The symbol of courage - 049

9. 本当の友達



 私が目覚めた翌日、ハリーはようやく意識を取り戻した。ちょうどダンブルドアが様子を見に来ている時だったので、すぐにあの日の夜の話が始まってしまい、私は今すぐにでもハリーに会いたいのを我慢しなければならなかった。

「君は随分きちんと調べて、あのことに取り組んだんだね。わしはニコラスとお喋りしてな、こうするのが一番いいということになったんじゃ」
「でも、それじゃニコラスご夫妻は死んでしまうんじゃありませんか?」

 衝立の向こうから聞こえてくる話を私は大人しく聞いていた。ハリーも賢者の石を壊したこと、透明マント――そう言えば私はそれを見たことがない!――はクリスマスにダンブルドアが贈ったこと、ジェームズとスネイプ先生の確執やリリーの愛の魔法がハリーを守っている話など、概ね私が聞いたのと同じことを聞いていた。

 けれど、ダンブルドアはそもそも何故ヴォルデモートがハリーを殺したかったのかや、何故私がヴォルデモートの力を強力にするのかはハリーに教えなかった。私の件に関しては別として、そもそも何故ヴォルデモートがハリーを殺したかったのかは私も気になった。

 以前も不思議に思ったことがあったけれど、私はそのことをダンブルドアに訊ねたことがなかった。聞いたら答えてくれるだろうかと考えたけど、これについてはなんとなく私にも教えてくれないだろうと思った。それはそうすることが今は最善だとダンブルドアが考えているからだろう。

「さあ、もう質問は終り。そろそろこのお菓子に取りかかってはどうかね。あっ! バーティー・ボッツの百味ビーンズがある! わしゃ若い時、不幸にもゲロの味に当たってのう。それ以来あまり好まんようになってしもうたのじゃ……でもこの美味しそうなタフィーなら大丈夫だと思わんか」

 話を聞きながら考えを巡らせている間に、どうやら2人の話は終わったらしかった。ダンブルドアはこれ以上質問されないように、ハリーの見舞い品のバーディー・ボッツの百味ビーンズの話に切り替えた。

 これが終わったら私もハリーと会えるかもしれない、と私はドキドキしながら待った。昨日はセドリックやロン、ハーマイオニー、同室の子達など、私が目覚めたと知ってたくさんお見舞いに来てくれたのにマダム・ポンフリーが全員追い返してしまったので、早く誰かに会いたかった。特にハリーの無事は一刻も早く自分の目で確認したかった。でも、

「なんと、耳くそだ!」

 とダンブルドアの声が聞こえて、私はドキドキが一気に吹き飛んだ。もしハリー達に私が隠し事ばかりの女だと思われていたらどうしよう、という一抹の不安も一緒に吹き飛んでいって、私は思わず「ふふ」と声を漏らした。だって、なんだか面白かったのだ。

 人間、笑ってはいけないと思うと笑いが止まらなくなる不思議な生き物だ。シーツに顔を埋めてくつくつと笑い続けていたら、隣からハリーが笑う声が聞こえてきた。

 医務室には私とハリーの笑い声が響いて、それがなんだかとても幸せなことに思えた。そして、どんなことがあっても、ハリーがこうして笑っていられる未来のために頑張ろうと思えたのだ。

 ただ、そう思えたのは私だけで、マダム・ポンフリーは違った。彼女は私達が顔を合わせれば騒いで安静にしないと思ったのか、私とハリーがベッドの間の衝立を外してくれとどんなに頼んでも「絶対安静です!」と聞き入れて貰えなかった。完全に笑い出した私のせいである。

 笑いが収まった私とハリーは、衝立を外して貰うためにはマダム・ポンフリーに安静にしているところを見せなければと、どちらともなく大人しくなった。その甲斐あってか、昨日に引き続きロンとハーマイオニーが医務室にやって来た時に「5分間だけ」という条件付きで会うことが許された。ハリーの「ねえ、マダム・ポンフリーお願い……」攻撃も効いたようだった。クリティカルヒットだ。

