺りなのか気になって目を凝らしてみると、輪郭のぼやけた暖炉が次々に通り過ぎるのが見えた。何十個と暖炉が通り過ぎていき、いい加減まだ着かないのかと思い始めたころ――
「うわぁ!」
やおら、私は暖炉から吐き出された。あまりに突然のことだったので、私は上手く着地出来ず、顔面から床に着地する羽目になった。い、痛い……。
「すっげぇ登場だぜ、ハナ」
「君にも出来ないことがあるんだな、ハナ」
痛みに悶えながらも私は、両脇から聞こえる声に無事にウィーズリー家に到着したことが分かって、心底ホッとしたのだった。