 そして私とハリーのベッドの間の衝立が外された。感動のご対面となるかと思いきや、私とハリーは「なんと、耳くそだ!」を思い出してお互いニヤッと笑うという感動の欠片もない対面となった。

「ハリー! ハナ!」

 衝立が外されるとやっとロンとハーマイオニーが病室に入ることを許された。ハーマイオニーは今にもハリーを抱き締めそうになって、それから一瞬固まって、くるりとこちらを向くとハリーの分まで私を抱き締めた。

「2人共本当に無事で良かった……私達、貴方達がもうダメかと……ダンブルドア先生がとても心配してらっしゃったのよ……」

 ハーマイオニーは感極まったように涙声で言って、ロンは「学校中がこの話で持ち切りだよ。本当は何があったの?」と言葉に詰まったハーマイオニーの代わりに、彼らが最も聞きたかったであろうことを訊ねた。

 私とハリーは起こった出来事を代わる代わる話始めた。ロンとハーマイオニーはとても聞き上手で、ここぞって時にはハッと息を呑んだり、セドリックと一緒に襲われた話をした時には、ハーマイオニーが「廊下で襲うなんて……!」と真っ青になったりした。その中で、私が逆に驚く話も出た。

「私達、貴方が狙われていることを何も知らないと思って、この件に関わらせるのは得策じゃないって黙っているべきだって話し合ったの」

 ハーマイオニーが言った。
 彼らの話では、ハッフルパフ戦のあと、ハリーがスネイプとクィレルが私について話しているのを聞いてしまったらしい。だから、彼らは私の身を案じて頻繁に会いに来たり、逆によそよそしかったりしたのだ。ハリー達は私に負担をかけるのはいけないと思って、ハグリッドがドラゴンを飼い始めた時も私に秘密にしようと話し合ったらしい。

「でも、貴方は全部知っていた。そうよね? ダンブルドア先生が仰ったの……ハナは自分の身がいかに危険かずっと前から知っているって。私、それを聞いた時、貴方がずっと孤独に1人で頑張っていたんだと。逆に秘密にすることで貴方を孤独にしたんだと思って――」
「僕達、君はただ勉強が好きなだけだと思ってた。でも、違ったんだ。君はずっと戦ってた」

 ハーマイオニーは震えながら、ロンも真剣な顔で私に言った。私はどこかで隠し事ばかりしていたことを非難されるんじゃないかとずっと不安に思っていた。それでも、ハリーを守れるなら私は頑張れると思っていた。でも、

「お――怒らないの――?」
「怒るですって? そんなわけないじゃない」
「クィレルのこととか、教えてくれなかったのはなんでだろうってそりゃ思ったさ。でも、よく考えてみたら当たり前だよな。僕達が知ってたら、クィレルは僕達を口止めするために何かして来たかもしれない」

 彼らは私が思っているよりずっと子どもではなかった。私が想像しているよりも遥かに思い遣りがあって、少しでも多く人の痛みを知ろうとする優しさがあった。物語の流れがあるからだとか、自ら学んでこそ意義があるとか大人ぶっていた自分が恥ずかしくなるほどに。

「私、貴方達に言えないことがまだたくさんある」

 私は、真っ直ぐに3人を見つめて言った。

「でも、貴方達には絶対いつか本当の事を話すわ。だからどうか覚えていて。私は、どんなことがあっても貴方達の味方よ。私は、絶対に貴方達を裏切らない」

 私がそう言うと、ロンとハーマイオニーは何度も頷いてくれた。そして、ハリーが言う。

「じゃあ、君も覚えていて。僕達はどんなことがあっても絶対君を信じてるって」

 今度は私が何度も頷く番だった。
 この日私は、本当の意味で彼らと友達になれた気がした。